不思議な緊張感
クラウスの夜会への誘いをアメリアは笑顔で了承し、けれどそんな大きな夜会は初めてで、と心配そうにした。
「家庭教師にも誉められているのだろう?それに母もアメリア嬢の所作を誉めていた。心配することはない」
「まあ侯爵夫人が!」
驚くアメリアにクラウスが優しく微笑む。
「アメリア嬢は私の隣に居てくれるだけでいい」
はにかむアメリアをクラウスは見詰め、そして少しだけ表情を暗くした。
「むしろ誘っておいて申し訳ないが、王太子殿下にご挨拶する時は髪を上げておかなくてはならない。ドラゴンの呪いを持った私の、殿下への忠誠を見せつけるのが役目だからね。だからこの顔を気味悪がる御婦人も多いし、隣にいれば君も嫌な思いをするかもしれない。だけど殿下にご挨拶した後は髪も下ろせるし、他に挨拶の必要もない。気楽に夜会を楽しめると思うから」
クラウスは申し訳なさそうにアメリアにそう告げた。
しかしアメリアはクラウスの話を聞いて目を輝かせた。
「では夜会ではクラウス様のお顔を、遮られることなく拝見出来るのですね!」
「…!」
「ああ、でもそれでは皆様クラウス様に見惚れてしまうのではないかしら。いえ一番危ないのは私ですね。クラウス様に見惚れて失敗してしまわないかしら…」
「…ふっ」クラウスの口から思わず笑いが溢れた。
「こんな顔で良ければいつでも見るといい」
クラウスはアメリアに微笑みかけながら髪を掻き上げた。
***
アメリアを夜会に誘い。アメリアへドレスを贈る約束をする。
ドレスの色は…赤…は、アメリアに似合うだろうか、彼女には少し強い色だろうか、もっと淡い色の方が似合うだろうか、流石に黒…は夜会にはそぐわないだろう。金…は、いや止めよう。
だけど赤の石は贈りたい。彼女の胸元を赤い石で彩りたい。
アメリアへ贈るドレスの手配はクラウス一人では心許なく、母ソフィアの手を借りた。
ソフィアは張り切って手配をし、そして夜会が終わったらクラウスとアメリアさんの婚約手続きが必要ね、と心の中で予定を立てた。
***
クラウスがアメリアを夜会に誘った翌週。
クラウスはマイツェン子爵邸に招かれていた。
その日のマイツェン子爵邸には不思議な緊張感が漂い、クラウスは訝しく思う。
マイツェン子爵邸には何度か訪れており、初めて訪れた時でさえ穏やかであったのに、今更呪いを恐れるとも思えない。何かあったのだろうか?
クラウスはマイツェン子爵夫妻に勧められてお茶を飲みながら、彼らの緊張の原因を考えてみる。
アメリアの様子を伺うも彼女はむしろいつもより楽しそうに見える。
原因に思い当たることもないまま、子爵夫人からいかにアメリアがクラウスを慕っているかという話を聞き、家庭教師によるアメリアの教育の進度を聞き、夜会までの教育計画を聞いた。
もしかしたら王家主催の夜会へアメリアが参加するということで負担をかけているのかもしれない。
そんな風に考え始めたところでアメリアがクラウスに質問した。
「あの、クラウス様は私達の婚姻後の住まいについてはどのようにお考えでしょうか?」
「え?」
クラウスは一瞬言葉に詰まった。
ああ、これは婚約を催促されている…。クラウスはマイツェン子爵家に漂う緊張感に思い当たった。
見合いをしてから仲を深めているクラウスとアメリアは、むしろ既に婚約しているのが普通であろう。
それが正式に婚約を交わすことなく付き合いを続け、夜会にまで誘ったのだ。婚約を催促したくもなるだろう。
「…そうですね。私は寮暮らしですから婚姻したら新居を購入してアメリア嬢と二人で住みたいと思っています。流石に侯爵邸のようにはいきませんがアメリア嬢が不自由しない程度には使用人も揃えますし、子爵家からお連れになりたい使用人がいましたら歓迎します」
クラウスはアメリアとの新居を想像して顔を赤らめた。
「では、あの…。私、その、ペットを連れて嫁いでも構わないでしょうか?」
マイツェン子爵夫妻に走った緊張にクラウスは気付かなかった。
「ペットがいらっしゃるのですか?勿論構いませんよ」
「良かった!ではこの後、オルヒとリーリエを紹介致しますわ」
クラウスは思い違いをしていた。
マイツェン子爵邸がこの日緊張感に満ちていたのは、勿論クラウスをオルヒとリーリエと対面させるからである。
騙し打つわけにもいかないのでオルヒとリーリエとの対面後に最終的な同意を得るにしても、まずは対面する前に言質を取ろうと子爵夫人ディアナが主張した。
そこでマイツェン子爵夫妻は、クラウスへ追い込みをかけるようにアメリアの売り込みを行い、クラウスに婚姻の意思を強めてもらうように努めた。そしてさりげなく言質を取った。
それを盾に無理を言うつもりではない。けれど出来ればなんとかオルヒとリーリエを連れての婚姻を許してもらいたい。
マイツェン子爵邸は本日最初の仕事を終え、そしていよいよ運命の対面の時である。




