お茶会への招待
アメリアの元に、ヘルミーナ=クラインベック公爵令嬢からお茶会への招待状が届いた。
驚いたマイツェン子爵はアメリアよりも先にクラウスにそれを知らせた。
クラウスはオルデンベルク侯爵に一報を入れると急いで子爵邸にやって来た。
しかし子爵とクラウスが顔を合わせたところで、公爵令嬢からの招待を断る口実は思い付かなかった。
「行くしかないだろう」
「…そうですね」
アメリアはお茶会の招待状を見て、顔を引き攣らせた。
クラウスが求婚しているという噂のある令嬢からの招待であるだけでも不安だというのに、公爵令嬢からの招待なのだ。侯爵夫人との定例のお茶会で多少は社交が身についたとはいえ、公爵令嬢のお茶会に行く日が来ようとは。
オルデンベルク侯爵夫人からは、励ましの手紙がアメリアに届けられた。
侯爵夫人からの教育は公爵令嬢のお茶会でも不足はない。もしも難癖でもつけられたら侯爵家から抗議するから落ち着いて臨めばいい。そう勇気付けられたアメリアは覚悟を決めた。
公爵令嬢などアメリアから見たら雲の上のような存在ではあるが、侯爵夫人の言葉を信じて頑張ろう。
お茶会当日、アメリアは婚約披露の時よりも気合を入れて全身を磨き上げられた。クラウスから贈られたドレスに身を包み、クラウスから贈られたアクセサリーを身に付ける。
そしてクラウスのエスコートを受けてクラインベック公爵家の別邸を訪れ、心配そうなクラウスに見送られて一人中へと入った。
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お茶会には3人の御令嬢がいた。
招待主のヘルミーナ=クラインベック公爵令嬢、そしてエルケ=インメル侯爵令嬢とリーゼロッテ=バーデン伯爵令嬢である。
「ようこそアメリアさん」
大きく開かれた窓は美しい庭園へと続き、暖かな日差しは部屋の中のテーブルまで届いている。
メイドがお茶菓子をテーブルへと並べ、お茶を淹れる。
穏やかな笑みで迎えられたアメリアは、緩やかな空気に緊張感を僅かに緩めた。
お茶会はアメリアの予想に反して和やかに始まった。
「今日はザイツのケーキを用意したのよ」
小ぶりのケーキが並べられたプレートを前にすると、心が浮き立つ。
ヘルミーナがお茶を口にしたので、侯爵令嬢と伯爵令嬢もお茶を飲み、ケーキにフォークを入れる。
アメリアもおずおずとお茶を口にした。
流石に毒など入れないだろうが一応警戒はするようにと言われていたが、お茶はとても美味しかった。
ケーキにフォークを入れると断面が美しい層になっており、口に入れるとそれが解け、噛むごとに違う味わいを舌へと運ぶ。それに驚いてアメリアはついもう一口ケーキを運び入れてしまった。
あまりの美味しさに警戒を保てず、お茶に口を付ける。
するとケーキの甘さと混ざり合うお茶の華やかな味わいに、思わず笑みが溢れそうになった。
こういう場面では味など分からなくなるのかと思っていたけれど、とっても美味しい…
アメリアはそれでも気を緩めないようにと自分に言い聞かせながら、背筋を伸ばした。
「『騎士の誓い』はご覧になった?」
人気の歌劇の話は歌姫の歌声の感想から始まり、演奏の美しさを褒め、多彩な衣装の素晴らしさを讃える。侯爵令嬢と伯爵令嬢が楽しそうに話すのをヘルミーナは穏やかに聞き、時折アメリアに話を振る。さりげなく話題を回しながらも聞き役に徹するヘルミーナを、どのように警戒したらよいものか。アメリアの緊張は戸惑いに変わりつつあった。
話が流行りのドレスのデザインに移った時、ヘルミーナがアメリアのドレスを褒めた。
「ドレスだけでなく、そのペンダントも綺麗な赤い色が素敵だわ」
ヘルミーナはアメリアの胸元に目を遣って笑みを送る。
「だけど…」ヘルミーナが真っ直ぐにアメリアの目を見た。
「アメリアさんには他に似合う色があるのではないかしら」
その笑みはとても穏やかであったが、アメリアの背筋を凍らせた。
「そうね、赤よりも他の色の方が似合うでしょうね」「何色がいいかしらね」
侯爵令嬢と伯爵令嬢が笑いながら同意を示す。
「やはりサファイアがよいのではないかしら」
「そちら方が間違いなくお似合いだわ」「青色の方がアメリアさんにはピッタリね」
一瞬アメリアはティールームで強引に椅子に座った男の目を思い出した。
誰もが穏やかな笑顔だ。けれど部屋の空気は張り詰めたものに変わっていた。
「アメリアさんは間もなくご結婚されるおつもりなのよね」
「…は、はい、あと一月少々で婚姻の予定です」
息を呑んだアメリアだったが、笑顔を崩さないように気を入れながら答えた。
「私、アメリアさんには同情しているの。他に結婚したい殿方がいらっしゃるのでしょう?」
気遣わしげな眼差しを向けるヘルミーナに、アメリアは真っ直ぐに答えた。
「いいえ、他に結婚したい殿方などおりません」
それにヘルミーナは冷たい視線を返すと、にこやかに笑った。
「先日ケステン伯爵の弟君とお二人で、親しげにティールームでお話しされていたと伺いましたわ」
「…!」
「伯爵の弟君とは昨年の王太子殿下の生誕祝いの夜会でもダンスをされていらっしゃいましたよね。それも最初のダンスを」
「それは…」
あの時はアドルフに強引にダンスに連れ出されたのであるし、あの時はまだクラウスと正式に婚約を結ぶ前であった。問題がある行動とはいえないし、またその後クラウスと踊り続けた方が印象的であろう。とはいえ、事実ではあるのでアメリアは返事に窮した。
「私思いましたの。きっとアメリアさんはあの方と婚約したいのだろうと。それなのに無理やりオルデンベルク男爵と婚約させられたのでしょう?」
「違いま…」「オルデンベルク男爵は侯爵家の三男。子爵家では断れませんわね。お可哀想に…」
「ちが…」「大丈夫。私に任せておいて。よしなにいたしますわ」
アメリアの言葉はヘルミーナに届きそうにない。
侯爵令嬢と伯爵令嬢は口を挟まずに二人を見ている。
しかしいくら相手が聞く耳を持とうとしなくても、毅然としなければならない。
アメリアは侯爵夫人の教えを思い出して、ヘルミーナをしっかりと見詰めた。
「私はクラウス様と結婚したくてするのです」
アメリアの言葉にヘルミーナは冷たい視線で返した。
そして立ち上がるとアメリアを見下ろして笑いかける。
「アメリアさん、よろしければ庭でもご覧になりません?」
それを聞いて侯爵令嬢と伯爵令嬢が立ちあがろうとした。
しかしヘルミーナはそれを制した。
「アメリアさんと二人でお話しいたしますわ」
にこやかではあったが有無を言わせぬ気迫に、侯爵令嬢と伯爵令嬢は椅子に身体を戻した。
そして笑いかけられたアメリアは慌てて椅子を立つ。
庭へと開けられた窓へヘルミーナはアメリアを誘ったが、庭先に出たところで立ち止まる。
それならば立ち上がらずとも庭は見えただろうに。アメリアはこっそりとそう思いながらヘルミーナの顔を伺う。
侯爵令嬢と伯爵令嬢はヘルミーナに追従するよう振るまっているので、二人と離れたことはアメリアにとって有利に働くだろうか。しかしヘルミーナからわざわざ離れたのだ。アメリアの有利となるはずもない。
ヘルミーナの意図が分からずアメリアは身を固くした。
ヘルミーナは冷ややかな目をアメリアに向けた。そしてアメリアの思いもよらない言葉を口にした。




