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お約束というものをこの身で体験する日が来るとは……

「えっと、『山となりわが身外から守れ』?」


 そう言ったものの周囲にこれといった反応はなく、言った梓が恥ずかしくなって顔を赤くする。ハルがおかしいなあと言っているのを聞いて、あんたが言ったとおりにやってんのにと思った。

 首を傾げるくらいならはじめからそんなことを言うなと、ハルにそういえばハルはできるはずだと返した。

 二人が言い合うのを黙ってみていた風姫があきれたように息を吐いて言い争いをさえぎった。


《おそらく理解できないのではないのでしょうか》

「理解できない?」

《はい。梓様は、こちらの世界の言葉が話せないのでしたね? ならば、こちらの世界の何に話しかけたのか分かりませんが、通じていないのでは?》

《む……。それは考えてなかった》


 同意したハルは梓に先ほどとは違った指示を出した。床の絨毯に触れて、自分を守れるような形を想像しろとのこと。さらにそのときには具体的にどういう機能をつけたいのかも考えながら、との指示もされた。


《耐火性とかもつけれるはずだから、多少無理なことでも想像してみるといいぞ》

「分かったわよ……」


 ぶつぶつと文句を言いながら絨毯に触れる。集中するために目を閉じて、想像するのはテントのような形。空気穴と外が見えるような穴がついていて、耐火性、耐水性に優れ、硬く衝撃によって壊れないもの。魔法すらはじくもの。

 むむむとうなりながら念を送るようにして想像した。ハルの言葉に目を開けてみれば真っ暗であった。


「なにこれ」

《外に出てみれば分かるぞ》


 外に出てみようと思って出れそうな場所を探すが、ない。


《出口作るの忘れただろ》

「……」

《あーもう。一度設定したやつは設定を付け加えたりできないんだぞ?》


 やってしまった。出れなくなったと頭を抱える梓。ハルいわく、想像した機能がすべてついている代物らしい。ためしに壁をたたいてみると硬い。手触りは絨毯のものなのにである。

 何が起こったのか、とハルに問えば自慢げに答えが返ってきた。


《俺ってもともと、布を自由に扱えるんだ。布専門の神だな。だから布なら思ったとおりにできる。服とか着てたらその服ごと性質を変えることが出来る。でも服に変に機能をつけちまうと後々不便な時があるからそれは最終手段だがな》


 そうか、布の神様だったのか。今までは状況というか世界になじめていなかったから使えなかったとのこと。ここで使えるようになるとはかの有名なお約束なのか。

 まるでマンガの世界だなと思いながら外を見ることができる穴から外を見る。扉が真正面になっていた。風姫も見える。

 風姫はにこりと笑うと近寄ってきた。


《すごいものを作られましたね》

「出れないんですけどね……」


 梓の苦笑にあわせて風姫も一緒に笑った。風姫はそのままするりと中に入ってくる。元は床一面に広がっていた絨毯で、この部屋はかなり広い。風姫が入ってスペースがぎりぎりになるくらいだった。

 部屋の絨毯の上に乗っていたものはどうなったのかと風姫に聞けば倒れたりはしていないとのこと。まったくもって神様パワーと言えばいいのか、摩訶不思議である。


《出れないのでしたら、スズ様に頼めばよろしいかと思いますわ》

「スズさんに?」

《ええ、スズ様の力でしたら可能でしょう》


 仮にも神の力でつくった物を壊せるスズの力と聞いて少しスズのことが怖いと感じた梓。それに気づいたのか風姫はフォローする。

 そんな力をむやみに使う人ではないと言われれば、確かにそうだろうと思える。

 それに心に余裕が出てきたおかげで、スズのことも気にかけることができるようになった。そこで、渡されたネックレスを思い出してスズと話をしてみようとしてみたが、やり方がわからなかった。使い方を聞くと風姫はまだ使えないと言ってくれた。


《石はまだスズ様に渡っていないようなので繋がりません》

「そうなんですか。スズさんは元気ですか?」

《こちらに来る前に少し見てまいりましたが大丈夫そうでしたよ》


 ほっとする。ここにいる間はいつも一緒でいたのに別々にされてしまったので不安だったのだ。この風姫と出会ってからほんの少しの間だけでずいぶんと気が楽になっている。

 風姫が何かしてくれたと言うよりかは、自分の身を守れる環境を手に入れることができたことが大きい。梓はしばらく暴力に合わないと思えると眠くなってきたのを感じて、そのまま眠ってしまった。


◆◇◆◇◆◇◆


 今夜も《仮面》の一員であろう娘をいたぶれると帝は機嫌よく部屋に入ってきた。あの泣き叫ぶ顔を見ると今まで《仮面》どもにやられたことを考えると昨日までの暴力はまだ足りなくらいである。

 今日は何をしようかと考えていたあまり、娘をいたぶろうと部屋を見回すまで気づかなかった。部屋にできた異物に。

 ためしに軽くたたいてみると硬い。よくよく見ればそれは帝の部屋にあった絨毯と同じものである。さらによくよく見てみると娘の姿が見当たらない。外に出たはずはないのでつまり、この中にいるということになる。


「んう……」


 怒鳴り声が聞こえてきて、梓の寝顔が安らかなものからつらそうなものに変わった。


《大丈夫でしょうか……?》

《こいつ、防音の機能を付け忘れたな》

《ハル様、でしたか? 確か梓様とリンクなさっているので寝ている間はハル様も眠っていると聞いていますが》


 どうやら、今の怒鳴り声で意識が半分覚醒したらしい。普通の人ならなら寝ぼけた状態になるのだろうけども、ハルと梓の二つの人格があるせいでハルだけが目覚めたらしい。

 その説明をハルから受けた風姫は、梓の眠りがこの怒鳴り声に邪魔されることを懸念した。せっかく気持ちよさそうに眠れているのだから邪魔するのは良くないだろう。

 しかも、眠りを妨げているのは連日梓に暴力を振るっていた帝である。風姫が力を使って帝をどうにかしてもいいが、そうすると梓に更なる負担をかけてしまう恐れがあった。ハルも今は梓を介してでないと力を使えないらしい。

 三秒ほど考えてから風姫は梓の閉じこもっているテントの周りに防音の結界を張った。音が遮断されて梓の寝顔は再び安らかなものになった。


《おおー助かった》


 ハルの感謝に風姫は目礼で返した。


《梓様がここに閉じこもったまま何日も過ぎるとは到底思えませんので、早ければ明日にでも何か行動を起こすでしょう。スズ様もおそらく明日、動かれると思いますからそれまでゆっくりしてくださいませ》


 この言葉に対する返事はなかった。おそらく梓の眠りにあわせてハルも眠ったのだろうと考えた。ここは大丈夫だろうと思った風姫は帝の部屋から出て行った。

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