噂の真相
演奏が終わった。
手を離して向かい合ったクラウスとアメリアは、互いに腰を折った。
アメリアはクラウスから離れ、クラウスもアメリアに背を向ける。
クラウスは周囲を見渡し、集まっている視線を気にも留めずに歩みを進める。
視線が集まる先を辿れば、探さずとも歩むべき先は分かる。
クラウスは目当ての人物の前で腰を折り、手を差し出した。
「クラインベック公爵令嬢、私と踊って頂けますか」
ヘルミーナは当然のような顔でクラウスの手を取った。ヘルミーナの横でクラインベック公爵が満足そうに笑む。
再び音楽が始まる。
クラウスとヘルミーナが踊り始める。
今や、二人は全ての視線を集めているといってもよかった。
アメリアとクラウスが集めた視線は、二人がダンスを終えても離れることはなく、クラウスがヘルミーナに近付くにつれ、増える一方だった。
同情的な視線がアメリアにも向けられる。
「やはり」「可哀想に」「仕方がない」「ひどい男だ」
視線だけではない。増えるざわめきは音楽にも隠しきれないほどになってきた。
もうここに噂を知らぬ者などいないだろう。ざわめきが知らぬものにも噂を知らせた。
「お身体の調子はいかが」ヘルミーナの問いかけにクラウスは「問題ございません」と言葉少なに返した。
ヘルミーナはにこやかな顔をクラウスに向けた。
クラウスとヘルミーナはダンスを終える。
ヘルミーナは優雅な視線を巡らせ、集めた視線に満足そうに微笑んだ。
クラウスは再びヘルミーナの手を取り、目の前に立つ人物に膝を折った。
もしも彼が出て来てくれなければ、群衆を相手にするつもりだった。しかしヘルミーナの予想通りに彼は二人の前に出て来てくれた。それに安堵して二人は彼ーー王太子へと向き合った。
「やあ注目を集めているようだね」
王太子が細めた目をヘルミーナに向けた。
「ええ。先ほどご挨拶した時は、殿下に申し上げることを遠慮したのですが、ご報告してもよろしいかしら」
ヘルミーナの言葉に周囲がざわめいた。
王太子がクラウスに目を遣り、そしてヘルミーナを促す。
見世物がフィナーレを迎える。観客は期待に目を輝かせた。
ヘルミーナは今日一番の微笑みを見せた。そして通りの良い声で言葉を続ける。
「私この度、論文が認められ医療研究所の研究員として隣国へ赴くことが決まりました」
瞬間、ざわめきが消えた。
王太子も一瞬目を見開いた。しかしすぐに言葉を返す。
「ほう…!医療研究所の研究員か!確か先月欠員が出たそうだったが…代わりの研究員の座を射止めたのか!それは素晴らしい!」
隣国の医療研究所は世界の医療の最先端とも言える施設で、全ての医療研究者が夢見る場所だ。しかしそこは定員を超えての募集はされない。欠員を待ち、そして多くの希望者の中からその座を勝ち取らなければ入ることは叶わない。勝ち取るための条件は有益な論文が認められることのみ。入所を希望する者の中で一番有益だと思われる論文を書いた者のみがその座に着くことが叶う。お金を積んだところで決してその門は開かれない。
つまり研究員になることが決まったということは、ヘルミーナに研究者としての世界トップクラスの実力があるということになる。
愛憎劇を見ている気分でいた群衆は、突然の展開に付いていくことが出来ないでいた。
「ヘルミーナ!?」王太子の言葉に被ってクラインベック公爵の悲鳴が聞こえた。
しかしヘルミーナは振り向きもしない。
「はい!こちらのオルデンベルク男爵のお身体も、私の研究に大層役に立ちました」
「…なるほど」王太子の呟きはざわめきに隠れた。
愛憎劇だと思っていた噂の真相は、呪われた体に対しての研究行為。
予想外の真相に驚きの声を上げる者。突然の慶事を讃える者。公爵令嬢が研究員になることが信じられぬ者。…
ざわめきの中、王太子がクラウスに尋ねた。
「オルデンベルク男爵はヘルミーナの研究に付き合ってくれたのだな」
「…いえ、私は呪いの解けた身体の状態をお伝えした程度でございます」
「ええ。呪いが解けてもお身体に問題がないことが分かっただけでも研究には有益です」
王太子の口から笑みが漏れた。
「…せっかくだ。私からも祝おうか。
ヘルミーナ、研究員就任おめでとう。君はこの国の誉だ。
そしてオルデンベルク男爵の結婚も少し早いが私も祝おう」
「そのお言葉を胸に精進いたします」「もったいないお言葉ありがとうございます」
ヘルミーナと共にクラウスも王太子に頭を下げた。
顔を上げたヘルミーナは、近付いたものの王太子との話に割り込むことも出来ずにいたクラインベック公爵に笑顔を向けた。
「お父様、殿下からもお祝いの言葉を頂きましたので、私すぐに隣国へ出発致しますわ」
「…!」
「それでは失礼致します」
それだけ言うとヘルミーナは綺麗なカーテシーを残して歩み去った。
追いかけようとした公爵に王太子が祝いの声を掛ける。公爵は振り切るわけにもいかず、短く切り上げようとしているが上手くはいかないようだ。
王太子殿下はどうやらご協力くださるようだ。
クラウスはそれを目の端に認め、感謝しながら行くべき場所へと足を向ける。
オルデンベルク公爵夫妻の間でアメリアが心配そうな顔でクラウスを見ていた。
クラウスはアメリアの顔が安堵に変わるのを見詰めながら歩き寄った。




