魔法のように
「アメリア昨日はちゃんと寝られたのかしら?」
「はい。なんだかすごく幸せな心地です」
朝食の席でディアナに問いかけられアメリアは晴れやかに答えた。
「…そう、それは良かったわ」
「?」
なぜだか眉を寄せる母親を不思議に思うアメリアは
「後で昨日の話を聞かせなさい」とディアナの呼び出しを受けた。
***
「それで昨日の観劇はどうだったのですか?」
ディアナに問われたアメリアは昨日のことを思い浮かべる。
「とても美しかったです」
溜息とともに頬を染めアメリアが笑みをこぼして答えた。
「あら、そんなに素敵な演目だったの?どんな物語?たしか新作だったわね」
「美しくって、この世のものとはとても思えませんでした」もしかしたら夢だったのかしら… アメリアがそう呟く。
アメリアは随分楽しい時間を過ごしたようだ。しかしそれでは事態が分からない。
「…昨日あなたを送ってくださったクラウス様は、苦しげに謝罪されてお帰りになったと聞いているのですが、何があったのですか?」
「…え?」
クラウス様が?何故かしら? アメリアは首を捻る。
ディアナは目を眇めると大きく溜息をついた。
「アメリア、昨日のことを朝から順に話しなさい」
「…なぜ急にクラウス様は右目を見せてくださったの?」
馬車で和やかに過ごし、素敵な席で舞台を堪能し、そしてクラウス様の右目を見せて頂いて…とアメリアが昨日の出来事を順に語っていく中で、ディアナが不思議に思ってアメリアに尋ねた。
「えっと…」アメリアは思い返しながら徐々に顔色を青くした。
「わ、私…その、何か光っていると思って、それで…、それがとてもきれいで気になって、…どうしても見たくなってしまって…それで、その…」
「…」
「…あの…クラウス様の御髪を掻き上げて右目を…」
ディアナは気を遠くしかけたがなんとか踏みとどまる。
「アメリア…つまり…あなたはクラウス様の御髪に許可なく触れて右目を覗き見た、ということですね」
「…う…はい…」
静まり返った中でアメリアは泣きそうになりながら昨日の自分を省みた。
なんてことをしたのだろう!
そんな不躾なアメリアのことを、きっとクラウスは不快に思ったことだろう。
はしたないと思ったかもしれない。慎みがないと思ったかもしれない。厚かましいと思っただろうか。
クラウス様に好ましく思われるようにしなくてはいけなかったのに…。
クラウスは謝罪していたと聞いたが、謝罪が必要なのはアメリアだ。
アメリアは何度も昨日の自分を思い返した。
何度も何度も。繰り返し繰り返し。
けれど…
「…クラウス様がお怒りになるのは当然です。とても失礼なことをしてしまいました。…けれど、あの時…、まるで魔法にかかったような心地で、それをどうしても見たいという気持ちが抑えられなかったのです…」
何度思い返しても思い止まることが出来そうにない。
クラウスに申し訳ないことをしたと強く思う。それでも自分は何度でも見てしまうだろう。
「…あなたが勝手にクラウス様の右目を覗き見てクラウス様は何ておっしゃったの?」
「右目を見て…」
アメリアはクラウスの右目を思い返す。ほわんと心が震えた。
「あ…あれ…?」
クラウスの右目を見て、その美しさに呑み込まれて、それでその後は?
その後のことをあまり思い出せない。ただただその美しさに気持ちを揺蕩わせていて、そして幸せな気分で朝を迎えたのだ。
「…」
「アメリア?」
「…分かりません…。クラウス様の右目がとても美しくて。それで…それで…気付いたら朝でした」
魅了されるとはこういうことかもしれないわ…
クラウスに申し訳なく思うのに、それを見たことを後悔することが出来ないのだ。
「…」
ディアナは沈痛な面持ちで目を伏せ、大きく息を吐き出すとアメリアに向かった。
「いずれにしろクラウス様に謝罪しなくてはいけませんね」
「…はい…」
「…まずは頭を冷やして、それからクラウス様へ謝罪のお手紙をお出しなさい」
アメリアはしょんぼりとディアナに頭を下げ、クラウスへの謝罪を考えながら部屋へと戻っていった。
まるで魔法のように…
アメリアがいなくなった部屋でディアナが小さく呟いた。




