ヘルミーナ=クラインベック
ヘルミーナはクラインベック公爵家の四女として生まれ、父であるクラインベック公爵にとても可愛がられて育った。
姉たち同様にヘルミーナも公爵家に相応しい高い教育を受け、そして美しく着飾るための宝石やドレスを与えられた。
ただヘルミーナが姉たちと違ったことは、美しさを求めるよりも、品位を磨くことよりも、人体に興味を持ったことだ。病とは何かを考え始め、病を治す医者にも興味を持ちはしたが、それよりも人体と病の関係を追求したくなった。そしてそのための研究には公爵家の財力が大層役に立った。
姉たちの婚約が整った頃、次は自分の番だろうとヘルミーナは思ったが、嫁ぎ先で研究を続けることは難しいだろうと考えた。出来ることならこのまま研究を続けたい。
しかしクラインベック公爵は、娘を独り身でいさせることを良しとはしなかった。
可愛い娘によい嫁ぎ先を用意することを譲らない公爵と研究を続けるために結婚したくないヘルミーナは、ひとつの約束をした。
ヘルミーナが20歳までによい嫁ぎ先が見つからなければ、公爵は研究者としてヘルミーナを認める。
公爵は可愛い娘をおかしな相手と結婚させる気はもちろんなかった。しかし研究がしたいと思っているのは今だけだろうと思っていたし、後悔させないためにも結婚させなくてはと考えた。そして娘であればよい嫁ぎ先などすぐに見つかるはずだと思った。
研究を続けるためにヘルミーナは結婚するわけにはいかない。しかし『よい嫁ぎ先』が見つかってしまえば結婚ーーまずは婚約だがーーしなければならない。
『よい嫁ぎ先』…。つまりは爵位と年齢が釣り合う人品に問題のない相手。
ヘルミーナは縁談が持ち上がりそうな相手の情報を調べた。
断る理由になりそうな奔放な振る舞いがないか、もしくは恋人がいないか。恋人がいても婚約の障害があるようならばそれを除けるように手を差し伸べた。よい人柄のお相手には気に入りそうな令嬢を探して出会いの場を作った。そして自分は出来るだけ表に出ることを避けた。
その甲斐あって、婚約者をあてがわれることは見事に避けることが出来た。
父親は出来れば他国にはやりたくないと思っているようだったが、念のため縁を結ぶ可能性がありそうな他国の情報も調べ、こっそりといくつかの縁組も整えた。
自分の結婚回避の為に行なっていたそれらの行動は、ヘルミーナ自身の広い人脈を作り上げた。それは公爵家の財に頼らずとも、つまりは公爵に認められなくとも研究を続けることが可能と考えられるものになった。
ヘルミーナも予想していなかったことではあるが、公爵に認められずとも研究者として独立する土壌は出来上がっていた。
もっとも『よい嫁ぎ先』になり得る先は潰しているので、このまま行けば結婚せずに公爵に研究者として認めさせることが出来るはず。
相手がいないのだ。公爵は既に自分の縁談を諦めているだろう。ヘルミーナはそう考えていた。
しかしクラウスの呪いが解けた。
*
呪いが解けたからといってクラウスには婚約者がいる。
当たり前だがそれに割り入るのは無作法が過ぎる。当たり前だが公爵家がやってよいことではない。というか誰だろうとやっていいことではない。
つまりはどう考えたところで婚約者のいるクラウスは『よい嫁ぎ先』にはなり得ない。
だというのに…
何がなんでも娘を結婚させなくてはと思ったのか、それとも娘を国から出したくなくて隣国の医療研究所への入所をやめさせようとして結婚させようとしているのか。
公爵の意図は分からない。けれどヘルミーナとクラウスを結婚させる気であることは理解した。
ならばヘルミーナのやるべきことは、これまでと同じだ。絶対に結婚しない。そのために裏工作する。
いや、クラウスが婚約者と結婚するのが本来で、クラインベック公爵が裏工作によりそれを覆そうとしているのだから、むしろヘルミーナの行いは正しき工作と言えるだろう。
とはいっても父親の裏をかかなくてはならない。さてどうすべきか。
ヘルミーナは考えを巡らせた。




