最終話:これも愛の形
――――――――――聖奇跡帝ユウキ視点。
『……ユウキさんの前途に幸運がありますよう!』
慕わしい声を聞いた気がして思わず目が覚める。
夢か。
既に女神様と最後の挨拶も交わしたというのに、我ながら未練がましいことだ。
「陛下、いかがいたしましたか?」
「……ああ、大事ない。予を一人にしてくれ」
「と、仰せになりましても……」
「ハハッ、その方も心配性だな。予の命がもう幾許も残されておらぬことは、予自身が重々把握しておる。しかし我が息子が立ち、その方ら賢臣忠臣が支え、愛すべき民がおるではないか。エコラントの未来に何の懸念があるものか」
「は、では離れて控えておりまする」
近侍の者を下がらせる。
やれやれ、忠義心も大概にして欲しい。
最後で最期の思索くらい、一人の世界で没頭したいものだ。
「今に至っても言葉がスルスル出てくる。加護とは大したものだ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
ぼくがここまで来られたのは、女神様が授けてくださった数々の加護のおかげだ。
久しぶりに頭に浮かんだ『ぼく』という一人称の新鮮さに、軽い興奮を覚える。
そうだ、ぼくは何も持たない一〇歳の子供に過ぎなかった。
『サトウユウキさん。あなたはトラックにはねられ、命を落としてしまいました』
全てが始まった邂逅の日、女神様に告げられた言葉だ。
不思議とショックを受けなかったことを覚えている。
ぼくが助けた子犬が無事だったことは素直に嬉しかった。
前世の世界『アース』は技術が発達し、物が溢れていた。
だけどぼくは恵まれているとは言いがたかった。
両親を亡くし、親戚中をたらい回しにされ、施設に行かされる直前だったから。
女神様はぼくを救い上げてくださったに違いない。
とても優しい目をしていたもの。
『あの、今までの世界に生き返ることはできないのですか?』
楽しい思い出のない『アース』に生き返りたかったわけじゃない。
知らない異世界が怖かっただけなんだ。
この発言で優しい女神様を困らせてしまったことは、後々までぼくの心を苛んだ。
ぼくにとっての最善の選択肢が『エコラント』であると、賢明な女神様は見定めていただろうに。
『女神様が欲しいです』
恥ずかしい、思わずこぼれ出た本心だ。
あんなに美しく、慈愛の心を持った人は初めてだったから。
おっと、人ではなかったな。
ぼくは『エコラント』で冒険者になることを決めた。
何故なら女神様が冒険者ギルドに登録することを勧めてくださったから。
腕っ節に自信なんかなかったけど、女神様の導きなら信じられる気がしたんだ。
自分に力さえあれば未来が拓ける、と気付いたのはすぐだった。
前世でのぼくは何もできない、ただの子供だった。
でも『エコラント』では違う。
立派に働いてお金を稼ぐことができた。
女神様はそれがわかっていたから、ぼくを『エコラント』に転生させてくれたんだ。
女神様の大いなる意思の一部を理解できた気がして嬉しかった。
冒険者ギルドの皆も、身寄りのないぼくに親切にしてくれた。
複数加護持ちということが知れると、期待してくれる人も多かった。
そう、加護。
最終的に六〇を超える加護を備えたぼくだが、一番大切な加護はと問われれば答えは決まっている。
ぼくの運命の転換点となった『賢者』か?
『エコラント』の無血統一に最も貢献した『弁舌』か?
最終的にぼくの権威を決定付けた『剣聖』か?
違う、『Gアクセス』だ。
女神様との絆を感じることができる『Gアクセス』こそが一番大切な、何物にも換えがたい加護だった。
「……女神様の……望みは……」
声も出なくなってきた。
そろそろだな。
満ち足りた人生だった。
女神様の望み、本音ではぼくが冒険者として活躍することだったろう。
しかし口に出したのは……。
『危険と隣り合わせの職業ですので人気とは言えません』
ぼくを心配して言ってくれたんだな。
だからこそ加護ガチャをたくさん引いてくれたのだ。
冒険者として役に立つ、魔物からダメージを奪えるタイプの加護をなかなか引けなかったのは、女神様にとっても計算外だったようだが。
ぼくは妃を娶り、幾人かの子にも恵まれた。
妃も子も愛している。
しかし女神様へのこの感情も、『愛』にカテゴライズされるものだろう。
認めよう、ぼくは女神様を愛している。
女神様がぼくを愛してくれていたとは思わない。
目をかけていただいたのは紛れもない事実だが。
女神様の期待に応えるため、ぼくにできることは何だったか?
決まっている。
『アース』よりいい世界の実現だ。
最初は夢物語でしかなかった。
だがぼくは『アース』を知っていた。
朧気ながらゴールが見えていたのは大きかった。
『アース』より豊かで、弱き者に手を差し伸べる社会を!
信念がぼくを突き動かした。
加護がものを言った。
『アース』を上回る豊かさとまではいかなかったが、自慢できる程度には『エコラント』はいい世界になったと思う。
女神様にも少しは喜んでいただけたと思いたい。
無血統一に成功した日、女神様から賜った『ユウキさん、すごいですね』というお褒めの言葉はとても誇らしかった。
……眠くなってきた。
もう身体のどこも動かない。
でもぼくは幸せに包まれている。
何故なら、女神様とともにあった我が人生に悔いはないから。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。