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ついこの間でも久しぶり

 梓はスズに手を引かれていろいろなところを歩き回った。どこでもわりと愛想良く出迎えてくれるが、ときたま露骨に嫌な顔をする人もいた。

 そんな人たちの反応を一切気にせず、スズは歩いていく。部屋の一つ一つを確認しているが、どうやら目的の人物にはいまだに会えないようである。


(というか、これって拉致じゃないよね……?)

《俺は拉致の方に三千点》


 なぜこいつはこんなにも楽天的なんだろう。梓はハルを殴りつけたい衝動に駆られた。その怒りを感じ取ったハルは必死に弁解をする。

 曰く、お前が味方だと思ったのなら味方だろうということだそうだ。確かにそう信じたい。が、先ほどの笑顔が……という気持ちである今の梓には少しばかり難しいことだった。


(それもこれもあんたの発言が原因……)

「んー。今頃は外にいるのかな? じゃあ、あっちに行こっか」

《あー? なんか言ったか?》

(そもそもあんたが拉致って言うから!!)

「梓?」

《でもよー。なんかそれっぽかったじゃねーか》

(それでも言っていいことと悪いことがあるでしょーが!!)

「梓?」

「ひゃあ!!」


 スズは梓の手を引いていたがついてこようとしないことに気づいたので梓の肩をたたいた。一方の梓はスズを無視してヒートアップしていっていたため、突然のことに驚き、変な声を上げてしまった。

 実は声の大きさとその変な声にスズも驚いて、気まずい沈黙が流れたが、スズは気を取り直して梓を引っ張っていった。引っ張っていかれている間も梓とハルの口論が止まることはなかった。

 梓はスズに袖を引っ張られ、「着いたよ」という声で意識をハルから自分の周りへと向けた。

 そこはかなりの広さがあるグラウンドというべきか。鎧を着た人が声を掛け合いながら駆け足で目の前を通り過ぎていった。あるところでは槍や剣を振り回しており、またあるところでは弓をを撃ち、的当てを行っている。


「ここはこの国の兵士たちが訓練に使っている場所なんだよ」

「そんな場所に入ってもいいんですか?」

「許可はもらってるの。だから問題はないはずだけど」


 本当のところは帝が仕方なしに許可を出したのであり、本当は出したくなかったのだ。西の国の特使であるスズの願いをあっさり却下すると外聞に響くと思った帝が折れた形であった。

 そんなことを知るはずもない梓はあっさり納得し、あたりを眺めている。どうやら動きが派手な、剣や槍を使った模擬戦闘が気になっているようだった。見事な身のこなしは、その道の心得がない梓でもすごいということが分かり、あこがれるようなものだった。

 そんな模擬戦闘も終了し、戦っていた人たちが互いに礼をしている。そこへやってきたのは一昨日まで梓と一緒にいた、例の隊長であった。それを見つけたスズがそちらへ向けて歩いていく。


◆◇◆◇◆◇◆


「朱旺さん」


 先ほどの訓練での評価を行い、改善すべきところを説明していた朱旺は自分を呼んだ声を聞いてそちらに顔を向けた。そこにいたのは彼とは浅くはない付き合いの西の特使である少女、スズ。

 評価を受けていた方の一人がスズの顔を見て、顔が引きつったのが分かった。おそらく彼女がここにいることが許せないのだろう。そういう人間は結構な数になる。本人は気づいている上で無視していると言っていた、暗い感情を含んだ視線がこの場に集まっている。


「特使殿ですか。今は手が離せませんが、急用ですか?」

「いいえ。皇太子殿下に会いに来たんですが、一緒に梓を連れてきたんです。言いたいことがあると言っていたのでよかったら時間をいただけないかと思いまして」

「それなら、もうしばらく待っていてください。入り口の方にいてくだされば後でそちらに行きますよ」

「分かりました」


 スズは梓の手を引いて戻っていく。戻る際に、梓が会釈をしていったので朱旺も会釈を返しておいた。入り口、先ほどまで梓たちがいたところまで戻ってきてから、スズは梓に適当な段差に座るように言ったらしく、二人で仲よさそうに並んで座った。

 朱旺はその後、全員の評価をきちんと行った。


「それでは、これで終了とする。これ以降は自由にしていてくれ」

「はっ」


 その返事を聞いて、朱旺は待たせているスズたちのもとへと向かった。


◆◇◆◇◆◇◆


「もうしばらくしたら暇になるって」


 梓は、ここまで来てようやくスズに、朱旺に会いに来たんだと教えてもらえた。とりあえず、なにより安心した。

 ハルに言われたせいでもあるが、スズが自分の味方ではなかったのかと不安だったので、その不安が取り除かれたのは大きかった。


「あの人に会いに来たんなら教えてくれてもいいじゃないですかー」

「ごめんね、びっくりさせようと思って」

「とりあえず、拉致とかじゃなくてよかったです」

《拉致に近かったと思うけどなー》

「拉致?」


 ハルの意見とスズの返事が同時になり、どちらにどう答えればいいだろうかと思った梓はあいまいに笑ってその場をごまかした。話を変えようと、新たな話題を切り出す前にスズが言う。


「しかし、いつもいつも嫌な視線だとは思っていたけど、今回は特にひどい気がする……」

「視線?」


 梓の質問にスズが黙って頷く。結構、好き勝手をしているという自覚はちゃんとあるらしく、人によっては自身のことを疎ましく思っている。特にここはそういう意識が強いらしくて、視線がわずらわしいのだと、スズは梓に説明した。

 今回は特にひどい、というのはおそらく梓がいるからだろうとも言った。しかし、今回の視線には嫌悪の意思以外のものを感じるとも、スズは言った。


「なんだろう。いつも向けられるのを冷気だと言うなら、今日のこれは熱気?」


 説明しがたそうに首をひねる。

 梓はそもそも視線にそこまで敏感なたちではないし、視線の雰囲気など分かるわけもないので適当に頷いていた。スズは一人首をかしげており、梓は話しかけない方がいいと思い周りをきょろきょろと見て朱旺が来るのを待った。

 手持ち無沙汰であったせいか、朱旺がやってくるまでは結構な時間があったように感じた。スズが間に入って喋る形になった。


「梓、こちら前にちょっとだけ言ったと思うけど、朱旺さん」


 スズは黙ってお辞儀をした。


『朱旺さん、こちらは梓です。覚えてますよね?』


 朱旺の方も黙ったままお辞儀をした。


◆◇◆◇◆◇◆


「あー喋りすぎて疲れたー」


 宿に戻ってきて早々、スズはベッドに転がってそう言った。スズは同時通訳として梓と朱旺の間に立って喋り続けていたのだ。

 はじめこそ、遠慮しあっているかのように互いに何も喋らなかったが、何がきっかけだったのか急に会話が始まり、盛り上がったのだ。スズは途中で限界が来ていたようだったが、それでも気力で梓と朱旺の会話を取り持っていた。


「すいません。ついつい盛り上がってしまって」

「あー、気にしなくていいって。二人が意気投合できたのは良かったことだと思うからねー」


 あれだけ長く通訳やってたことなかったから、それが原因だよ。ぐたっとしたままそう返されても罪悪感しか感じない。しかし、梓はなにも言わずスズの横に転がった。


「どしたの?」

「私も疲れましたし、寝ようかと」

「じゃあ、寝よっか」


 まだ夕方ではあるが、二人はあっさりと眠りについた。

 次の日の朝に目覚めたとき、制服のまま寝ていたスズがスカートについてしまったシワをとるのに頭を悩ませることになるのだが、それは今は関係なかった。

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