アメリアに会いたい
クラウス=オルデンベルクは落ち着いた子供であった。
冷めていると言い換えてもいい。
侯爵家の三男として生まれ、長兄は次期侯爵として教育され、次兄はその補佐をするべく教育を受ける中、厳しい教育もなく、さりとて冷遇されるでもなく、必要なものを不足なく与えられ、奢ることもなければ僻むこともなく、そして高く望むものもなく、ただ目の前にあるものを選択して人生を歩んできた。
ドラゴンに出会った時は流石に人生を諦めたが、ドラゴンを倒した時も奢ることはなかった。
ドラゴンの呪いが現れた時も驚きはしたが、仕方がないことだと受け入れた。
婚約者に避けられたことも悲しくはあったが、理解できると受け止めた。
目の前にあるものから選ぶのが彼の人生で、目の前にないものに手を伸ばそうと思ったことはなかった。
目の前にあるものに不満はなかったし、それで十分だと思っていた。
今まで目の前にないものを欲しいと思ったことなどなかった。
アメリアは、突然目の前に現れてクラウスの視界を覆い尽くしてしまった。
目の前にいるアメリアにクラウスは手を伸ばした。
でも目の前で見えていると思っていたアメリアは、目の前にはいなかったのかもしれない。
『クラウス』をまっすぐに見詰めて、『クラウス』に蕩けるように微笑みかける人。
今までのクラウスであれば、それに手を伸ばそうとは考えもしなかった。
目の前にないものはクラウスの選択肢にはないもので、選択肢にないものは選びようがない。
だけどクラウスは手を伸ばさずにはいられなかった。
『クラウス』に微笑みを向けてくれるアメリア。
もしもそれが、クラウスを向いているというのが、勘違いであったとしても、
それが本当はクラウスの前にはなかったものだとしても
それでもアメリアが欲しい。
アメリアに、微笑みを向けて欲しい。
クラウスは初めて目の前に差し出されたものではないものを欲しいと感じていた。
***
「お礼ならアメリア嬢に会わせてよ」
「それは断る」
クラウスがギルベルトに助けられた翌週。クラウスが日番から戻ると連日の夜番勤務から解放されたギルベルトに捕まった。
ギルベルトに先日の礼に酒でも奢らなくてはと思ってはいたが、根掘り葉掘り聞かれるだろうことが憂鬱で顔を合わせたくなかった。
しかし礼はしなくてはならないから何か…、と思っていたところにギルベルトの要求である。
アメリアに会わせるなど絶対に許せるわけがない。
ギルベルトがアメリアに何を言うか分からない。
ギルベルトがアメリアを見て何か思うのも嫌だ。
そもそもギルベルトが会ったこともないアメリアのことをあれこれ考えているのも嫌だ。
アメリアの目がギルベルトを見るもの嫌だ。
アメリアが『クラウス』よりもギルベルトを選んだら?
…
…大体俺だってアメリアに会いに行けてないのに。
クラウスは休みの度にアメリアに会いに行っていたが、昨日の休みにはアメリアに会いに行くことが出来なかった。
アメリアが見ているのがクラウスの右側だけなのかもしれないということを確認する勇気がまだなかった。
だけど。
…アメリアに会いたい。
アメリアに向き合うには足りぬ勇気と、押さえきれぬ恋慕で揺れるクラウスの元に、母ソフィアからアメリアのドレスが仕上がったという連絡が入るのは、それから6日後のこと。




