アメリアのために
ソフィアは侯爵家のタウンハウスにやってきた息子を見て瞬いた。
この子はどうしてこんな顔をしているのかしら。
クラウスから相談されたアメリアのドレスは、マイツェン家が利用している服飾店へ連絡し、オルデンベルク侯爵家の専任服飾師も交えて仕立てるようソフィアが手配していた。
この先、婚約披露のためのドレスや、結婚式のためのドレスも必要になることを考えると、侯爵家の服飾師をアメリアのドレス制作に係わらせておきたかった。
といっても今回の夜会までは日数が少なかったため、件の服飾店がすぐにでも制作に入れるドレスのデザインを提案し、侯爵家の服飾師がすぐに入手可能な布地やレースを手配、縫製はその服飾店が行って、仮縫いは侯爵家の服飾師も立ち会って行うことで進めた。
ソフィアから見ると少々シンプルなデザインにも思えるが、クラウスとアメリアは夜会では男爵とそのパートナーという立場なのであまり目立つようなデザインは避けた方が良いだろうし、アメリアを飾り立てるのは婚約を披露する時でよいだろう。
クラウスがアメリアにドレスを贈り、夜会に伴う。流石にクラウスも婚約手続きを進めるはずだとソフィアは思っていたし、今日は婚約披露のためのドレスの準備についてもクラウスの意向を聞こうと考えていた。
しかし息子の顔を見るに、とても未来の婚約者へ贈るドレスを楽しみにしているようには思えない。
ようやくクラウスに新しい婚約者を迎えられるのに。
仮縫いの時のアメリアの様子はとても嬉しそうであったと聞いているし、子爵夫妻も和やかに服飾師たちを迎えたと聞いている。何か問題が発生しているとは思えない。
やっと婚約を決意したと安堵したけれど、クラウスにとって婚約するということは考えている以上に重荷なのかもしれない。
あの婚約破棄は、クラウスにとって大きな心の傷になっている…。ソフィアはそう思って目を伏せた。
けれどここを乗り越えなくてはクラウスの傷は癒えない。ソフィアはクラウスの様子を伺いながらも婚約手続きを急がせなくてはと気を引き締めた。
***
「クラウス、この後は宝石商を呼んでいるからアメリアさんへ贈る装飾品を選ぶといいわ。あなたの意向は伝えているけれど、選ぶのは夜会のためのものだけでいいの?婚約披露に向けても希望を伝えておいた方がいいのではないかしら」
「婚約披露に向けて?」
「夜会ではきっとあなたたちの婚約についても聞かれるでしょうから、婚約披露も早めにした方が良いでしょう。アメリアさんも楽しみにしていらっしゃるでしょうし、あなたも期待に応えるようなものを準備したいのではなくって?」
「アメリア嬢も楽しみに…?」
ソフィアは目を眇めて溜息を呑み込んだ。
「クラウス、あなたはまさかこれだけアメリアさんと仲良くしていて、ドレスまで贈っておいて婚約しないつもりではないでしょうね」
「…いや!そんなつもりは…」
「そんなことになったらアメリアさんを傷つけてしまうわ」
「アメリア嬢を…」
「…」
ソフィアは虚を突かれたような顔をしているクラウスを見て唇を噛み締めた。
「クラウス。…婚約というのは破棄されるものではないのよ」
「は…?」
「婚約は結婚するためにするの。あなたが婚約期間を設けるのが嫌なのなら…もちろんアメリアさんや子爵が同意くださるならだけれど、婚約せずに婚姻を結べるように計らうことも出来るかもしれないけれど、…だけど新居の準備だってすぐには出来ないでしょうし、そうすると婚約もせずにアメリアさんをおいておくわけにはいかないのではない?…だからアメリアさんのためにも正式に婚約をしてあげなくてわ」
クラウスは目を瞬かせてアメリアのため…と呟いている。
「婚約の手続きは進めます。いいわね?」
ソフィアがそう言い切ったところで宝石商の来訪が告げられたので、ソフィアはクラウスを残して部屋を出た。
***
クラウスがアメリアへ贈る品を見繕った後、ソフィアも他の品を見せてもらいながらクラウスの様子を宝石商から聞いた。クラウスは婚約披露のためにいくつか見てみたいと希望していると言う。具体的な希望はまだ出ていないがアメリアと相談したいと言っていたと聞いて、ソフィアはひとまずは胸を撫で下ろした。




