今はそれで
夜会からの帰りの馬車の中、クラウスは眠ってしまったアメリアに肩を貸していた。
クラウスの左肩に頭を預け、寝息を立てるアメリア。
クラウスは起こさないように気をつけながら身体を安定させるように身を寄せる。
アメリアとの最初のダンスは俺が貰いたかったな。
アメリアがダンスをしているのを見た時、俺は初めて『俺』以外の手をアメリアが取ることもあるのだと気が付いた。
アメリアが俺以外の手を取ることに比べたら、俺に微笑み掛けてくれる理由が例え俺の右側だったとして何の問題がある。それも間違いなく『俺』なのだ。
なぜもっと早く婚約手続きをしてしまわなかったのか。少しだけ後悔する。
婚約することが怖かった。
最初は婚約が結婚に繋がると、どこか信じきれなくて。
そして俺を想ってくれているものと考えていたアメリアの想いの先に疑問を抱いて。
アメリアに俺を想って欲しくて。
その気持ちばかりで婚約を考えるどころじゃなかった。
だから婚約手続きをしていないことはどうしようもないことなのだ。
どう考えてもあの時しておけば、と思える時機がない。
だからどうしようもない。
それはそう。どうしようもない。
どうしようもないことではあるけれど、それでも。それでももし、正式に婚約していたら…
きっとアメリアはあいつの手を取らないでくれた。
…
まあ無理に連れて行かれたみたいだからどうかわからないけれど。
クラウスは眉を顰めた。
あの後、クラウスとアメリアは続けてダンスを踊った。
1曲、2曲、3曲。…4曲目に入る前にアメリアが疲れた様子だったので二人で休んだ。
軽食をつまみながらアメリアに贈ったドレスの着心地を尋ねて、新しいドレスの希望を聞いた。
婚約披露のためだけではなく、アメリアにもっと色んなものを贈りたいと思った。
アメリアがもしもクラウスと同じ気持ちを返してはくれていないとしても、
それでも彼女の婚約者に成り得るのは間違いなく俺だけだ。
アメリアに婚約を許されているのは自分だけ。
クラウスはアメリアの寝顔を見詰めて優しく笑む。
今はそれで充分だ。
穏やかな寝顔のアメリアとそれを見守るクラウスを乗せた馬車は
王都をゆっくりと過ぎていった。




