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本来の目的は?

 その後も頼まれたという、武器や保存食の類を買い込んでその日は夜を迎え、この世界に来てから一番落ち着いた、一番安心して寝れた夜をすごした次の日。


「スズさん」

「なに?」

「ここって、一昨日、私たちがあった場所ですよね」

「そうだよ」


 二人は再び皇居の前に立っていた。スズについて行くしかないとはいえ、こうなることがわかっていたら来なかったのに、と思いながらも、宿に一人でいるというのも不安であるということに気づいてため息をついた。結局はスズについていくしかなかったのだ。

 服装はここで始めて会ったときと同じ。梓は異世界から来たときにきていた学校の制服。スズも学校の制服だそうだ。なんでも中等部のもので夏休みが終わったら高等部に進学するのだと教えてくれた。

 それはさておいて、スズは用件を門番に伝えて中に入る。しっかりと梓の手を握っているのは梓が迷子にならないようにという配慮だろうか。


「今日は、どうしてここに?」

「会いたいっていう人がいるの」


 誰が、誰にというのがよくわからない返答であったが、スズの嫌そうな顔を見る限り相手が、スズに会いたい、で間違いはないだろう。回りを見ると多くの猫がいた。前に来たときは全く見なかったが、今は猫がどこにでもいる。平然と廊下を通っていくのもいれば、陽のあたるところで昼寝をしている猫もいる。

 猫のほうが堂々としすぎていて、廊下を歩く役人のほうが遠慮しているようだ。


(なぜに、猫?)

「あ、そうだ。ここにはいっぱい猫がいるけど苦手だったりする?」

「いえ、大丈夫ですけど。でも、どうして?」


 心の中を読まれたわけではないだろうが見事なタイミングで声をかけられたので聞いてみた。

 まるで猫のためにあるような状態なのだ。不思議で仕方がなかった。


「当代帝が、ああ、一昨日に梓が会ったあのきんきらきんのデブのことなんだけどね。ものすごい猫が好きなの。何でも、即位した直後からここに猫を飼いだしてあっという間に増えたらしいよ」


 梓が帝と言われて誰かわからない、というような顔をしたのでスズは言い直した。誰かに聞かれたら即座に侮辱罪でしょっ引かれるかもしれないような発言である。しかし、周りには誰もいなかったし、いたとしてもスズは梓にわかるように、つまりは異世界の言葉で話していたのでその内容を理解できるものは誰もいなかったのだけども。

 やがてたどり着いたのは左右に兵がいる扉の前。扉には見覚えがなかったのでさすがにあのきんきらきんに会いにきたということはなさそうであった。だとしたら誰に会いにきたのだろうか。梓が考えている目の前で、扉は開かれた。


◆◇◆◇◆◇◆


 スズが会いにきたのは感じのいい青年であった。美形である。イケ面というよりは美形と表現したくなる顔であった。

 この人物に会うことに対してスズがどうして嫌がったのかはわからないが、二人ともなかなか話が盛り上がっているように見えたし、そこまで仲が悪いようにも見えなかった。梓とハルはそう言い合いながら時間をつぶしていた。


(部屋の感じからして、あの太った人の血縁だと思うけど)

《たぶんそうだろうなー。息子? さすがにいとことか甥ってのはないだろうなあ》

(うーむ。いったい何が嫌だったんだろうね)

《さあ。会話内容が理解できたら分かったと思うんだけどな》

(それは確かに)


 そうして時間が過ぎ、その青年の部屋を退出してからスズにそう言うとスズはかなりげんなりしたように言った。


「あたしが毎年東の国(ここ)にくる理由の一つがあの人なんだけどね」


 他の目的は、帝への挨拶、頼まれたものの購入なんだけどね。そう言ってスズは続けた。


「毎年来るたびに「ああ、君のその瞳の美しさに僕は心を奪われたままなのだ」やら「毎年会いにくるということは僕に気があるのだろう? ならば籍を入れようじゃないか」って言われたらさすがに嫌にもなるって。こっちはご機嫌とりで来てるだけだし……」

「うわあ……」

《なんていうか、ご愁傷様、だな》

「しかも帝の息子。皇太子だから、会いたいって言われたら断れないし……」

《あ、俺それわかる。俺にも無駄に絡んでくるやつがいてなあ。しかも神格が貴族だから断れなくて困るんだよなあ》


 やっぱり血縁だったのか、と思ったらハルがスズに同意した。なんと声をかけるべきなのだろう。スズの反応を見る限りは何も言わないほうがいいのかもしれない。ハルが言ったようにご愁傷様、としか言いようがない気がしたし、それが一番しっくりしてしまった。

 ついでに、今のハルの発言からどうやら神様の社会は王政または貴族政治のようだ。少なくとも上下関係にはうるさいのだろう。

 上下関係による縛りがゆるい環境で育った梓にはよくわからない感覚ではあったが、二人が互いに落ち込んでいることはなんとなくわかった。

 そんな梓の反応を見て、スズは肩をすくめた。


「まあ、くる理由はあんなやつでも、あたしの目的は観光だからね。これが終わればもうしばらくは自由だよ」

「もうしばらく、とは?」


 正直、梓にとってはここ(皇居)は二度と来たくない場所である。

 また来ることを前提とするようなスズの物言いに眩暈がしたかと思った。


「もう二日、三日くらい後かな。出国前に一度挨拶に来ないといけなくてね。さすがにそのころには梓のことも疑われないようになっていてほしいんだけどねえ。というか、意地でも帰るけど」


 夏休みの宿題もあるから、というスズ。どうやらこの世界の学生は今は夏休みらしい。


「ここで、もう二、三日。確認するけれど、船の出発もそのくらいのころのはずだから、それに乗って一週間で西の国につけるはず。向こうに話は通してあるから、そこからは転移を使ってあっという間に戻れるはず。あと十日くらいかな」


 と、これからの予定を梓に伝えるスズ。それまではせっかくだし、観光でもしようかと提案する。この辺の案内なら任せてほしいといわれると、さすがに梓も断れない。ありがたく受けるとスズはうれしそうに笑った。


「じゃあ、二、三日で回るためにも今から行こう!!」

「え、今からですか?」

「だって、梓がこの世界に(こっち)に来ることなんてもうないだろうから、今のうちに回らないと!!」


 威勢よく言って、梓の手を引いて走り出して数歩。走り出したスズが急に止まって梓がつんのめって数秒後。


「ああ、そうだ。せっかくここに来てるんだし、会えるか分からないけど行ってみよっか」


 一人でうんうん、と頷いて先ほど走り出した方向とは逆の方へと歩き出したスズ。

 それに困惑した表情で引っ張っていかれる梓。


「え? え? スズさん?」

《おお、新手の拉致か》

「拉致って、え? スズさん?」


 困惑した顔のままの梓の手を引っ張りながらスズは言う。


「ん? ハルが拉致って言ったの?」

「そうですけど、じゃなくって!!」

「だーいじょうぶだって。あたしはスズの味方だから」


 振り返って見せたスズの笑顔に何か寒いものを感じた梓。そう感じたのひとえにハルの先ほどの発言ゆえだと、スズの言うとおり、スズは自分の味方だと、梓は信じたかった。

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