当たり前ですが、見知らぬ土地です
吉住梓、十七歳。性別は女。モットーは君子危うきに近寄らず。とは言っても気付けばいつも「危うき」が近づいてくる巻き込まれ体質、でもなかったはず。
「いやいや、ちょっと待て」
現在の彼女は現状把握に努めていた。周りは見たこともない場所。少なくとも自分の周辺にはなかったはずのもの。
「たしか、追いかけっこしている二人組みと関わらないようにして道の端に寄ろうとしたらなぜか腕をつかまれて。で、気付けばここにいると」
つまり、自分がこんな目にあっているのは連れてきたやつがいるからで、そいつに聞けば帰ることもできるだろう。という考えにいたる。どこにいるのかは知らないが。
探そうにも知らないところなので探す当てもない。そもそも誰かも分からないので探す、ということすら無駄だろう。
「帰る。って表現しかないわよね。少なくともここは日本じゃないだろうし」
服装はセーラー服。それは別にいい。でも、周りがおかしいというか普通じゃない。少なくとも彼女の身近な建物はコンクリートを基盤にしているものだったし、火が上がっていたりはしない。建物の形だってこんなテントのようなものは彼女の知る限りの身近にはなかったはずのものだ。
「で、何処なんだろう、ここ……」
《さぁ?》
突然の返答にびくりと体が震える。梓にしてみれば答えが返ってこないことが前提の呟きだったのに。声の感じからして男の声が聞こえた。
恐るべき速度で梓はあたりを見回した。
「ちょ、誰ですか、あなた」
《誰でしょうかー》
梓がものすごく慌てているのに対し声はからかうように返事をする。周りにはそれっぽい人はいない。
幻聴かとも思ったが、残念なことに、もしくは幸いなことに、梓にはたった一人だけの心当たりがあった。
「まさかとは思いますけど、私を巻き込んだ人、じゃないですよね」
《おお、意外にいい感してるな。その通りだ》
「マジですか……」
《本当です》
こめかみを押さえて、深く息を吐いた。ゆっくり落ち着いて考えてみるが考えはまとまらなかったようで、何も言わずに歩き出す。この周辺はどうにも戦場の跡のような場所らしい。うまく行けば誰かと会えるかもしれない。
その誰かが友好的な人物であることを願おう。間違っても死にそうな人や、攻撃的な人ではありませんように。梓は強くそう思い歩き出した。
《おーい。どこに行くんだ?》
《なーなー》
《……えーテステス。聞こえてますかー》
《本日は晴天なりー》
《あの、無視しないで……》
幻聴、そう、これは幻聴だと思い込んで歩く梓だったが、さすがに涙声になられると反応せざるを得なかったようだ。大きくため息をつく。
《ため息つくと幸せが逃げるよ》
「もうすでに、幸せな状況じゃないからどうでもいい。で、なによ」
《……口調がさっきと違う気がするけど、まあいいや。ところで、なんか俺に聞きたいことってないの?》
口調が変わったのは単純に相手がどうでもいい相手だと思ったからである。そもそも、梓を巻き込んでこんな目にあわせる相手に敬意を払うほどの心の広さは彼女にはない。
しかし、いろいろ教えてくれるかもしれないのなら無視するわけにもいかない。
「答えてくれるの?」
《俺が分かる範囲なら》
「じゃ、何でこんなことになったか説明してよ」
というわけで、以下説明。
なんでも、この声の主は敵に追われていたらしい。その逃げる途中で梓を発見。敵に捕まって巻き込まれるとかわいそうなので引っ張って逃亡。そのまま、ここへ。
この流れだけを見ると、声の主に引きずられなかったら梓が巻き込まれる確率なんてなかったようにも見える。というかどこにも見当たらない。
《ちなみにここはお前から見たら異世界になるな》
「ずいぶんと的確な説明ありがとう。で、どうやったら戻れるの?」
《……》
「おい」
《……あはははは》
「そんな笑いにごまかされると思うなよ」
梓の据わった低い声に気圧されたのか乾いた笑いを浮かべた声の主を梓はさらに問い詰めていく。
声の主曰く、自分では行き先を決めれないとのこと。役立たずだ、とは思ったがあきらめる。見えない相手に突っかかっていられるほどの余裕は梓にはないのだ。
帰る方法は、これまたいるのか分からない別の誰かに聞いてみることにして次の質問。
「あんたは何処にいるの?」
《え? お前の心の中》
「何処にいるの?」
《だから、お前の心の中》
「そんなにあんたはお茶目な冗談が言いたいのか」
なんとも寒い発言である。そういうのはお前の彼女に言えよ、と思っても言わない。というよりも殴ってやりたくなる言葉の軽さである。梓を巻き込んだという申し訳ない感じが伝わってこない。
《いやー。ここに来る途中で空間転移をしようとしたところまでは良かったんだけどな。空間の、というか狭間の歪みの影響を受けたみたいで、なんか変な反応が起きたと思ったらこんなことに》
「じゃあなに? あんたと私は感覚を共有してたりするわけ?」
《さあ。試してないから知らんけど、視界は共有してるんじゃないのか? 右向いてみろよ》
あわてて弁解する相手に文句を言う気も失せたようで、梓は右を向いた。
すると声の主も右のほうに視界が動いたとか言ってくる。ためしにとがったもので手のひらを突いてみたが向こうは痛くも痒くもないらしい。
骨折り損ならぬ痛み損である。
(なにこの、卑怯な感じ)
《卑怯って言われても感じないものは仕方ない》
「読心術まで」
《というより、精神も共有してる感じじゃないか? 主導権はお前で》
もう、何でもあり。じゃあ、魔法が使えるのかというと無理、の一言で返される。一体何のために異世界にきたのか分からなくなる。
間違いなく魔法が使いたかったわけではない。おまけに、何か目的があったわけではないけれど。
声の主が至って冷静だな、と言ってくるが、これは冷静ではなくてどっちかというとパニックが一回りした結果だと思うと返す。
《なるほど》
「なに納得してんの? 誰のせいでこんなことになったと」
《それは、その……。すいません》
それよりも、と梓はまた考えることにする。こういうとき、小説だとどうやって帰るか。
・どこぞにいる魔王を倒してハッピーエンディングによる夢オチ。→そもそも魔王がいるかも分からないので却下。
・自分が魔法を使えるようになって自力で帰る。→魔法を使うことができないらしいから無理。
・どこぞの神殿に異世界と繋がってる扉があるのでそこから帰還。→神ってのは何処の世界にもいるけど、そんな扉はそうそうないらしい。むしろ神自身が作り出す物らしいのでその場限りな物だとか。
・実はここは異世界ではありませんでした。→ここはどう見ても異世界なのでそんなことはありえない、はず。
・はるか未来に行って、そういうことができそうな人を探す。→神様でもないと時間移動はできないらしいので無理。
「それだ!!」
《な、なんだよ突然》
「そうだよ。神様ってのがいたじゃない!!」
《は?》
「異世界に繋がる扉なんて滅多にないんでしょ?」
《ああ、まぁ》
「で、神様ってのはこの世界にもいるんだよね。」
《多分。力の差はあるがたいていどこの世界にもいるもんだし》
「じゃあ、その神様に帰してもらえば完璧じゃない?」
そう、神の力は何処の世界でもチート級だ。アニメしかり、漫画しかり、小説しかり。神にできないことはないと言ってもいいくらいに、万能だ。どこぞの神殿に行けば神の情報くらい得ることはできるだろう。
こんなにも、非常識というか現実的でない考えが出てきて、梓のパニックが一周半くらいにさしかかったころに声の主が絶望的なことを言い出す。
《テンションが上がってるところ悪いけど、それは無理》
「へ?」
間抜けな音が梓の口から漏れる。
膨れ上がったテンションがしぼむ音が聞こえるそうなくらいである。
《異世界につなげても行き先まで指定できるやつなんて滅多にいない》
「なんで?」
《そりゃあ、その神のランクにもよるけど。行き先まで指定できるとしたら原初の神に連なる幹部連中じゃないと無理。狭間の穴を開けるだけならその気になれば誰にでもできるんだけどな》
「空間転移と狭間ってどう違うの?」
《空間転移ってのは瞬間移動みたいなやつ。狭間ってのは世界と世界の間にある空間のことでな、なんていうか、そう。星と星との間にある宇宙空間みたいなやつ》
他にも説明を続けるが、まとめると、狭間を簡単に移動できる存在はかなり限られるらしい。しかも狭間は常に一定ではなく移動中に変な力がかかったりもするため、安定した移動ができないとのこと。たとえ神だとしても難しいらしい。
梓にくっついているやつも、狭間へ行くだけならできるが自由に移動はできないらしい。
「嘘」
《嘘じゃないって。俺が言うから間違いない》
「なんで、あんたが言うから、なのよ」
《だって俺、神様だし》
沈黙。
「嘘だああああああああああああああああ!!」
梓のその叫びはかなりの距離に響きまくったことだろう。それくらいに大きな声だった。
◆◇◆◇◆◇◆
さて、梓たちの周りが戦場の跡だというなら当然のようにそこで戦闘を行った者達がいる。
「隊長!!」
「どうした」
「なにやら人の声が聞こえたとのことです」
「まだ、人が残っていたか」
「どうしますか」
「決まっている。俺たちに出された命令はこの部族の人間を根絶やしにすること。ならば生き残っている人間がいることは許されない。すぐに向かうから何人か準備しろ」
撤退の準備をはじめていたうちの数名が武装し、隊長と呼ばれた男と一緒に声の方へと向かっていく。一度は厳重に見回ったのだが、このような取りこぼしが他にもないように部下に道中の見回りを厳重にするように命令する。
声がした方向へ向かう。そこはこの部族が儀式や祭りをするのに使っていたという広場だ。そこには確かに人がいた。だが。
「隊長。あの娘、気が触れてるんじゃないですか?」
「この部族の衣装はあんなものではなかったと思いますが」
広場にいる人間。まだ成人にもなっていないであろう少女―梓―がいる。だが、その少女は彼らに気付くことなく何かを喋っており、その言語は彼らには理解できないものだ。相手もいないのに喋っているとは気が触れているとしか彼らには思えなかったらしい。
また、この部族はゆったりとした露出の少ない服を着ているのに、少女の着ているものは上はともかく、下はとても短く、太ももの半分ほどまでしか丈がない。
「ここの者ではないのか……?」
「隊長、どうしましょうか」
ここにいる以上、殺すべき相手なのだろうが隊長と呼ばれた男はしばらく迷った後に命令を下した。
「服装、言葉などからこの部族のものとは考えづらい。何者かも分からないからとりあえず首都へ連れて行き、帝に指示を仰ぐ」
「はっ」
「では、俺の合図でいっせいに攻撃を仕掛ける」




