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目的はおつかい

 商店街から離れていくと、少しずつではあるが道を歩く人の雰囲気が変わっていく。買い物籠を持っている人や、売り物を運ぶ人がいなくなり、変わりというかんじに何かの職人のような格好をした人が多くなる。

 スズにたずねると、ここは工場と呼ばれるところらしい。梓の記憶にある工場と違うのだが、ここは専門の職人の店が集中していることからそう呼ばれているらしい。

 重そうな金属の塊を運んでいたり、どこかの弟子のような感じの子供があちこちの店に出入りしている。弟子の方は手にメモを持っている。どうやら何かの注文だろう。ここはさまざまな店が協力し合って成り立っているらしい。

 その中の一軒、白い暖簾がかかった建物の中に入っていくスズ。


「外で待っていてもいいけど、どうする?」

「あ、一緒に行きます」


 あたりを珍しげに見ていた梓に、スズはそう言った。治安は悪くないからあたりを見て回っても大丈夫だとも言った。しかし、言葉が通じないという事が不安すぎてスズと一緒に店の中に入ることを梓は選んだ。


「うわあ……」


 中には紙があった。色、大きさ、厚さで分類されているようでさまざまな種類のものがある。店自体はあまり広くない。しかし、その広くない空間には所狭しと紙が並べられていた。

 店の中には青年がいて梓たちを出迎えてくれた。スズいわく、この店で修行をしている人たちが当番制で店番をしているのだそうだ。


「破かない限りは触っても大丈夫だよ。あたしはちょっと店の人と話してるから、待っててね」

「はい」


 スズは店の奥へと入っていった。

 残された梓はとりあえず手近なところにある紙に触れてみる。画用紙のような紙だった。横にある物は手触りが違ったし、入り口から遠くなるにつれて紙は薄くなっていっているようだった。

 安易な気持ちでやってきた客が適当に触って破らないようにという配慮である。青年が不安そうに見守る中、梓は慎重におそらく一番薄いだろう紙を見たくて紙を持ち上げる。


「これとか、向こう側が透けて見えるし……。何に使うんだろう」

《そんなこと聞かれても困るんだけどな》


 何気なくつぶやいた梓に返答してきたハルに、あ、いたんだ、と返そうとして先ほどスズに言われたことを思い出す。ハルの声は他の人には聞こえていない。


(あ、いたんだ)

《それはひどいな!! 俺とお前は今、一心同体なんだよ》

(それは気持ち悪い)

《……。まあそれは置いといて。その馬鹿みたいに薄い紙の使用用途はわからないけど、そこから三つ入り口よりの、一番上においてある紙なら何に使うかわかるぞ》


 その場所においてある紙は、七夕に使う短冊のような形に切られていた。習字紙のようなさわり心地だが、習字紙よりも厚く、しっかりとしている。一枚手にとってみる。他の紙と何も変わらない感じなのにどうしてハルはこの紙の使い道だけわかるのだろうか。


《それは、『符』に使うものだな》

(『符』?)

《えーと、ファンタジー風に言うとだな……陰陽師が使うようなやつだよ》

「うっそ!! じゃあ式神とか召喚できちゃうの!?」


 思わず声が出てしまって、口をふさぐジェスチャーをしてあたりを見回す。どうやら他に人はいなかったようだ。スズもまだ店の奥から戻ってきていない。

 今、ハルは陰陽師が使うような物だと言った。つまり、これを使うことができれば……と希望を膨らませる梓にハルは、無理と言ってくる。


「無理ってどういう……」

《声》

(あ。それは置いといて、どうして無理なのよ。けっこうそういうの夢に見てたのに)

《書くのに使うものは何でもいいんだけどな、式神召喚だったり魔法を使うのに使おうと思ったらそれ相応の文字やら陣を書かないといけないんだよ。お前、書ける?》

(……書けない)

《だろ? あ、あと書くものは何でもいいって言ったけど、人によっては自分の血をインクに溶かして使ったりするらしい。インクに溶かさないで使うやつもいるらしい。何でもその方がより力を込められるとか》


 さすが自称神様、詳しい。自分には使えないことへのショックは小さくはなかったが、よくわかる解説だった。しかし、その解説を聞いたうえで血を使うということに軽く引いた。理由はわからないでもないが痛そうである。

 符に使う紙は普通の紙とは材料が違っているため、区別をつけやすいそうだ。だからハルでも分かったらしい。

 その辺は世界が変わっても変わらないのかと思いながら、符に使う紙を戻したところでスズが店の奥から戻ってきた。手に持っているのはこの店の品揃えからして当然のように紙だった。しかしそのサイズがおかしかった。とてつもなく長いのだ。触ってみると先ほどまで梓が触っていた紙のようだ。


「それって符を作るのに使う紙ですよね」

「うん。よく分かったね。これだけあると五百枚くらい作れるんだって」

「そんなにですか!?」

「あたしは符を使わないから、よくわかんないんだけどね」

「え? スズさんの買い物じゃないんですか?」

「毎年こっちに来た時に頼まれる買い物なの」


 頼んだ当人はこっちに来るのを面倒がってるから、毎年あたしが来るときに買ってくるように頼むんだよ。

 苦笑しながらそう言って、一緒に店の奥から出てきた白髪交じりの老人と楽しそうに話し、お金を払って店を出る。おそらく、この老人がこの店の店主にして、ここの紙を作る職人なのだろう。

 暖簾の外に出れば、店番の青年と老人が丁寧に頭を下げて見送ってくれた。言葉は通じなかったが明るい、やさしい雰囲気な店だったと梓は思った。

 そのことをスズにいうと、この辺は人と人とのつながりが他よりも強いのだと教えられた。工場には工場のルールがあり、それを破らない限りはやさしく接してくれるのだとも。


「でも、よく符なんて知っていたね」

「ハルが教えてくれたんです」

「物知りなんだね。符に使う紙は自作できるけれどこの店の職人の作った紙が一番いいんだって」


 だから一度にこんなに買うんだって、と言って紙を担ぎなおした。五百枚の符を作ることができる量の紙である。なかなかの重さがあるだろうにスズはあまり気にしていないようだ。

 話を聞くに魔法を使って軽くしているらしい。便利だ、魔法。そう思ったが梓は使えないことを思い出しもどかしくなった。


「悪いけど、一度宿に戻ってもいい? これを持ったまま他の所に行きたくないの。邪魔だし」

「全然構いませんよ」


 重さは気にならないが、やはり邪魔だったらしい。スズの提案を受け入れて再び人でにぎわう商店街へと戻っていった。商店街は今も変わらない賑わいを見せている。この商店街が静かになるなんてことがあるのだろうか。

 いろいろ食べていたので腹具合からはよくわからないが、日の高さからしてそろそろ昼だろうか。二人は出かけた時よりも少し早足で宿へと戻っていった。

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