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二日後、部下の気苦労

 それから二日。帝はとても機嫌がよかった、その息子も機嫌がよかった。

 宮で働く文官も武官もだれもそんな彼らには何も言わない。もちろん、いさめるべきなのは分かっている。言葉の通じない少女はともかく、西の特使は開放した方がいいのではないのか。きちんと理由をつけて特使には帰ってもらった方が西との衝突がなくていいのではないか。誰もそう思いながら言わなかった。


「あの娘たちがこれからどうなるのか、ご存知ですか?」

「少なくとも特使様のほうは皇太子様の后にされると思うが。そういううわさは多いだろうが」

「ええ、そうですが。では黒髪の方はどうなっているかご存知ですか?」

「俺はまだ帝の部屋にいると聞いているが、実際はよく分からん」


 廊下を歩くのは朱旺とその部下だ。朱旺は気が立っているのかいつもよりも歩くスピードが速く、部下の方はついていくのもやっとやっとである。

 気が立っていることを指摘したらそんなことはないと返され、そのあと、二度とそんなことを言うなと目で威圧されたのでこの部下は黙って朱旺に言われたとおりにして彼についていっている。

 この部下は朱旺があの少女たち二人とそれなりに仲が良いような印象を受けている。それはつい先日彼らが楽しそうに話しているのを見ていたからなのだが、そのときの朱旺の雰囲気からもそうなのだろうという推測はできた。


「朱旺様はすごく落ち着いているようですが」

「それがどうした」

「いえ」


 部下は黙った。まちがいなく気が立っているというのは先ほどから良く分かっている。こういうときは沈黙が金という。

 ここで変なことを口走ってしまうとその苛立ちの矛先が自分に向く。

 そうやって、黙って朱旺についていくと、ある場所に着いた。

 そこは皇太子の部屋。現在は西の特使が軟禁されているとされている場所で、それを示すかのようにして二人の兵士、朱旺とはまた違う部署の者たちが扉に見張りとして立っていた。


「朱旺様。自分の勘違いではなかったら、ここは……」

「皇太子様の部屋だ」

「何をしにこられたのか、聞いてもよろしいですか?」

「西の特使殿に会いに来た」


 え、やめましょうよ。あそこにいるの皇太子様の親衛隊ですよ。いくら朱旺様でも通れませんって。むやみに火種作るのやめましょう。ただでさえ親衛隊とうちは仲が悪いんですから。

 こいつは腕は確かなのに気が少し弱いな、そう思いながら必死に止めようとする部下の言葉を無視して朱旺は前に進んだ。


「ここは皇太子様の命により皇太子様以外は通すなと言われている。貴殿らはいかなる理由でここへ来た」

「先日、そこにいるとされる西の特使殿に頼まれたものを持ってきた。直接渡すようにと言われたので中に入れていただきたい」


 朱旺の用件を聞いた二人は困ったように顔を見合わせた。

 彼らの主君たる皇太子からは、中から出すな、外から入れるなというもの。しかし、目の前の男は中にいる少女からじきじきに頼まれているという。こういう場合どうすればいいのか。

 二人は悩んだ末に男を通すことにした。皇太子は西の特使が不機嫌だった場合、自分たちに八つ当たりというか尋問をする。それは彼らにとって歓迎できないことであるのは言うまでもない。


「なれば、我々がともに中に入ろう。その条件ならば別に会ってもかまわん」

「感謝する」


 朱旺は部下とともに中に入った。部下の方は入れたことに驚いている。

 中に入ると、親衛隊の二人はしっかりと唯一の出入り口である扉の前に立った。

 朱旺はそんな彼らには目もくれずに目の前に座っている西の特使である少女、スズを見た。


「あれ、朱旺さんじゃないですか」


 スズは流暢な東の言葉でそう言った。


「本当はちゃんとした格好で迎えることができればよかったんですが……」

「いや、それはいい」

「でもこの二日、お風呂にも入ってないんですよ? 年頃の娘としてはすごい気になるんですよ? ところで、朱旺さんがわざわざここに来るようなことって何かありました?」


 スズの問いに朱旺はとぼけるな、と言いながら懐から頼まれていたというものを取り出した。

 懐に手を伸ばした時に後ろの親衛隊が腰に携えた得物に手を伸ばし、後ろの部下もそれに応じるように体に力を入れたが、出てきたものを見て彼らの緊張は緩んだ。


「頼まれていたものだ」

「……そういえば頼んでいましたね。すっかり忘れていました」


 朱旺から渡されたもの。片方の手のひらでちょうど包めるほどのただの緑色の石を丁寧に握り、スズは朱旺に礼を言った。

 その後はこの二日間のことを聞かれて朱旺は正直に答えた。できるだけ皇太子の話題は選ばず、帝の周辺、特に梓に関するうわさについて話した。

 それに対するスズの反応は予想よりも小さかったが、朱旺は興味があるということはわかった。責任感の強い娘なのではめられたということには気づいているだろうし、なにより、梓の面倒を最後までみることができなかったのが悔やまれるのだろう。


「もしも頼んだら、次も何か持ってきてくれますか?」

「まあ、可能なら、だが」

「ならそうですね。明日の夕方にでも来てください。そのときに板を持ってきてくれるとうれしいですね」

「板? それはまたどうして」

「ちょっとした心のよりどころがほしいんですよ。あの皇太子様、ちょっと一緒にいるのがつらいくらい言い寄ってくるので……」


 そこの扉くらいに頑丈で大きいのがいいです。スズはそう言って自分を閉じ込めている扉を指した。

 朱旺は了解し、親衛隊にそれの持込がスムーズに行くように、明日の夕方の来訪に関して許可をもらうとそのまま部屋から出ていった。

 親衛隊としては皇太子が気に入っている人の機嫌を損ねたくないのと、板くらいはいいだろう、と言う考えのもと許可を出した。


「ああそうだ、お前」

「何でしょう朱旺様」

「明日来る時は、またついてこい」

「はい?」


 今日だけでもかなり精神が磨り減ったのに。明日もまた後ろから切られる可能性を考慮して立っていろと言うんですか。今日だって武器に手を伸ばされた時かなり怖かったんですよ。

 部下が泣きそうになりながら、言いたいことすべてを外に出さずにそれに頷くと朱旺は満足そうに帰っていった。

 全員が部屋の外に出て、また一人、部屋に残されたスズは緑色の石を手のひらで転がしながら考える。

 しばらくして。


「まあ、この状況で考えても意味はないのかな? アリスみたいに力ずくかな……。あんまり好きじゃないんだけど」


 そう言って彼女に与えられたベッドに寝転がった。

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