豚の部屋
飛べない豚はただの豚だそうだ。
「じゃあ、帝はどうなんだろう」
喚いて、考える脳のある豚はどうだろうかと、梓は考える。
場所は豪華な部屋。装飾の無駄すぎる輝きから帝の部屋だとは予想できた。
スズと離されてしまい、彼女が今どこにいるのかわからないのでその事が不安であった。
◆◇◆◇◆◇◆
帝に挨拶に向かった梓たち。今日も変わらず目に痛いこの場所にあのときと変わらず帝は座っていた。
スズと帝がなにやら話しており、やがてスズが礼をした。
ようやく終わりかと安堵したときに帝がなにかを言った。その顔にはなんとも形容しがたい笑いが浮かんでいた。
スズは困ったような顔をしてから梓に喋るように言った。
なんでも梓の話す言葉をもう一度確認したいらしい。
「大丈夫だよ。どうせわかんないんだし適当に喋っておけば」
そうスズが言ったので言いたいことを言わせてもらった。
内容はだいたいがこの場所の装飾の悪趣味さであったり、帝の肥りっぷりだった。
《おお、そこまで言えるとはすげえなあ》
(どうせ通じないなら何を言っても問題にならないから、いいやと思って)
スズを見ると肩が震えている。恐らく笑いでも堪えているのだろう。
これで終わりかと思ったら、帝が横に立っていた人と話し始めた。しばらくして帝が何かを言い始めた。
◆◇◆◇◆◇◆
「その者がしゃべる言葉は西の物ではないな」
今しがた話していた相手は言語に詳しい人物だったらしい。
しかし、そう言われることくらい予想していたと言わんばかりにスズの態度は変わらない。
スズは顔には何も表さずに淡々と返す。
「向こうでも珍しいタイプの訛りですから、あなたが知らないのも当然かと思います」
「いや、こやつに聞いたところ西の物ではないと言う。こやつはどちらの国の言語を調べておるものでな、訛りも調べておるのだよ」
帝はニヤリと笑った。
そしてそのままスズと梓の捕縛を命じた。
帝にとっては意外なことにスズは一切の抵抗をしなかった。梓にも何かを言って、梓も何もしなかった。拍子抜けすると同時に何か裏があるのだろうかと思うが、ここはスズの故郷から海を挟んで遠くの国である。適当なタイミングでスズだけ開放すれば何の問題もないと思い、梓を帝の自室へ。スズは息子の部屋へと連れて行くように命じた。
スズは何も言わなかったが連れて行かれ、この場から出て行くときに帝を見つめてから出て行った。
その目がまるで自身を哀れんでいるように感じた帝は激昂した。
「その不届き物をけして逃がす出ないぞ!!」
怒りを言葉に。その言葉を聞いた兵士は恐怖のためか、はたまた仕事への熱意かは知らないが威勢よく返事をしてすぐにこの場から出て行った。
◆◇◆◇◆◇◆
スズは大きくため息をついた。まさかこんなことになるとは思っていなかったのだ。
今の帝は、歴代に比べると政治手腕はいいほうであるが、それ以外のほうにはあまり頭が回らないと評価されていたのを聞いたことがある。そのことから考えると自分たちをはめるための作戦を考えたのは帝ではないだろう。
となると誰なのか。帝の側近だったり、もしくはそれ以外の誰かだろうか。
考えても分からない。それに、とスズは足首を見た。はだしにされたそこには頑丈な錘つきの鎖がついていた。逃がさないという意思の現われなのだろう。
「その割にはここにつれてこられたことが……」
適度に整えられた調度品に女物かと疑うような化粧台が置かれたこの部屋は帝の息子のもので、ついこの間も梓をつれてきたところである。
ナルシストで、性格は帝にそっくりで、でも、政治手腕はだめだめだろうと評価をされている、帝の息子。
スズは再びため息をついた。今この部屋にはスズ一人。この閉めきられた部屋には人が来る気配はない。息子は息子でやることがあるらしく、スズを迎えた後に部屋から出て行った。その際に「今日の夜は楽しみにしていてね」なんて言われたので今も鳥肌が収まっていない。
「抵抗は、よくできて三日、かな」
つぶやいた言葉は誰にも届くことはない。




