お前面倒臭い
「さてアメリア」
見合いを終えて子爵家に戻ったアメリアはディアナから厳しい顔を向けられていた。
「あなた今日はクラウス様を熱心に見詰めていたけれど、クラウス様のことはどのように思っているの?」
「どのように?」
母親に問われアメリアは首を傾げると今日のクラウスを思い浮かべる。
「そうですね…。今日は鱗を拝見することが出来ず残念だと思っておりました」
「…はぁぁぁぁぁ」
ディアナは重たい溜息をついた。
「つまりあなたにとって今日は、クラウス様ではなくクラウス様の鱗とのお見合いだったのかしら?」
「え?…」
アメリアは瞬いた。
「え、いえ、そんな。そんなつもりは…」
「では、あなた。そうね…クラウス様のお姿は覚えていて?」
「本日は騎士服を着ておいででした。手袋までしっかりと着けておられて、首元から手の先まで完全に覆われてしまっていると残念に…いえ。とっても凛々しかったような気が致します」
「そう…。ではクラウス様の髪の色は?」
「か、髪の色…」
髪の色、髪の色…とアメリアは呟きながら思い出そうと記憶を辿った。
私が鱗を見る邪魔をしているクラウス様の髪の色…
「黒です!…そう、先日クラウス様にお会いしに行く時にお父様にそのように伺ってお探ししたの…で…えっと」
「…そう。…では目の色は?」
ディアナの声が段々と冷たさを増している。
「目の色…」
アメリアはしょんぼりと「ごめんなさい…」 と声を絞り出した。
「私、今日は失礼な態度だったでしょうか…」
「いいえ。侯爵夫妻もまさかあなたが鱗見たさにクラウス様を見詰めていたとはお気付きではなかったと思いますよ。ですがクラウス様とのお見合いの席だったのです。もっとクラウス様ご自身を知る努力が必要だったのではないかしら」
「はい…。あの、私もお父様にお伺いした時はクラウス様はどのような方かしらと思っていたのです。ですが、先日お会いして、鱗を一瞬だけ見てしまってから、あの美しさが頭から離れなくて…。
もう一度拝見したいと思うあまりついそのことばかりが頭に…。…私失礼な態度でしたわ…」
ディアナはしょんぼりするアメリアを見詰めた。
一応クラウス様が人間だとはわかっているようね。
「アメリア。今日のあなたの態度は褒められたものではありませんでした。
けれど幸い侯爵御夫妻はあなたをお気に召して下さったようですし、劇場へエスコートして頂くお約束も出来ました」
「はい…」
「ですが、あなたがクラウス様ご自身にお気に召して頂けなくては鱗を見せて頂くことも出来ないとお思いなさい!」
「…!」
「あなたが鱗を見たいなら、まずクラウス様に気に入ってもらえるように努力なさい!」
せめて目の色くらいは覚えていらっしゃい、と呆れたようにディアナは続け、
頭を冷やして休みなさい、とアメリアを部屋へと帰した。
***
「見合いはどうだったー?」
なぜこいつは今日が見合いだったと知っている?とクラウスは舌打ちしながらもギルベルトを部屋へ入れた。
追い返したところで煩さが増すだけだと知っていたからだ。
ギルベルトは「つまみは恋バナに限るよな」とニヤニヤと酒を注いでいる。
「どこにも恋などない」とクラウスは返しながらも諦めて酒を飲むことにした。
クラウスは疲れていた。
適当に見合いをやり過ごすつもりだったというのに、気付けばアメリアをエスコートして劇場に行かなくてはならなくなってしまった。
もちろんマイツェン子爵一家が帰った後で母親には猛抗議をした。
だがソフィアは、あのように想ってもらえることに感謝なさい!とクラウスを叱りつけ、アメリアの気持ちを繋ぎ止めるように努力しろ、アメリアのことを大事にして逢瀬を重ねろとクラウスの抗議が霞むような剣幕で女性の扱いについて延々と話しを続けたため、完全にクラウスの気力は潰えていた。
「へえーー観劇デート」
「デートじゃない。母上がアメリア嬢を無理に誘ったんだ」
「ふーん。無理にねえ」とギルベルト。
「喜んでいるようには見せていたが内心では怖がっていたに違いない。母上も無体なことをする…」
ただただアメリア嬢に申し訳ない。
いやいやモテる男は辛いね。と尚も茶化すギルベルトに眉を顰める。
「アメリア嬢からは断りづらいだろうから、なんとか俺から断ってやれると良いのだが…」
「いやいやいや断ったら駄目だろう!!」
「いやしかし…」
「あー。お前面倒臭い!」
じゃあ帰れ、と睨みつけてやるとギルベルトはガシガシと頭を掻いて
「まあお前が言うようにアメリア嬢がお前を少し怖がっていたとしても芝居ならば楽しめるのではないか?
断るのは絶対駄目だ。一度決まったデートを断ったら女性はショックを受ける。アメリア嬢を悲しませたくなければ断るな。怖がらせたくなければ完璧なエスコートをしてみせればいいだろ。王都一の男前になったつもりでエスコートしてみせろ!」
なんなら俺が指導してやる、と捲し立てるギルベルトに「要らん」と返したクラウスは、あんなに可愛らしいアメリアが怖がるのを見たくはないなと溜息をついた。