出来心 前編
ちょっとした出来心だったのです!
アメリアは心の中でそう叫んだ。
クラウスに笑顔を向けてはみたものの、本当は泣きそうだ。
この窮地をどうしたら逃れられるのか。
アメリアが追い詰められるに至ったのはなぜかーー
時は少しだけ遡る
*
クラウスの身体から剥がれ落ちた鱗の一部は、王太子の命にてクラウスのブローチに仕立てられたが、残る鱗をどうしたものか。
アメリアの装飾品を仕立てるという案もあったものの、いざアメリアの身体をあの鱗が飾るのかと思ったら、何というか、少し…クラウスは苛立ったのだ。
アメリアはクラウスの身体から鱗がなくなったからといって、クラウスに背を向けたりはしなかった。
だから以前ほどにはクラウスも、鱗に嫉妬心など持ってはいない。
もっともクラウスに聞けば、「最初から鱗に嫉妬などするわけがない」と言うだろうけれど。
そんなわけで、鱗をどうするとも決められずに無造作に袋に詰めたまま放置していたクラウスであったが、それはアメリアには我慢出来ないことであった。
クラウスにとっては、ずっと身体についていたものだ。髪の毛が抜けたのと然程の違いは感じていない。
鱗だし捨てるのは不味いだろうと認識はしているものの、感覚的には取っておきたいと思うものでもない。
けれどアメリアにとっては、クラウスの鱗は至高の宝だ。この世で一番美しいものだと思っている。
それを無造作に袋に入れたままなど許せるはずがなかった。
アメリアとクラウスは話し合い…というかアメリアがクラウスに捲し立て。
鱗の美しさを一番良い形で、とアメリアが考え抜いた結果。鱗を並べて額装し、男爵邸のホールに飾ることにした。
そしてーー
男爵邸夫婦の私室で、アメリアは板の上に鱗を一枚ずつ並べていた。
クラウスは宝飾職人にやらせればいいと言ったが、額装して飾ってしまえば鱗を手に取ることは出来なくなる。だからアメリアは自分の手で鱗を並べ、板に留めていく。
鱗が並んでいく様はとても美しく、自分の手でそれを作り出せることはとても楽しい。けれど留め終われば鱗は自分の手から離れてしまう。それは少しだけ寂しく感じた。
並べた鱗を眺めて手で撫でる。きちんと板に留められた鱗は動くことはない。
綺麗に並べて留められた鱗はクラウスの肌の上にあった時の様子を思い起こさせ、アメリアは少しだけ切なさを感じた。
しかしクラウスの肌の上にこそないが、鱗は今アメリアの目の前にあり、アメリアの手によって美しく整えられている。
何という幸運なことか。
アメリアは今の至福の時間を堪能しようと、並べた鱗を見つめ、そして鱗の感触を楽しんだ。
クラウスの鱗は額装するにあたって一度洗浄された。
しかし呪いの鱗だった故か、鱗には体液が付いているわけでもなく、生き物から剥がれたとは思えないくらいに鱗のみがそこにあり、洗い落としたのは元々袋の中にあったのであろう埃くらいであった。
だから鱗からは臭いがすることもなく、触っていても手が汚れることもない。
アメリアは次の鱗を手に取り、そして眺めた。
板に留めてしまったら、このように鱗の裏側を見ることはなくなる。
一枚だけ手元に残しても良いかもしれない。けれど出来るだけ纏めておきたい。そんな風にも思って、鱗を手の中で弄びながら眺め、手の中で鱗の感触を楽しむ。
そうしているうちに、魔が差したのだ。
今までもたまにそうしてみたいと思わなかったわけではない。けれど生身のものは病気の恐れもあるし、誘惑に駆られたとしても実行しようとは思わなかった。
だけどこれは生身ではないし、それに綺麗に洗われてもいる。元々洗う必要がないほど不純物が付いていないものであるし、この機会を逃したら次などないだろう。
だから本当に出来心だったのだ。
アメリアは手に持っていた鱗を口の中へと入れた。




