噂が駆け巡る速さ
王太子への報告を終え、騎士団長室から退出したクラウスは上げた髪をそのままに持ち場へと向かった。
王太子は解呪の発表についてはクラウスの好きにして構わないと告げた。つまりそれは発表しなくても構わないということでもある。
しかし秘匿したとしても、来月の夜会の時には王太子からの解呪祝いの言葉を受ければ知れることになる。そんな短い期間秘匿することに意味はないし、また夜会で初めて解呪が知れてしまうのでは、反応の予想が困難で対応するのが難しい。
だからもちろん解呪を隠したりはしないが、それを大々的に発表する気もない。
もちろん王太子はそうしたとしても構わないと言っている。だがそうしないのはむしろクラウス側の問題が大きい。なぜなら2ヶ月後には婚姻を結び、結婚披露を行う。そんなタイミングで解呪を周知して披露するような余裕は、オルデンベルク侯爵家にもクラウス自身にもなかった。
だから解呪を隠さず、自然に話が広まるに任せる。
どうせ殿下もそうするしかないことはお分かりだろう。クラウスはそう考えた。
クラウスは手袋を嵌め直した。
解呪を隠さないのであれば手袋をしない方が良いかもしれないが、手袋は騎士服の一部である。必要があれば外しても構わないが、鱗がないことを示すため、というのは外す理由には出来ないだろう。
代わりに右目は隠さない。
クラウスは右顔に風が当たることにおかしさを感じながら持ち場に戻った。
そして驚きの視線に晒されることになった。
最初はおそらくはクラウスが髪を上げている珍しさを不思議に思ったのだろう。クラウスに訝しげな視線を送り。そして左右ともに赤い目に気付き、そして右顔にあったはずの鱗が見当たらないことに驚く。
クラウスより年長のものはクラウスの鱗を見たことがあるが、最近騎士になった者は髪で隠していたために見たことがない者も多い。しかしそういった若い騎士にしても、クラウスが髪を上げていることそのものが初めて見ることである。だから中にはそれがクラウスだと気付かぬ者すらいたが、そういった者が多ければむしろクラウスにとっては有り難かったことだろう。
髪で隠していたとはいえ、鱗のある身は注目を集めるもので、視線に晒されることにクラウスは慣れているつもりだった。
だが鱗がなくなって受ける注目は、鱗でも金の右目でもなく、それらをクラウスの身体に探す、クラウス自身への視線で。それは鱗に受ける注目よりも煩わしいものだった。
とはいえ、お互いに警備の任務中である。もの問いたげな視線は受けようとも、即座に問いただされはしなかった。
しかしその分、休憩に入るとすぐに話しかけられる。クラウスはそれらに「どうやら呪いが解けたようだ」と言葉少なに答えてやり過ごしたが、忙しなくとても休めない。
上官からは何も問われなかった。おそらく騎士団長から話が回っていたのだろう。クラウスはそれに感謝した。
警備中の方が気持ちが休めるような日番を終え、クラウスは寮へ帰った。
寮に帰ると、既にクラウスの呪いが解けたことを知っている騎士が大勢いた。
噂が駆け巡る速さを実感するしかない。
「一生呪われたままかと思っていたよ。おめでとうクラウス」
「本当に鱗がなくなったのか?本当に両目が赤いな!」
クラウスは、確かめるように顔を探り、勝手に袖を捲ろうとする手から逃れるように身を捩る。
「いいじゃないか!見せろよ!」
気持ちは分からなくはないが、鱗を見せるならともかく、ただの男の腕を見せてどうするというのだ。
クラウスは無下にも出来なかったが、かといって囲まれた中で肌を見せることに躊躇した。
そんなクラウスの後ろから手が伸びた。
「とりあえず手袋を取れよ」
手袋を引っ張られたのに抗いながら振り返ると、ギルベルトがいた。
「そのままだと脱がされるぞ」
ギルベルトが周囲を示すのに納得するしかなかった。
クラウスは溜息を呑み込んで手袋を外した。ついで右袖を捲る。
「本当に鱗がない!」
クラウスの右腕を触ろうと伸びる手から逃れるように手を引く。
「それにしても結婚前に呪いから解放されるなんて良かったなぁ!婚約者にはもう知らせたのか」
飛んで来た問いにクラウスはすぐには言葉を返せなかった。
「…あ、…いや…それは…。…今日までは殿下に誰にも言わないように言われていたから…」
「そうなのか?早く知らせてやれよ」
「…ああ、そうだな」
クラウスは笑顔で返した。
しかしそれを見ていたギルベルトはこっそりと眉を寄せた。




