夜会
王太子殿下の生誕を祝して王都は賑わいを見せていた。
家々は花で飾り立てられ、広場ではダンスが始まる。
他国から生誕祝いに訪れた使者たちもその華やかさを楽しみながら王都を眺める。
陽が傾いていくと、街からは少しずつ賑わいがやわらぐ。
その頃には殿下の生誕祝いの夜会のために王城へ向かう馬車が増えてくる。
そんな夜会へ向かう馬車のひとつ。アメリアはクラウスに見惚れていた。
この日アメリアは、うきうきとした気持ちで朝を過ごした。身支度のために湯浴みをして、身体を磨きあげられるのは鼻歌まじりであった。楽しい気分のままクラウスから贈られたドレスを着て髪を結い上げ、ネックレスを着けて、自身を鏡で見た時は気分が最高潮であった。しかし、身支度を終えると途端に楽しかった気持ちは緊張に変わっていった。
本当に私がご一緒していいのかしら?とアメリアが心細くなってきた頃、クラウスが迎えに訪れた。
クラウスは騎士の正装姿で髪を後ろに撫で付け、右目も顔の鱗も隠すことなくその艶やかさを誇っていた。
アメリアはあまりの麗しさに見惚れた。緊張は瞬間霧散した。
クラウスはアメリアを見て一瞬表情を落とすような顔をしたが、きれいな笑顔でアメリアを馬車に誘った。
***
アメリアは馬車の中でクラウスの姿を十分に堪能し、幸福を噛み締めていた。
クラウスにエスコートされ馬車から降りる。
すぐ隣を見上げると髪に隠されることのないクラウスの顔が見える。
「ふふふっ…」
思わず笑みが溢れてしまって、慌てて口元を押さえる。
顔を崩さないようにしなくては!アメリアは一度大きく息を吸い込むと気合を入れて前を見た。
クラウスを見ると笑み崩れてしまうので、努めてまっすぐに前を見詰めて歩みを進めた。
その甲斐もあり、クラウスが殿下へ挨拶するのも隣で恙なく終えることが出来た。
王太子殿下へのご挨拶も終わったのだから、少しぐらい顔が緩くなっても許されるのでないかしら。
アメリアがクラウスを盗み見る。
クラウスの赤と金の瞳がアメリアを見ていた。
アメリアの胸が跳ね上がった。
アメリアが吸い込まれるような心地でその瞳を見つめていると、クラウスがアメリアの手を引いた。
広間の隅に誘われる。
「アメリア嬢、殿下への挨拶を終えたので私は髪を直してくる。少しの間一人にするが、何か飲み物でも持って来ようか?」
クラウスがアメリアに顔を寄せて尋ねた。
「あ…髪を…」
アメリアは金の目を見ている。そのまま切なそうに見詰めながら返事を返す。
「分かりました。こちらでお待ちしています」
クラウスは近くの給仕からグラスを受け取るとアメリアに渡し、広間の扉へと向かった。
アメリアは、もう少し見ていたかったと残念に思いながら、クラウスの後ろ姿を見詰める。
クラウスは顔を伏せるようにやや足早に歩いている。
クラウスに気付いた女性が表情を引き攣らせるのが見えた。隣の男性の胸に顔を埋める。慌てるように踵を返している女性もいる。
アメリアの浮いていた気持ちは沈んだ。それはアメリアがオルヒを友人に初めて紹介した日のことを思い出させた。
ハナトカゲのオルヒは、幼い頃にアメリアが母方の領地に遊びにいった時に怪我をしているところを見つけ介抱し、アメリアが手を離そうとしなかったことから子爵家へ連れて帰ることを許された。
アメリアはオルヒのことが可愛くて仕方なく、子爵家へ連れ帰ってから仲の良い友人にも紹介した。きっとみんな喜んでくれると思って。
しかし友人は怖がり、気味悪がり、怯え、その後会ってはくれなくなった子もいた。
その後も友人として付き合ってくれた子にもオルヒには会いたくないと言われてしまった。アメリアはびっくりして母にどうしてと尋ねた。すると母も最初はオルヒが怖かったと言うのだ。
「毎日見ていて流石に慣れたけれど、お友達にいきなり紹介したのはびっくりさせてしまったかもしれないわね」
そう母が言うのは聞いてアメリアはオルヒを、そして後にやってきたリーリエを一人だけで愛でるようになったのだ。
アメリアはクラウスがいなくなった広間を眺め、少し目を伏せるとグラスに口を付けた。
美味しい…。
うっすらとピンクに色付いた飲み物は爽やかな甘さで、少し悲しい気持ちになったアメリアを慰めてくれた。
アメリアには美しいとしか思えぬものを恐れる人もいる。
それはアメリアにとって不思議なことでもあるが、理解もしている。
アメリアはグラスを空けると近くの給仕に渡した。
飲み物を勧められるのを断るとクラウスが出ていった扉を見遣る。
クラウスが戻るのはもう少し待たねばならないようだ。
少しだけ手持ち無沙汰に思ったところで声をかけられた。
「アメリア嬢?」
アメリアは声に顔を向けると瞬いた。
「お久しぶりです。アドルフ=ケステンです」
にこにこと笑いかけながら近付いてきた男性にアメリアは見覚えがない。
けれど名前には覚えがあった。
以前マイツェン子爵へ婚約の打診があったケステン伯爵の次男である。しかしアメリアの条件は呑んでもらえずに会うことはなかった男性である。
「アメリア=マイツェンです。あの申し訳ありません、お会いしたことがございましたでしょうか」
アメリアが戸惑ったように尋ねるとアドルフは顔を赤らめた。
アドルフとアメリアは顔を合わせるのは初めてである。しかしアメリアがハナトカゲの生態を調べるために図書館に通っていた時に一方的にアドルフが見初めていた。アドルフは図書館で遠目からアメリアを見詰める日々を送るもアメリアが図書館に現れなくなり、迎えの馬車の家紋を思い出して婚約の打診をしていたのである。
「あ、いえ、申し訳ない。ご挨拶するのは初めてですね。その、婚約の申し込みをした時のことを思い出したら久しぶりにお会いしたという気分になってしまって…」
アドルフは咳払いをした。
「今日は兄が急用で来られなくなってしまったため代理で参加することになったのです。だからパートナーもおらず…」アメリア嬢にお会い出来て幸運でした。アドルフはアメリアに微笑みかける。
「よろしければ私と踊って頂けませんか」
アドルフがアメリアに手を差し出した。
アメリアは驚いて、咄嗟に広間を見回した。クラウスの姿はまだ見えない。
戸惑っているアメリアの手をアドルフが掴んだ。
そのままアメリアを連れて踊りの輪の中に入っていってしまう。
そしてアメリアに手を差し出す。流石にアメリアも断ることが出来ずに「少しだけなら」と手を取った。
「すいません。強引でしたね」踊りながらアドルフはアメリアを窺う。
アメリアは怒ってはいないようだが困っているように見えた。
苦笑して見せるアメリアに「まさかお会い出来るとは思っておらず浮かれてしまいました…」とアドルフははにかむ。
「え?」不思議そうにアドルフを見るアメリアに、アドルフの心臓が音を早めた。
婚約の打診をした時アドルフは、アメリアと会ったら婚約して、あちこち一緒に行くことを思い描いていた。遠くから眺めていたアメリア。顔を合わせれば話をすることが出来る。
そう思っていたのにアメリアとは会うことすら出来なかった。
「…あなたからの婚約の条件を母が嫌がって会うことすら叶いませんでした」アドルフは諦めていたアメリアを目の前にして浮かされた心地がした。
「まだアメリア嬢は婚約していらっしゃいませんよね。まだ条件は変わりませんか?あなたが条件を変えた時には一番に婚約の申し込みをさせて頂けませんか?」
一瞬アメリアの視線がアドルフの後ろを彷徨った。曲が終わろうとしている。
アメリアがアドルフを見詰めた。そしてアドルフの手からアメリアがゆっくりと離れる。
「ケステン様。私には私の条件を笑顔で受け入れてくれる素晴らしい婚約者がおります」
アメリアは笑顔でアドルフに告げた。




