丁寧に種明かし
途中立ち寄って、スズが食べ物や水を買い込んだ店ではその前の道を歩く人や店の人に板が浮いてすごい速さで動くと注目を集めた。
一晩たち、スズの持っていた財布のお金も底を突いたので野宿した二人はよく晴れた空の下、板に乗って移動を続けていた。
首都からはかなり離れたはずである。スズはこのままのスピードで行けば今日の昼には船の出る港にたどり着けるだろうと言った。
まるで車に乗っているような勢いで進んでいく、そんな板の上で梓はスズの力の説明を受けていた。
説明を受けるようになったきっかけはスズが板の移動は自動操縦だと言ったことからだった。
「えーっと。説明って結構つらいんだけど、さ。あたしの能力は強制命令って言うんだって。あたし自身は命令ってのは嫌だから、『言を送る』って言ってるんだけど」
「言?」
「言霊とも違うから。言霊はそこに魂っていうか霊力っていうかなんにせよ力をこめているんだけど、あたしの場合は『命令形にする』だけで発動しちゃうの」
だからスズには魔力というものを持っていないとのこと。ハルによれば、神が力を使うときには文字通り神としての力を使っており、その精度は精神状態と神としての器、つまり健康状態に影響されるらしい。そちらの方がよっぽど魔法らしいと思ってしまった梓だった。
スズのいう言の力にも制限があるらしい。まず基本的に言葉の通じないものは無理だそうだ。
「でも、物には命令できるんですよね?」
「形あるものには魂が宿る。付喪神みたいな感じって言えば分かる?」
逆に形のないものには言葉が通じても命令はできないらしい。スズが認識できていることという条件もあるらしい。
魔法は、術者を認識しているから反射したり、消したりできるのだとスズは言った。
これが動いているのも朱旺の魔力を使って魔法を発動した精霊を言で使役しているとのことらしい。
《ん? 魔法ってのはそいつの魔力だけで発動してるんじゃないのか? 神界じゃあそういう風に習ったんだけどな。ちょっと聞いてくれないか》
「スズさん。魔法ってどういう仕組みで発動してるんです?」
珍しいというか初めてのハルからの頼みごとを素直に聞いた梓。
スズはまるで教科書の内容でも思い出すかのようにして空を見上げながら説明を始めた。
「えっと、この世界では主に魔法は三種類に分類されて……。まず、精霊術魔法。これは自分の魔力を少量、大気中に存在する精霊に分け与えて精霊が魔力を増幅して術者の望んだ魔法を発動させるってやつで……」
あとの二つは符術魔法と、魔術魔法に分類されるらしい。こちらの二つは精霊を介さず魔法式、またの名を術式という物を構築して発動させるとのこと。
符術の方はあらかじめ式を符に書き込み、一定量の魔力を流し込み発動させる威力固定型だそうだ。
魔術魔法の方は特殊で、符に頼ったりせず魔法を発動させるための式の構築を魔法を発動させたいときに行うものだそうだ。一瞬で構築するだけの技術がない限りは戦闘には使われず、時間をかけてもいいもの、儀式などに使われるそうだ。また、魔力の消費は魔法式の構築で多少軽減できるものの、他に比べて大きいらしい。
この世界でメジャーなのは精霊術魔法である。それを聞いてハルは納得したようだった。
「で、精霊術魔法、一般的には精霊術と呼ばれてるんだけど、こっちなら魔法を発動するときに精霊が活発化してその空間だけ揺らぐのが最近だけど分かるようになったの。だからそれで認識できるし、精霊に言を送れるようになるの」
逆に魔術魔法のように精霊を介さないのは無理らしい。符術魔法も同様で、スズの見解は「力は力であって意思を持つことがないからだろう」というものだった。この見解は梓にはよく分からなかったが、魔法の仕組みについては理解することができた。
そして、スズは今、この板を動かす精霊に目的地まで移動するようにと言を送っているらしい。
「じゃあ、言を送れない相手っていうのもいるんですか?」
それにスズは若干引きつった笑いを顔に出して答えた。
スズの力というのはその物体や精霊の意思を捻じ曲げて行使されるものであるため、自分の意思を貫くことができる、言い換えればものすごい頑固者には通じないらしい。
また、言葉であるため、耳の聞こえない人にも効果はないらしい。
「それと……魔法とかで言を無効化できるらしいんだけど、それはあたしの知る限り一人しかいないし。あとはせいぜい言を跳ね除けるほどの干渉系の力の持ち主もかなあ。会ったことはないんだけどね」
干渉系の力を持っていれば言の干渉を妨げ、逆に自分が操られる可能性もあるとスズは言った。
しかし、スズは自分と同じ干渉系の力の持ち主には会ったことがないそうだ。それにスズの知り合い(符の用紙の購入を頼んだ人)によるとスズが干渉系の中ではかなり上の位置にいるらしい。
「すごいんですね」
「すごくはないよ? だって、干渉系の中では強くても実際のあたしは弱い方だしね」
先手を取らないと負け、後手に回った場合はカウンター狙いくらいしか戦う方法がないとスズは言った。干渉系はどちらかといえば受身の力なのだそうだ。
「ところで梓は帰ったらどうするつもりでいるの?」
「そうですね。とりあえずは普通の生活に戻りたいです。それと、なんとなく、家族に会いたいなと思ってます」
「そっか。そうだね。家族かあ……」
スズは感慨深げに言って、再び空を見上げた。
スズの家族というのを梓は知らないが、何か特殊な事情でもあるのだろうか。聞きにくかったので聞かなかった。ハルが興味津々であり、何度も梓に聞くように行ってきたのには腹が立った。
そうこうしているうちに港が見えてきた。スズによると海の状態によって、船が出港しない日もあるため乗船券に書かれている乗船日から一週間は船に乗れるようになっている。そして梓の分はちゃんと準備できているはずらしい。板はゆっくりと減速しながら港町、西橋へと入っていった。




