オルデンベルク家の推測
マイツェン子爵から、アドルフ=ケステンがアメリアに接触してきたことを知らされたクラウスは、思わずケステン伯爵家へ殴り込もうと立ち上がり、コンラートに慌てて止められた。
「クラウス、気持ちは分かるが一旦落ち着こう」
そう諭されればクラウスも従わざるを得ない。腹立ちの気持ちを抑えるように唇を噛む。
「お前からだけでなく父上からも抗議を入れた方が良い」
コンラートの言葉にクラウスは我に返った。確かに伯爵家へ抗議を入れるならば、男爵位のクラウスよりも侯爵から入れた方が良い。怒りのままに伯爵家に行けば上手く立ち回ることが出来ずに、十分に責を追求することなく終わってしまうかもしれない。
確かに落ち着かなければ。クラウスは深呼吸した。
「抗議は後程入れるとして。アメリア嬢に懸想していた伯爵の弟が婚約破棄の噂を聞いてすぐに動いたとしても、流石に早すぎるように思うが…」
侯爵が考え込むように言った。
その言葉にコンラートも「確かに他に取られない内にと思ったにしても、強引すぎるように思いますね」と思案する。
「アドルフ=ケステンは元々強引な男です」
クラウスが顰めた顔で告げた。
「知っているのか?」
クラウスは腹立ちを宥めながら、昨年の王太子生誕祝いの夜会で、アドルフがアメリアを強引にダンスに連れ出したことを話した。
「そんなことが…しかし…」
侯爵は眉を寄せて腕を組んだ。
「確かにお前の婚約破棄の噂が出てはいるが、伯爵家の弟の耳に入るほど広まってはいない。こちらから火消しもしているしな」
コンラートが頷いた。
「それにいくら強引な男だといっても、他人の婚約者を奪おうとしたら伯爵家の汚点になる。噂の真偽をまずは確かめるものではないでしょうか」
「…それは…そうですね…」
実際のところクラウスは、アドルフの顔は見てはいるが言葉は交わしていない。夜会の後、念の為どのような人物か調べはしたが、凡庸な文官というのがクラウスの持っている印象だ。
噂を鵜呑みにしかねないと思うのはクラウスの見方の偏り故かもしれないが、広まり始めたばかりの噂を知り得る程有能ならば、行動に移す前に裏取くらいはするだろう。
「アメリア嬢がケステン伯爵の弟と踊っているならば、白羽の矢を立てるのにちょうど良いと思われたのかもしれないな」
コンラートの言葉に侯爵が頷いた。
「ああ、おそらく…アドルフ=ケステンはクラインベック公爵と繋がっている」
「…」
3人は眉を寄せて押し黙った。
クラインベック公爵への警戒感は高まったが、推測だけで公爵へ抗議するわけにもいかない。
今出来ることは、引き続き噂の火消しに努めること、ケステン伯爵家への抗議、そしてマイツェン子爵へ警戒するように連絡することくらいだ。
いずれにしても婚約破棄するつもりはないのだ。例え噂を立てられようとも結婚すれば収まる。
そう侯爵とコンラートが結論付けるのを聞いて、クラウスも大きく頷いた。
しかしクラウスの心の中には不安が湧き上がっていた。
俺は婚約破棄するつもりはないけれど、アメリアはどう思っているのだろうか。
現状を伝えた時の様子から、子爵が婚約破棄など考えていないのは分かる。
昨年の夜会を思い出しても、アメリアがアドルフを選ぶことはないだろう。
アメリアもおそらくは、婚約破棄を考えていないだろう…と思う。けれど…
アメリアは公爵からの横槍に耐える程に、俺と結婚したいと思ってくれるだろうか。
クラウスは感じた不安を押し出すように大きく息を吐いた。
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オルデンベルク侯爵とコンラートがクラウスの噂の火消しをしようと動いてはいたが、噂は徐々に広まっていった。
解呪したクラウスの姿を見に来る人々からの視線には、冷たいものが混ざるようになっていた。
クラウスも噂を否定してはいたが、王城警護の任の最中にそれにかまけるわけにもいかず、その視線を受け流すしかなかった。
マイツェン子爵へはケステン伯爵より謝罪の為に訪問したいという申し出があったが、警戒してそれは断っている。
このまま耐えきろう。そう考えていたクラウスだったが、アメリアの元に届いた招待状の知らせに、慌てて子爵邸へと向かうことになった。




