まほうではない
空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。
オルデンベルク侯爵タウンハウスの庭園。邸の外壁には蔦が茂っていて、花壇には小さな花が可愛らしく植え込まれている。少しだけ開けたスペースは芝生に覆われており、そこには広めの長椅子とたくさんのクッションが置かれている。
「ようこそアメリアさん。奥に四阿もあるのだけれど今日はこちらでお茶にしましょう」
アメリアはオルデンベルク侯爵夫人ソフィアの招きで侯爵家のタウンハウスを訪れていた。
「私はベルタ=オルデンベルク、この娘はクリスタよ」
「くりすたおるでんべるくです」
次期侯爵夫人、つまりクラウスの兄の妻であるベルタと娘のクリスタ、そしてアメリアと侯爵夫人ソフィア、本日のお茶会はこの4人で行うようだ。
ベルタは穏やかに迎えてくれ、クリスタはにこにことアメリアを見上げている。
クラウス様はいらっしゃらないのね…。
アメリアは戸惑っていた。
クラウスへ出した謝罪の手紙には、すぐにクラウスから返信があった。
アメリアに非はないので気に病む必要はないと短く綴られた言葉は、アメリアを思い遣っているようにも拒絶しているようにも思えた。
改めてお詫びしたかったのだけれど…。
「アメリアさんと二人だけでお茶をするのは、クラウスが焼き餅を焼くかもしれないでしょう。だから今日はベルタとクリスタも一緒にお茶にしましょう」
侯爵夫人は微笑して、アメリアにお茶を勧めた。
お茶会にはどうやらクリスタの好きなお菓子が揃えられているようで、クリスタはひとつひとつお菓子を紹介してはアメリアに勧め、口に入れて幸せそうにほっぺたを抑えてはアメリアに美味しいでしょう!と笑いかける。
「クリスタは立派にホスト役がこなせるわね」
可愛いクリスタを中心にしたお茶会は和やかで、アメリアの場違いに感じていた気持ちも和らいでいた。
「実はディアナさんからお手紙を頂いたのだけれど、アメリアさんはクラウスの右目の魔法にかかったのですって?」
「まほう…」
侯爵夫人の言葉に、アメリアは謝罪しなければと一瞬湧き上がった気持ちを、大事に愛でたい金色で塗り替えた。
「まるで魔法で魅了されたようにクラウスの右目のことで頭がいっぱいで、他のことが全く見えないようになってしまったのだとか」
「!… やはり、やはりクラウス様の目には魅了魔法の力があるのですか!?」
どうかしら?くすくす笑う侯爵夫人に、アメリアは金色に囚われた心地を言葉にする。
「クラウス様の金色の目はこの世の何よりも美しいです」
それを思い出すと幸せで胸がいっぱいになる。
「こんなに美しいものがこの世にあるなんて、目にしても信じられない気持ちで。現実にいる感覚が薄れてしまって、ただ美しい目のことだけが頭を離れなくって、思い出すと幸せで」
出会えた幸運は私の宝物です。アメリアはうっとりと続ける。
「確かにアメリアさんはまるで魅了の魔法にかかったようだわ」
「…これが魅了の魔法なのですね」
これが魔法にかけられているのだとしても、こんなに幸せなことなら構わないのではないかしら。
アメリアはそう思ったが
「クラウスの目に魅了の力はないわ」と侯爵夫人が続けたので目を瞬いた。
「ディアナさんもそんなことはないだろうと思うけれど、アメリアさんの様子に、もしかしたらドラゴンの呪いには、そのような魔法の力があるのかもと心配になったそうなの」
魔法ではないから安心して。ソフィアは柔らかく笑った。
「まほうではない」
魔法ではない。
あの美しいものは魔法が見せたものではない。
それならば、
あれが魔法ではないのなら、
あの美しいものはこの世に間違いなく存在している。
アメリアの胸がほわんと震えた。




