クラインベック公爵の計略
「信じるしかないか…」
ヘルミーナからの手紙を読んで、オルデンベルク侯爵とコンラートはヘルミーナについて、医療研究所について、そしていくつかの交友関係について調べた。
ヘルミーナが言うように医療研究所では新規研究員の募集を行なっていた。
その他の点でもヘルミーナの言うことに矛盾する点は見つけられない。
オルデンベルク侯爵、コンラート、クラウスの3人はヘルミーナの手紙を信じることに決めた。
「考えが甘かったのか?」
クラウスがアメリアとの婚約を破棄してヘルミーナに求婚している。
その噂に困りはしているが、クラウスとアメリアが結婚すれば、噂が真実ではなかったと分かって誤解は解けるはず。
それは常識的な判断と言える。
婚約しているのに横槍を入れるのは婚約を認めている王家に対しても失礼に当たる。だから常識的に考えて、堂々と婚約に異を唱えるなどないはずで、当人はもとより両家ともに結婚を歓迎しているのにそれを壊すことなど出来るはずがない。
「どれだけ噂されたとしても結婚してしまえば噂は終息する。そう思っていたが…」
噂は揺さぶりをかけようとしているだけ。揺るがせなければ問題ない。そう思っていた。
大事なことは噂に踊らされることで動揺して不利益を出さないこと。そうオルデンベルク侯爵が考えたことはおかしなことではないが、善良すぎる考えであった。
クラインベック公爵はアメリアとアドルフが昨年の夜会でダンスをしていることに目を付け、アドルフの兄ケステン伯爵に、アドルフとアメリアの縁を結べたならば公爵家が庇護しようと持ちかけた。
「クラインベック公爵はアドルフ=ケステンにどのような手段を使ってもアメリア嬢を奪わせようと思ったのかもしれないが、ケステン伯爵は今のところは強硬な手段を使うつもりはないようだな」
アメリアがティールームでアドルフに話しかけられて以降、ケステン伯爵からはマイツェン子爵に訪問を願う連絡はあれども、強引にアメリアを連れ出すようなことはなく、家にこもっていればやり過ごせそうだ。
もっとも、それはヘルミーナがクラウスと結婚するために自分でアメリアと話をつけるとクラインベック公爵に伝えたせいもあるのかもしれない。
ヘルミーナからのアメリアへのお茶会の招待は、ヘルミーナの真意を伝えるためだけではなく、自分が接触することで公爵がそれ以上アメリアに手を伸ばすのを防ぐためでもあったのだから。
「噂で揺さぶりたい相手は私たちではなく、取引相手だったか…」
公爵はオルデンベルクの領地で行われている事業の主な取引先にも噂を振り撒いている。そして噂によってオルデンベルクの印象が悪くなっているところに良い条件を提示することで、クラインベック公爵の事業との取引に乗り換えさせる計略。
「噂だけでは取引を乗り換える理由にはならないだろうが、揺さぶられたところで破格の条件を提示されれば乗り換えることもあるだろう」
「噂のせいで義理を通す気もなくなっているだろうしな…」
「ただクラインベック公爵がオルデンベルク以上の条件を提示するとなると、どう考えても公爵に利益を出すことは無理だ」
「オルデンベルクは土地柄、この条件で取引出来るだけで、これ以上の条件での取引では負債が出るだろう。しかもオルデンベルクとクラインベック公爵では事業内容が違いすぎる。そもそも公爵の事業では意味のない取引になってしまう」
「そんなことをするはずもないとは思うのだが…」
「だがそれが噂を撒いている理由と言われれば納得も出来る」
公爵はオルデンベルク侯爵に婚約を破棄するよう迫り、ヘルミーナとクラウスの結婚により取引はオルデンベルクに戻る。取引先への提示条件の上乗せ分は祝儀にクラインベック公爵が持つ。
それが公爵の計画であるとヘルミーナからの手紙には書かれていた。
「仮にこの通りに進み公爵の計略通りにクラウスがヘルミーナ様と結婚して取引先が戻ったとして、そこに信頼はないだろう」
「クラインベック公爵家の益にもならないわけだから、ヘルミーナ様の婚姻を決めることに対する犠牲が大き過ぎると思うんだがなあ」
まだ乗り換えている取引先はない。当然だ。クラウスとアメリアが結婚するまであと1か月ほど。噂の真相を見定めてから落ち着いて考えようと思っているのだろう。
「アメリアと結婚すれば噂が真実ではないと知れますが、しかし…」
「ああ、ヘルミーナ様の予想通りここまで強硬に公爵が考えているのなら、オルデンベルクの目を覚まさせるためにも一時取引を中止して…などと唆すつもりだろう」
「知らせは出すが、穏便にするのが無理だと判断されればアメリア嬢に危険が向くかもしれない」
「…!」
「ヘルミーナ様が研究者だとは知らなかったが、社交に全く出ていないのは確かだし、いくつかの縁を取り持っているのも確かなようだ。医療研究所新規募集も確かに出ている」
ヘルミーナはクラウスとの結婚は望んでいないという。
しかし公爵に対して、呪いが解けたクラウスの身体に興味を持ったという理由で結婚してもよいかと思い始めたというふりをしている。アメリアには自分が言い聞かせるとして、自ら接触することを望んだ。
公爵に対してはアメリアに圧力を掛けるためと言い、真実は事情を説明する手紙を託すため。それにアドルフがアメリアに接触する余地をなくすためでもある。
「医療研究所の入所が決まれば夜会でお前とアメリア嬢がダンスを踊る。決まらなければお前とヘルミーナ様がダンスを踊って公爵の思惑通りに進むように見せかけて油断を誘い、ヘルミーナ様は公爵から逃げる。それを確認してアメリア嬢とクラウスの婚姻を披露」
「公爵の動きは取引先を見張って探るとしても、夜会でお前がヘルミーナ様を選んだように見せれば悪評は更に高まる。公爵に動きがなくても見限られる恐れはあるな」
「だったら矢張り、ヘルミーナ様とは踊らない方がよいのでは?」
「いや…今、アメリア嬢に危険が及んでいないのでヘルミーナ様が止めてくださっているからだろう。ヘルミーナ様がご協力くださる条件がこれであればアメリア嬢の安全のためには話に乗るべきだ」
「アメリアの安全のため…」
「ヘルミーナ様の入所が決まることを祈ろう」
クラインベック公爵が撒く噂を消しきれない以上、あちらの力量の方が上だ。それに抗うために…
オルデンベルク侯爵たちはヘルミーナを信じることに決めた。




