是非ご一緒したいです
アメリアがクラウスに直談判して了承の返答をもぎ取った見合いは、クラウスから父親オルデンベルク侯爵に連絡が入れられ、マイツェン子爵からは三度目の見合いの申し入れが行われ、遂にようやく行われる運びとなった。
「オルデンベルク侯爵、侯爵夫人、私、マイツェン子爵が次女アメリアと申します。オルデンベルク男爵、先日は突然の訪問失礼致しました。お会いする機会を頂いて感謝しております。本日はよろしくお願い致します」
「アメリア嬢、お会い出来て私たちも嬉しいよ」
「アメリアさんにお会い出来るのを私たちも楽しみにしていたのよ」
オルデンベルク侯爵夫妻は、すっかり結婚を諦めている三男を結婚させる最後の好機を逃すわけにはいかないと静かに決意してこの日を迎えていた。
「マイツェン子爵、子爵夫人、クラウス=オルデンベルクです。アメリア嬢、再びお会いできて光栄です。私のことはどうぞクラウスとお呼びください」
二度も申し出を断られたとは思えないくらい和やかな挨拶で見合いは始まった。
「なかなかお会い出来ずに申し訳ありませんでしたね。クラウスへ熱心にお話を頂いて、とても嬉しく思っておりましたの。けれどクラウスとマイツェン子爵家とは接点がないように思うのですが、クラウスのことはどちらでお知りになったのかしら」
アメリアは挨拶を交わした後は、真っ直ぐにクラウスを見詰めながら微笑んでいる。オルデンベルク侯爵夫人ソフィアはそんなアメリアに感激していた。
しかしクラウスはアメリアと会ったことはなかったと言うので不思議に思っていたのだ。
「実は先日の王都の火災の時にクラウス様をお見かけしたのです」
アメリアは火災の影響で馬車が足止めされた時のことを話した。
「その時はクラウス様のことを存じ上げませんでしたが、馬車からお見かけした手のウ…」
「!…て、て、手を汚すことも厭わずに駆け回っているお姿に感動したそうなのです!」
ディアナが慌ててアメリアの言葉を遮った。
ディアナはアメリアがクラウスの顔を見詰め続けているのを見て、娘の興味は鱗にしかないなと悟っていた。
もしかしたらクラウス様に男性としての興味もあるかもしれないと期待していたのだけれど、あの顔はオルヒとリーリエを見る顔と同じだわ。
アメリアはクラウスに嫁ぎたいと言っているが、どう見ても興味があるのは鱗であり、クラウスを男性だと…というか人間だと意識していないかもしれないとディアナは思う。流石に人間扱いされていないと気付かれては縁談を断られてしまうだろう。けれどアメリアは縁談を断られても鱗見たさにクラウスに付き纏う恐れがある。
この娘がクラウス様を爬虫類扱いしていることを気付かれないように縁談をまとめなくては!
ディアナはひっそりと決意した。
「まあ。あの火災の時に!」
「いえ、私は避難誘導していた程度でさして感動されるようなことはしておりません」
「いいえ!クラウス様は煌めいておられました!」
ディアナに遮られたことをアメリアは不思議そうにしたが、淡々と言葉を返すクラウスに慌ててその時の感動を伝える。
「煌めいていたなんて!クラウスに一目惚れされたのね!」
ソフィアは言葉を弾ませた。
こんなにも息子を想ってくれる女性が現れるなんて!これは絶対に縁談をまとめなければならない
…けれど
縁談をまとめる一番大きな障害は困ったことに間違いなく息子である。
クラウスがアメリアを嫌がるのであれば無理に結婚させようとは思わない。しかしクラウスはアメリアを嫌がっているわけではなく自分がアメリアと縁を結ぶには及ばないと考えているのだろう。
…アメリアさんとの仲を深めるために時間をかけなくてはならないでしょうね。
あんなに愛おしそうに見詰められていたら、きっとクラウスだって絆されるに違いないわ。
アメリアは恋しそうにクラウスを見詰めている。しかしクラウスは居心地悪そうに唇を引き結んで座っている。
そうだわ!
「アメリアさんは観劇はお好きかしら?王立劇場にはオルデンベルクの席がありますから、よろしければ今度クラウスにエスコートさせましょう」
「母上!?突然何をおっしゃるのですか!?アメリア嬢にもご迷惑でしょう!」
見合いをすればそれで良いだろうと、他人事のように話を聞き流していたクラウスは突然の母親の提案に顔色を変えた。
「あらクラウス、あなたアメリアさんをエスコートするのが嫌だと言うの?」
「そんなことは言っていないでしょう!そうではなくて…」
「それならいいでしょう!ね、アメリアさんどうかしら!」
「私は是非ご一緒したいです!」
「まあ良かったわ、アメリアさんはどんな演目がお好みかしら?」
ソフィアの提案にアメリアとマイツェン子爵夫妻は喜んで感謝を伝え、クラウスは母を諌めようとしたもののあしらわれてしまい、気付けばアメリアを劇場へエスコートすることが決定しており、見合いは恙無く終了したのである。






