祝杯
昨日更新し損ねてしまいました。申し訳ない…。
クラウスがオルデンベルク侯爵家とマイツェン子爵家へ解呪の知らせと訪問を願う手紙を書いていると、ギルベルトがやって来た。
ギルベルトはクラウスの顔を見て溜息を吐く。
「お前に選択肢は二つある。飲んで喋るか、飲まずに喋るかだ」
酒瓶を掲げながらそう言うギルベルトをクラウスは返事をせずに見ていたが、部屋の中へと通した。
持って来た酒をクラウスが二つのグラスに注ぐのを見ながら、ギルベルトは椅子に座る。
グラスの一つがギルベルトの前に置かれた。もう一つは向かいに座ったクラウスの手の中にある。
ギルベルトの視線はクラウスに向けられたままだ。
両の目を晒しているクラウスにギルベルトは懐かしさを感じた。
呪われる前のクラウスはこうやって髪をいつも上げていた。しかし呪われてからは髪で右目を隠すようになった。時には髪を上げている姿を見ることもあったが、その右目の色は金色だった。しかし今のクラウスの目の色は左右どちらも赤い。
昔のクラウスが戻ってきたようにも思えるが、クラウスの目に滲んだ耐えるような色はあの頃にはなかったものだ。その色は金色の目になったばかりの頃にあったものに似ている。けれどギルベルトにはあの時の色よりも辛そうな色に思えた。
クラウスがグラスを口に付ける。
クラウスの喉は酒を飲み下すけれど、言葉は出ては来ない。
口を開き、閉じて、そしてまたグラスを口に寄せる。
その繰り返しをギルベルトは黙って見詰めていた。
しばらくするとグラスを口に付けたクラウスが、溜息を吐いてグラスを置いた。
グラスは空っぽだった。
空っぽのグラスを見たままクラウスが口を開いた。
「結婚する前に呪いが解けて良かったと思うか?」
クラウスの表情は、まるで呪いが解けるなら結婚した後にして欲しかった言っているように見えた。
「…良かったと思うよ」
ギルベルトは明るい声になるよう意識して答えた。
「うん…」
クラウスが酒瓶に手を伸ばしたので、ギルベルトはクラウスのグラスに酒を注いでやる。
クラウスが酒を一口飲む。
グラスを置くと、飲んだ酒の代わりにクラウスの口からは溜息が漏れた。
「今ならまだ結婚を取り止めることも出来る…」
続けてクラウスの口から出た言葉にギルベルトは目を眇めた。
「…取り止めたいのか?」
「そんなわけないだろ!…そんなわけない…が…」
クラウスは弾かれたようにギルベルトを睨みつけたが、続ける言葉を呑み込んだ。
そんなクラウスにギルベルトが穏やかに言葉を返す。
「…安心しろ、今から取り止めるなんて余程のことがない限り無理だ」
クラウスが頷く。
「…分かっている…。…だけど…それでは…。アメリアは嫌ではないだろうか…」
「…」
予想通りの言葉がクラウスの口から溢れた。
「…鱗のない俺などと結婚したくないとアメリアが思ったとしても…もう結婚を止めてやれない…」
クラウスの口から言葉が溢れ続ける。
「…そんなことマイツェン子爵からは言い出せないだろうしな…」
「そりゃそうだ…だから安心して結婚したらいいじゃないか」
ギルベルトは努めて軽く返した。
「俺が止めたいと言ってやれればいいが…」
「はっ?」ギルベルトが慌てて尋ねる。「お前は止めたくないんだろう?」
クラウスは頷いた。
「だからアメリアが嫌でも止めてやれない」
クラウスは俯いた。
それを眺めるギルベルトは溜息を吐きたくなるのを我慢した。
侯爵家の三男で自身にも男爵位があるクラウスは、結婚するにはかなりの優良物件だ。
今までは鱗がある身体を忌避されていたかもしれない。けれどなくなったのならば引く手数多であろう。
だからクラウスが鱗を忌避していない相手だからという理由だけで婚約していたのならば、婚約破棄したところで次の相手には困らない。
けれどクラウスの様子ではそんな助言は的外れになるだろう。
鱗がなくなったからといって嫌われたりはしないと思うのだが、クラウスはそれを思い悩んでいる。
しかしクラウスは当たり前のことに気付いていない。だからギルベルトはそれを教えてやるためにクラウスに話し掛ける。
「鱗がないお前はアメリア嬢に嫌われているのか?」
「…いや…嫌われてはいない…と思うが…」
クラウスは力なく返事を返す。
「そうだよな。話しを聞いてるだけだが俺もそう思う」
クラウスが微かに頷いた。
「それじゃ、まあ…アメリア嬢が鱗があるお前の方が良かったとして…」
クラウスの眉が寄る。それを見ながらギルベルトが言葉を続ける。
「お前と婚約破棄して、アメリア嬢は誰との婚約を望むと思う?」
「は?」
問われたクラウスは口を開けて動きを止めた。
ギルベルトはそんなクラウスに向けて続けた。
「お前に鱗がなくなったんだ。もうこの世に鱗のある人間はいない」
「…」
「ならばアメリア嬢にとってお前が最良の結婚相手なのではないか?」
クラウスはゆっくりとギルベルトの顔を見た。
「俺が最良…?」
ギルベルトが力強い頷きを返した。
クラウスを見ながらギルベルトが口角を緩ませた。そして手がグラスへと伸びる。
ギルベルトの視線の先で、クラウスは驚いた表情で思いを巡らせている。
ギルベルトはそんな様子を見ながら酒を飲んだ。
呪いが解けたことへの周りからの祝福の言葉を聞いていたクラウスは笑顔ではあったが、その目は暗かった。
だけど今のクラウスは戸惑ったような表情ではあるが、その目に暗い色は見えない。
それに安堵したギルベルトは、ようやくクラウスの解呪へ祝杯をあげた。




