宝物を守る天鵞絨
「さてクラウス。アメリアさんをデートに誘う気になったかしら?」
クラウスからアメリアへの手紙は、お茶会のその日のうちに届けられた。なぜなら手紙を書くまで、ソフィアがクラウスを寮へ帰さなかったからだ。
***
「まあ…」
クラウスの手を借りて馬車から降りたアメリアは、感嘆の声を上げた。森林が開けた一帯には、フロウの花が咲き誇っていた。
「なんて可愛らしいの」
アメリアは屈んで花に顔を近付けている。
甘い香りがするわ…と、にこにこしてクラウスを振り返る。
クラウスはアメリアの笑顔に、鼓動がまた一段早まるのを感じた。
クラウスは本日も手袋を填め、首元までしっかりと服で覆い、そして右目は髪で隠していた。
だが、本日のクラウスは出掛けるまでとても悩んだのだ。こんなに悩んだのは、ドラゴンの呪いを受けて以来初めてのことだ。
アメリアはクラウスの右目を美しいと言っていた。ならば右目は隠さず見せた方が喜ぶかもしれない。
しかし…
悩んだもののクラウスは右目を隠さない…と思い切ることが出来なかった。
アメリアの言葉を聞いてなお、アメリアが怖がらないという自信が持てなかったのだ。
アメリア嬢に俺からも聞いてみよう。
クラウスは、アメリアが右目を賛辞する声しか聞いていない。その声は幸福に満ちているように感じられたけれど、顔を合わせてそれを聞いて、アメリアの気持ちを確信したかった。
クラウスは、フロウの群生を抜けた先に従者が敷物を広げるのを確認すると、花を愛でるアメリアの手を取った。
クラウスが用意した茶菓子は、お茶会でアメリアの好んだものをソフィアに聞いて手配した。
アメリアが目を輝かせて喜ぶ姿を見て、クラウスは目を細めた。
「クラウス様はどれがお好みなのですか?」
「私はあまり甘いものは好んでいませんが…、強いて言えばこの果実が入っているものでしょうか」
「私もこれは美味しいと思います!…ですが、そうですか。…ではクラウス様のお好きなものを教えてください!次は私がそれをご用意致します」
「…」
クラウスは緩みそうになる口元を思わず手で覆った。
「いや…その…あまり食の好みはない方で…」
「そうなのですか?それでは何をご用意したらいいかしら?」
アメリアが心の中でクラウス様は肉食かしら草食かしら、うちのオルヒとリーリエは草食だけれど…などと考えていることにクラウスが気付こうわけもない。
「あの…アメリア嬢…」
考え込み始めたアメリアにクラウスは声をかけた。
「アメリア嬢は私の右目を隠さぬ方が良いと思いますか」
「クラウス様の右目?」
アメリアはクラウスの右目を覆っている髪に目をやる。
アメリアはクラウスの右目を思い浮かべた。胸がふわんと震える。
「私、クラウス様が右目を隠していらっしゃるのも当然だと思います」
「!…やはり…」…怖いと…
「クラウス様の右目は美しすぎますもの。あの美しさは多くの人を虜にしてしまいます。隠さねばならないのも道理だと分かりましたわ」
ですのに私あのように不躾に…アメリアがしゅんと小さくなるのに、ですからそれは本当に気にしないで、とクラウスが慌てた。
本当に、本当にアメリアは自分の右目を美しいと言ってくれている。
じわりと胸に広がっていく幸福感。
「アメリア…」
クラウスはアメリアの手を取ると、自身の髪をその手で掻き上げさせた。
「!…あ…」
陽の光の元で見るクラウスの金の目は、劇場で見た時より静謐に感じた。
思い切りよく髪を掻き上げたことで、こめかみの鱗までもが陽の元に現れる。
アメリアの視線は、赤い鱗に縁取られたクラウスの金の目から離せなくなる。冴えた金色には、赤の艶めきが僅かに映っている。
蕩けるような顔でクラウスの右目を見詰めるアメリアに、クラウスも顔を綻ばせる。
クラウスは誘われるようにアメリアの頬に触れた。
そして唇を寄せようと目を細め…
…たことでアメリアの魔法が解けた。
「ク、クラウス様?」
アメリアの戸惑ったような声で、クラウスも我に返った。
アメリアから手を慌てて離す。留めていた手が離れ、クラウスの髪が右目を隠す。
「いや。すまない…」
「い、いえ、あの…」
真っ赤な顔をしたクラウスが、両手を軽くあげて謝罪を口にする。
アメリアは状況に理解が追いつかず困惑している。
クラウスは鼓動を落ち着かせるように、大きく息を吸った。
アメリアの顔を見ることが出来ずに視線を逸らして、そっと深呼吸を繰り返した。
しばらくそのまま動けずにいたクラウスであったが、徐に顔を上げるとアメリアに手を差し出した。
「今日はそろそろ帰りましょう…」
まだ少し顔を赤くしているクラウスは、未だアメリアから僅かに視線を外している。アメリアは、視線の合わないクラウスの目と髪の向こうのクラウスの目を見上げた。
クラウスの目は、見えなくてもアメリアの心の中をふわんと揺らす。
アメリアは、手袋に覆われたクラウスの手を取った。
二人はフロウの花の中を馬車へと向かった。
***
「私、最初はクラウス様の髪のことを、お顔を隠してしまう煙幕のように感じておりましたの。ですがクラウス様の髪は、宝物を守る天鵞絨だったのですね」
帰りの馬車の中でアメリアはぽつりとそう言うと、クラウスの髪の向こうに心をやってふわんと微笑んだ。




