嫉妬
まだ朝が明けきらぬ王城の訓練場でクラウスは黙々と走っていた。
マイツェン子爵邸から騎士寮へと帰ったクラウスは眠れぬまま時を過ごした。
とにかく自分が情けなく。
苦しさから逃れたくて堪らなくなり外を走り出した。
アメリアが自分を見詰める顔が頭から離れない。
アメリアの顔を思い出すといつも幸福を感じていた。
だけど今はその顔を思い出すと苦しくなる。
クラウスにあんな眼差しを向けてくれるのはアメリアだけだった。
それはもう自分が手に入れることが出来るとは思ってもいなかったもので、欲しいと思うことすら諦めていた。
欲しがってもいいのだと分かっても、なくなってしまわないか不安で手を伸ばすことを躊躇った。
クラウスにとってそれは唯一のもの。
しかしそれはアメリアにとっては唯一ではなかった。
オルヒとリーリエにアメリアは綻ぶような笑顔を向けていた。愛情を感じずにはいられない暖かな眼差し。
……。
トカゲに嫉妬するなんて人としてどうなんだ…
…くそっ…
何も考えたくなくて、胸の中の息苦しさを握りつぶしてしまいたくて、クラウスは止まることが出来ずに走り続ける。
一般的な騎士程度の体力しか持ち合わせていないクラウスは走り続けるのも限界を越え、さりとて足を止めることも出来ずに、段々と動きの遅くなる脚を惰性で前へと動かしていたものの、ついにそれも尽きてその場で蹲ってしまった。
走り続けるクラウスをギルベルトが見つけたのは、領地へ戻ることになった友人の送別を称した夜を徹した宴席からの帰り、寮へ戻る前に置き去りにしていた荷物を取るため王城の通称騎士棟へ寄ったからだった。
騎士棟から寮へ向かう途中、まだ薄暗い訓練場を走り続ける人影を訝しく思いながら近付くと、見知った人物が何時から走っているのか大量の汗を流しながら青白い顔でふらふらしながら走っている。
クラウス?
これは…何かあったな!
何かあったとしたら確実にアメリアのことだろう。
好奇心に満ちたギルベルトがクラウスに声をかけようと手を上げかけたところでクラウスが崩れ落ちた。
「大丈夫か!」
慌ててギルベルトはクラウスに駆け寄った。
クラウスは苦しげな呼吸で、脚を見るとどうやら痙攣しているようだ。
「お前どれだけ走ってたんだ!」
ギルベルトはクラウスの脚を擦ってやり、訓練場の隅へ移動させる。
そこでクラウスの脚を揺すりながら様子を見、待ってろ と言い残して駆けていく。
しばらくするとギルベルトは水を持って戻ってきた。
「ほら」
息を乱したままのクラウスにギルベルトが水を差し出す。
「飲まないなら頭にかけるぞ」
そう言うギルベルトをぼんやりと見ながらクラウスはのろのろと身体を起こした。
「飲んだら休んでいいからとにかく飲め」
そう言って水を押し付けられたクラウスは少しだけ水を含んだ。
口の中に水が入ると途端に喉の奥に渇きを感じた。そのまま水を喉に押しやる。
気がつけば水を飲み干していた。
クラウスは身体を横たえる。
空に残っていた星は、既にどこにも見えなかった。
空は明るさを見せ始め、クラウスはようやく考えるのをやめた頭を意識から手放すことが出来た。




