思い立ったが吉日、思い立たれたが凶日の始まり
そして、朱旺がスズに石を渡した次の日。梓がゆっくりと眠って目覚めたその日。
帝はすぐさま行動した。引きこもった梓を外に出すのためにである。
自分の部屋で火などを使うわけには行かなかったので、剣などを使って斬ってやろうと思ったのだが、硬くて刃が通らない。重さを利用した斧を兵士に振り下ろさせても壊れない。最終手段として火を持ってこさせたが、調度品が燃えそうになっただけで梓の入っている布の塊はまったく燃えていなかった。
面白くない。そう思った帝はさらに兵士を呼んで布の塊を外へ運ばせた。どれだけ燃えなくても周囲を火で囲めば暑くなって出てくるだろうと考えたのだった。
日が傾き、空が赤くなってきたころのことだった。
◆◇◆◇◆◇◆
帝の息子は上機嫌であった。日がそろそろ傾くといったころ。親衛隊の一人に呼ばれて自室に戻ってみれば今、最も愛している娘が頬を赤らめて、ようやくあなたの魅力に気づきましたと言ってきたのだ。
せっかくですから外でお茶でもしませんかと言われて断る理由もなく、すぐさま準備をさせた。ここは見晴らしがいいとされる場所で、目の前には大きな桜の木があり、よく帝は家族を集めてここで花見などを行っていた。
そんなお茶会が始まってからどれだけの時が過ぎただろうか。そろそろ空が赤くなってくる。
「さて、そろそろ日も暮れて寒くなる。部屋に戻ろうではないか」
「ええ、そうですね」
差し出した手を娘がとった。そして立ち上がる。息子は、今夜は部屋で愛を語り明かそうと考えていた。
だが、娘。スズの方にはそんなことを考えているということはまったくなかった。ただでさえ、このナルシストな息子に付き合っているだけで鳥肌ものだというのにこれ以上お世辞やら作り笑いだなんてやってられない。一刻も早く梓と一緒にここから出て行きたい。
スズの作り笑いの裏にそんな感情が潜んでいるとも気づかない息子はスズをやさしく抱きしめた。そしてそれがスズの我慢の限界となった。
「『答えろ。梓はどこにいる?』」
その言葉に、息子はいつものような余計な行動を入れることなく淡々と帝の部屋にいるはずだと答えた。
息子の様子の変化は周りには気づかれていない。息子自身は今何を言ったのかと首をかしげていた。
「ありがとうございます」
息子はその礼を抱きしめてあげたことに対するものだと思った。気にしなくていい、自分はそなたを愛していると言えばスズは照れくさそうに笑った。
やはり、この娘は愛らしい。息子は改めてそう思い、部屋へと戻ろうとした。
なのでこの発言が後ろにいるスズのものだとは最後まで信じれなかった。
「あたしはあなたのことが大嫌いです。『眠れ』」
そして、息子はそのまま意識を失った。周りにいた侍女や親衛隊の面々も同様である。
意識を失い、床に転がった面々を見てスズは笑顔だった。息子に向けていたようなものとは違う、晴れやかですっきりとしたものだった。
そして、その後帝の部屋がどこか分からず、息子を起こしてからそれを聞き出してからまた眠らせてスズは移動を始めた。しばらくして、侍女たちがなにやら話しているのが聞こえる。その中に梓のことを示すような単語があることに気づいたスズはその侍女たちに話を聞き、彼女たちも眠らせた。
「もっと早く連絡を取るべきでしたね……」
梓がなにやら変なものに閉じこもっていて、出すことがまだるっこしくなった帝が変なものごと燃やそうとしている。そんな話を聞いてスズはあわてて梓に連絡を取った。
梓はすでに泣きそうになっていた。風姫がまだいたことには驚いたが、そこは今はどうでもいいと思い、梓に今の状況を聞いた。
「なんか運ばれてるんですけど、どうすればいいんですかー?」
「どこに向かってるのか分かる?」
「そんなの分かるわけないじゃないですか……」
確かに。梓には分かるわけがない。どうすればいいだろうか。
悔しくて、どこに向かえばいいのか分からないのに早足になり駆け足になった。
火が使えるような広い場所。他に燃え広がる場所がないだろう所。ここは広い皇居である。そんな場所は両手で数えられるほどしかないが離れすぎている。とりあえず、一番近いところに行こうと思って方向を変えたところに風姫がいた。
「風姫?」
『案内しますわ、スズ様。ついてきてくださいませ』
風姫が動く。スズは黙って頷いて走り出した。
どうやらスズがいたところから一番遠いところのようだった。スズが動くことを分かっていたわけではないだろうが、それを考えているかのような感じだった。
間に合え。梓を助けて、元の世界に帰してあげないといけないのだ。帰ることを拒否した自分と違って、梓には待ってる人も帰りたい理由もあるだろうから。
足にさらに力を込めた。そろそろ体力の限界であるがそれに構ってはいられなかった。
そして、梓がいるであろう場所に着いた時、そこでは火がすごい勢いで燃え上がっていた。中央に梓がいるらしい変なものというのがあるのは分かったが、あまりの熱で近づけない。
しかし、これしきのことで諦めるわけにはいかないし、諦める理由にもならない。
「『火を消せ』!!」
スズのその言葉のあと、一拍おいてどこからともなく現れた水が燃え盛っている火を一瞬にして消した。突然聞こえた声の出所を発見し、その直後に火が消えてあせる兵士や、驚く帝をまったく気にせずにスズはただ梓が中にいるであろうものに向かって言う。
風姫からここに到着するまでの間に話は聞いていた。自分の力なら大丈夫だということは風姫にも言われたが、スズにもその確信があった。
「『戻れ』」
その言葉に合わせて、布がそれまでの硬さが嘘であったかのようにやわらかくなり、形を崩した。中にいる人間がそれにあわてたように動いているのが、布越しのシルエットで理解できた。
そして、その布の中から出てきたのは梓。
捉えられてから二日。梓とスズは無事に再会することができた。




