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もしも、望んだ結末があるのなら

 帝は一人、部屋で頭を抱えていた。昨日の夜にやって来た少女スズに言われたことが何度も頭の中で再生されていた。


「どうすればいいのだ……」


 このままでは帝にとって気に入らない、国に害しか与えない集団《仮面》の手がかりをみすみす手放してしまう。


『天気は良好だそうですので、明日の昼にはここを発ち、明後日の朝に出る船で帰らせていただきます』


 帝にとっては仮面と同じくらい忌々しい西の国の娘、スズ。

 《仮面》の手がかりとなる娘と唯一会話でき、その娘の身柄を預かっている娘はあろうことか《仮面》の娘も連れていくと言ったのだ。


『しかし、その娘はこの国にとって……』

『それはどうでもいいんです』


 悩みつつも帝は頭を抱える他に手がないと知りつつ、昨日のことの続きを思い出していた。


『この国の一大事にどうでもいいとはどういうことだ!!』

『言葉が悪かったですね。では言い直します。

 彼女の身元はすでにあたしの方で確かめてあります。間違いはありません』


 娘は悪びれずに言った。そして帝が身元を明らかにしろと言うと。


『言っても無駄でしょう。

 あなたは信じないでしょうし、認めないでしょう。あたしは無駄な言い合いを望んではいません。

 これ以上話すことがあるならあたしの家を通してください』


 娘はそれだけ言って退出していった。

 家。娘の『家』のことを帝はよく知らない。わかっていることはその家の娘が国の代表となれるほどの力を持っていること。そして、代々の帝が「手を出すな」と厳しく言っていることである。

 よく言えば負けず嫌い。悪く言えば人を見下さないと気がすまない性格の帝はこの言いつけが不思議でならなかった。

 なぜ、西の国(向こう)よりも上の立場である自分たちが手を出すなと言われなければならないのか。なぜ、あのような娘一人に自分が押されないといけないのか。

 別に東の国が西の国よりも優れているわけではないのだが、帝の感情は不安から不満へ、苛立ちへ、怒りへと変化していった。

 何かに八つ当たりしようと文字通り重たい体を動かそうとした時に部屋の扉が叩かれた。


「帝様。皇太子様がいらしております。何でも話があるとのことでございます」


 皇太子、帝の息子である彼が何の用だと思いながら入室を許可する。入ってきた息子は開口一番に言った。


「あの娘が国に帰ると聞きました」


 あの娘とはスズのことであろう。帝が頷くと、息子は続けた。


「私はもう我慢できません。あの娘を正式に私の妻として迎えたいのです。

 あの娘ならば家柄も問題ないでしょうし、何より異国の娘を迎え入れるという差別をしないという寛容さも見せつけることができると思うのです」


 帝の反論はなかった。

 反論の隙が無かったわけではないだろうが、納得はできたのだろう。


「しかし、皇太子よ。その考えはいいとして、だ。ではどうやってこの国に留まらせる?」


 どれだけいい考えであっても具体的な方法案がなければ意味がない。だが、皇太子は迷うことなく言った。

 父親に、取引を持ちかけたのだ。


「私は何もできませんが、父上があることをやってくだされば、可能です」


 帝は信じられないといったように息子の顔を見た。


「あの娘は必ず、今日の出立の前に挨拶に来ます。それは毎年のことですからね。

 そこで父上が一芝居うつのです」

「どのようなものだ?」

「《仮面》と繋がりのある疑いをかけられている娘がいたでしょう? あの娘を使います。

 私の手の者をその場に一人、置いておきます。そして、父上はどうとでも言ってその娘にいくらか喋らせればいいのです。

 あとは私の手の者が「西の国の言葉ではない」と言い、父上が適当に理由を付けてくださればどうとでもなりましょう」


 気に入らない娘に一矢報いることができるその計画を聞き、帝は二つ返事に承諾した。

 二人はもう少し綿密な計画を練る。ほとんど息子によって完成していた作戦はこうして完璧なものになった。

 だが、二人は知らなかった。これから二人が手を出そうとしている二人の娘がどれだけの力を持っているのかということを。

 熱心に会話をする二人の横で一匹の猫が退屈そうにあくびをした。


◆◇◆◇◆◇◆


 そして、昼。

 スズと梓を乗せた馬車が皇居の前にあった。荷物は一足先に送ってあるため、馬車の中は適度な広さがあった。


「え? 梓も一緒に、ですか?」

「ああ、そうだ。帝の御命令である」

「この国にいる間はその娘に対する疑いは晴れてはいない。ゆえにあなたから離れないようにするために、連れてこいとのことだ」

「……それなら仕方がないですね。しばらく待っていてください。連れてきます」


 内心ではいつまでふざけたことを言っているんだ、あのデブと思いながらもそれを顔に出さず、馬車に戻る。

 梓の反応も似たような物だった。スズから自分だけで最後の挨拶に行くつもりだから、馬車で待っているように言われてかなりほっとしていたのをスズはわかっていたため、申し訳ない思いであった。


「ごめんね。本当は断ることもできるんだけど、危害を加えられない限りはなるべく波風たてないようにって言われてるから……」

「仕方ないですよ。命令なんですから」


 二人は二人を待っている門番の所へ早足で向かった。

 二人としては皇居(この場所)からなるべく早く立ち去りたかったのだ。

 スズはこれまでの習慣から。梓は帝という人物が苦手だったから。


「さっさと行って帰ろう」

「そうですね。私も早く私がいた世界に帰りたいです」


 そして、二人はまだ知らない。

 これから向かう最後の挨拶を行う部屋に罠が張られていることに。

 梓がこの世界に来て十四日目。梓の異世界旅行は終わりへと向かっていた。

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