ヘルミーナからの手紙
庭を背にアメリアに向き合ったヘルミーナは、扇を顔の前で開くと囁いた。
「アメリアさん、誰からも顔が見えないように小さな声で」
ヘルミーナが冷ややかな眼差しをアメリアに向けた。
「え?」
「あの二人はお父様のスパイです。気付かれないように」
続けられた言葉の意味をアメリアは掴み損ねる。
ヘルミーナは「侯爵家のクラウス様に子爵令嬢では釣り合わないと思うでしょう?」と声を大きくしたが、小さな声で続けた。
「私はクラウス様と結婚する気はありません」
「…!」
そして扇の影に手紙を見せた。
「詳細はこちらに。今から扇であなたを打ちつける振りをします。ドレスの影に手紙を落としますから隠して」
そういうとヘルミーナは扇を振り上げた。
「クラウス様との結婚は諦めなさい!」
アメリアは思わず閉じそうになった目をヘルミーナの手元から離さぬように気を張った。
ヘルミーナが振り上げた扇をアメリアの肩へと下ろす。同時に手紙が手から離れた。
アメリアは扇の風を肩先に感じながら、手紙に被さるように倒れ伏せた。
扇はアメリアの肩をかすめ、そのまま振り抜かれた。そしてヘルミーナは身を翻す。部屋の中へと歩を進め、庭先に残されたアメリアと部屋との間に立つ。その隙にアメリアは手紙をドレスの隠しに捻り込んだ。
振り返ったヘルミーナがアメリアを見下ろして笑んだ。
「どうしたら一番良いか、帰ってじっくりと考えなさい」
「は…はい…」
アメリアは立ち上がると3人に頭を下げて部屋を出た。
すぐに馬車が呼ばれ、アメリアを迎えに来る。
馬車からはクラウスが現れた。
アメリアを心配げに見詰めながら手を差し出す。
クラウスのエスコートを受けて馬車に乗り込んだアメリアは、クラウスと一緒に手紙を読んだ。
そして馬車はオルデンベルク侯爵のタウンハウスへと向かった。
**
タウンハウスの応接室で、アメリアとクラウスはオルデンベルク侯爵とコンラートがヘルミーナからの手紙を読み終えるのを待っていた。
侯爵が先に読み終わり、それをコンラートに手渡す。侯爵は眉を寄せて黙ってコンラートが読み終えるのを待った。コンラートはすぐに読み終え、手紙をテーブルに置く。
「…これは信じてよいものだと思うか?」
侯爵の問いかけにクラウスが口を開く。
「ですが嘘を吐く理由が思い浮かびません」
それに頷きを返しながらもコンラートが言った。
「確かにその通りだ。しかし一先ずは調べてみましょう。それまではこれまで通りで」
手紙はオルデンベルク侯爵に預けることになった。
クラウスは子爵への説明の為、アメリアと共にマイツェン子爵邸へと向かう。
ヘルミーナからの手紙は、クラウスたちが些か事態を軽く見ていたことを突きつけたが、同時に最悪の事態を回避する方法を示してもくれた。
それに乗るかどうか…。
コンラートは調べると言ってはいたが、裏付けられるようなものでもない。
結局のところ、話に乗るしかないだろうことを手紙を読んだ全員が分かっていた。




