アメリアとのダンス
アメリアは翌週もヘルミーナのお茶会に呼び出された。
前回と同じ顔ぶれに挨拶をし、メイドへ持参した茶菓子を渡そうとしたが、茶菓子は箱から出すこともなくヘルミーナに踏みつけられ、庭へと投げ捨てられた。
前回のお茶会がそうであったように、今回のお茶会も始まりだけは穏やかなものになるだろう。招待された令嬢たちだけでなく、メイドたちもそう予想していた。
ところがヘルミーナがいきなり苛烈な行動に出たために周囲は呆気に取られ、すぐには動くことが出来なかった。誰もがただ投げ捨てられる茶菓子の箱を目で追うしかなかった。だから誰も気付くことがなかった。箱を投げ捨てたヘルミーナの手に手紙が残っていたことを。
「最後だもの。夜会ではクラウス様と踊るのを許して差し上げるわ」
ヘルミーナはアメリアに微笑んだ。
アメリアは目を伏せ、ただ頭を下げるとクラインベックの別邸を後にした。
迎えに来た馬車の中でアメリアはクラウスに告げた。
「ヘルミーナ様がクラウス様と夜会で踊るのをお許しくださると…」
「…そうか」
クラウスは眉を寄せて溜息を吐いた。
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アメリアにとって二度目の王太子生誕祝いの夜会。
そしてクラウスと婚約して最初で最後の王太子生誕祝いの夜会である。
もちろん今年もクラウスは、アメリアを迎えにマイツェン子爵邸を訪れた。
クラウスは今年も髪を上げ、両の目を出している。昨年と違うのはその目がどちらも赤いことだ。
アメリアは昨年のクラウスの姿を重ねながらも微笑んだが、すぐにクラウスの顔から視線を外した。
どうしても過ぎる寂しさから逃れるように、昨年と変わらないクラウスの正装に視線を向け、そして昨年にはなかった彼の胸元の輝きを見付けた。
クラウスの胸元には、昨年もその身を飾っていた勲章と、初めて見る炎を玉にしたようなブローチが輝いていた。
クラウスはアメリアの視線に気付くと、苦笑したように「金目の代わりだ」と言って、アメリアを馬車へと導いた。
馬車の中でアメリアは、今日は絶対に一人にはならないようにと釘を刺された。
「そばを離れなくてはならずにすまない…」
「いいえ…それはクラウス様のせいではありませんから」
二人を乗せた馬車は王城へと向かい、そしてアメリアを伴ったクラウスは、王太子の生誕を祝う挨拶をした。
挨拶を受けた王太子は、クラウスの鱗で作られたブローチを褒め、そしてその場でクラウスの解呪を祝った。
予定通りに進んでいる夜会で、クラウスはアメリアをダンスに誘う。
昨年はアドルフに奪われたアメリアとの最初のダンスである。
アメリアの手を取りフロアの中央に向かうと、複数の視線が二人を追ってきた。
クラウスが婚約破棄してヘルミーナに求婚しているという噂は、火消しの甲斐もなく広まっていった。
クラインベック公爵が意図的に噂を撒き、そしてその意向に沿う者達の力がオルデンベルク侯爵よりも大きいから。もちろんそれも一因だ。けれどそれだけが噂が広まっている原因の全てではない。
クラウスはドラゴンスレイヤーとして名は知られているものの、呪われてから社交に出ることがほとんどない。
子爵家の次女であるアメリアは、高位の貴族と顔を合わせる機会は少なく知られた存在ではないし、またヘルミーナも公爵家の息女ではあるが四女という立ち位置からか、社交にはほとんど出ていなかった。
噂される彼らを知る者は少なかった。故にまるで物語でも聞くような感覚で噂は広まった。
物語を聞く気分であるからこそ、事実とは違うと言われても聞き流してしまう。
そしてそんな物語の主役たちが目の前に現れたのが今日なのだ。視線を集めるのも当然である。
まるで出し物を見るかのような視線。
集まった視線にアメリアはたじろいだが、クラウスは多少の安堵を感じた。
これだけ衆目を集めている中であれば、こっそりとアメリアが害されるようなことはないはずだ。
二人は音楽と共にゆっくりと踊り始めた。
視線が二人の動きを追ってくる。
音楽の隙間に聞こえてくるのは楽しげな笑い声。
「あの二人は婚約破棄したのではなかったかしら」
「このダンスを最後に婚約破棄するらしいわ」
「まあ最後の思い出というわけね。切ない話だわ」
同情するような言葉は、楽しげな声音だ。
「アメリアごめんね…こんなことになって…」
クラウスが気遣わしげにアメリアを伺うが、これだけの注目を浴びることなど初めてのアメリアは、なんとか身体を動かしてはいるものの、焦ってしまって頭が働かない。
次はどこに足を出したらよいのか。今出した足は合っているのか。音楽はまだ続いているのか。いつまで踊っていればいいのか。
アメリアは必死で考えようとしていた。
クラウスはアメリアを落ち着かせるようにアメリアの背を撫でた。
しかしアメリアはそれに気付きそうもない。
アメリアはきちんとステップを踏んでいる。
けれど音楽からはずれてきている。
クラウスはアメリアと組んだ手に力を込めた。
アメリアの手を何度かぎゅっと握りしめると、アメリアがハッとしたようにクラウスの顔に目を向けた。
目の前にクラウスがいることに初めて気が付いたような表情に、クラウスは微笑みを返した。リズムを取るようにアメリアの背を軽く叩く。
アメリアはクラウスの与えるリズムを背に受けているうちに、自分が音楽を聞いていなかったことに気付いた。
アメリアは笑いかけてくれるクラウスを見詰めながら、音楽に耳を傾けた。
クラウスのリズムに合わせてステップを踏むと、ステップはちゃんと音楽と合ってくる。
ようやく落ち着きを取り戻したアメリアは、クラウスに笑いかけた。
クラウスとアメリアに向けられる視線は、踊っている最中も徐々に増えていったけれど、二人は演奏が終わるまでの短い間、音楽と互いだけを感じることが出来た。




