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出来心 後編

鱗を口に入れたアメリアは、舌で鱗を絡め取った。

鱗に歯を当て、軽く噛んでみる。

頬の裏側に鱗を押し当て頬に手を添えると、鱗の表面が余さずアメリアの口内に圧力を加えた。


クラウスの鱗でなければこんなことは出来ない。

呪いによって生まれた鱗だからこそ口に入れることに躊躇いがなかったのだ。


アメリアは鱗の感触を味わうのに夢中であった。

だから気づくのが遅れた。


気がついた時には、ドアを開けてクラウスが私室に入って来ていた。

ノックがあったのかどうかもアメリアはよく分からなかった。焦る頭で思い起こすと、あったようにもなかったようにも思える。

夫婦の私室であるし、アメリアがいると思わずにそのままドアを開けたのかもしれないし、アメリアが聴き逃しただけでノックされたのかもしれない。

しかしどちらだとしても、クラウスは既に部屋に入って来ている。


クラウスが部屋に入る前であれば、ノックの音で慌てて鱗を口から出すことが出来ただろう。けれどクラウスが部屋の中にいる現状、口から鱗を出そうとすればどうしたってクラウスに見つかってしまう。


アメリアは焦りながらもクラウスに小首を傾げてみせた。

何か御用でしょうか。という思いを込めて。


クラウスは少しだけ不思議そうな顔をしたが、「一緒にお茶を飲もう」と椅子に掛けるとアメリアを促す。

メイドがお茶と茶菓子をテーブルに並べるのを見ながらアメリアは、逃げることも出来ずに椅子に座った。


とはいえ。口に鱗を入れた状態でお茶を飲むわけにも、茶菓子を食べるわけにもいかない。

口を開いてうっかり鱗が見えても困るのでクラウスに言葉を返すこともままならず。アメリアは困り果てた。


メイドが下がって、クラウスはお茶を一口。

焦りながらもアメリアは、今日はクラウスは休日で、お茶の時間になったからクラウスは夫婦の私室にやってきたのであり、作業に夢中でもうお茶の時間だということに自分が気づいていなかったのだということに思い当たった。

思い当たったところ窮地を脱せるわけではない。


アメリアはとりあえず笑顔を作って、お茶を手に取ってはみたものの、飲むわけにもいかずにそのままテーブルに戻した。


「アメリア?どうした?気分でも悪い?」

クラウスが心配そうにアメリアを見詰めた。

アメリアは慌てて首を横に振った。


首を振ってから、ここは気分が悪いと言って部屋から出る場面であったか?と考える。

けれどそれではクラウスはきっと付いて来るだろう。


アメリアは笑顔をクラウスに向けてみた。

けれど次にどうしたらよいのか分からない。


クラウスが立ち上がるとアメリアに近付き、額に手を当てた。

「熱…はないか。疲れた?」

アメリアは再び首を横に振った。


クラウスがアメリアをじっと見詰めた。

「アメリア?…もしかして喉が痛むのか?」

クラウスの視線がアメリアの喉に向いた。

アメリアが首を横に振る。アメリアの瞳が潤んだ。


「アメリア?声は出せる?」

言葉を発しようとしないアメリアに、クラウスが心配そうに問いかける。


アメリアは返事をしなくてはと、口を開こうとして…しかし話すことなく俯いた。

頭を下に向けたアメリアの口の中で、鱗が歯に当たった。

アメリアはぎくりとしたが、しかし口の中でのわずかな物音など聞こえるはずもないだろう。

クラウスも流石に音が聞こえたわけではない。ただアメリアが咄嗟に手を動かそうとして、頬を気にしたように感じたのだ。


「アメリア?」

クラウスはアメリアの頬に手を当てると優しく上を向かせた。

アメリアの身体が強張った。

クラウスがじっとアメリアを見詰める。


アメリアが具合が悪いのを隠す理由はないだろうが、何かを隠しているのは間違いない。

アメリアはどうして口を利かない?


クラウスがアメリアを見詰めたまま言った。

「アメリア、口の中を見せて」

アメリアが泣き出しそうな顔でクラウスを見詰め返した。


クラウスは確信した。アメリアは口の中に何かを隠している。

「アメリア、口を開けて」

言いながらクラウスは両手でアメリアの頬を挟んだ。

「っ…」

アメリアはぎゅっと目を閉じて口を歪めたけれど、観念したようにそろそろと口を開ける。

アメリアの口の中を覗き込もうとしたクラウスの目の前に、アメリアが舌を出した。

アメリアの舌の上に鱗が乗っているのを見て、クラウスは言葉を失った。

「…」

「…」


本当はアメリアだって、せめて隠れて鱗を口から取り出したかった。

けれどクラウスに両頬を押さえられていては、そうも出来ない。


アメリアは涙目で鱗を舌に乗せて差し出すしかなく。クラウスはアメリアの口の中にある鱗をどうすべきか咄嗟に決めかねた。


悩んだ末にクラウスはアメリアの前に右手を差し出して「アメリア、鱗を出して…」と言ってみたものの、アメリアは責めるようにクラウスを見返す。

そしてアメリアは自分の頬に置いたままのクラウスの左手を、そっと引き剥がした。俯くと自分の手を口に当てる。すぐに手を握り込んだのでクラウスからは見えなかったが、自分の手の中に鱗を出したのであろう。

クラウスは泣き出しそうなアメリアに、どう声を掛けたらよいのか悩んで、「えっと…アメリア、とりあえずうがいをしておいで」と声を掛けた。


アメリアは首を縦に振ると部屋を出ていった。




クラウスは放心したように椅子に掛けた。

なぜアメリアが口の中に鱗を入れていたのか分からない。別に食べようとしたわけではないだろう。


理由をアメリアに聞くべきか、それともすぐに忘れるべきか。

クラウスは悩んだけれど、しかし…


涙目で顔を赤らめながら舌を出すアメリアは可愛かった。


脳裏のアメリアを忘れることは出来そうにないことだけは確実だった。

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