きれい…
王立劇場のオルデンベルク侯爵家の席は、舞台を遮るものがない素晴らしい景色を見せてくれ、また長椅子がひとつだけの空間は舞台の世界に入り込むのに邪魔になるものがない没入感を与えてくれた。
本当はクラウス様の右側に座らせて頂けたら服越しに鱗の感触を少しでも感じられたかもしれないと残念に思ったのだけど。いえ、はしたないわね…。
アメリアはよぎった欲を反省した。
左側だったからこそ舞台に集中して楽しむことが出来たのだから良かったと思わなくては。
実際のところクラウスはアメリアに触れないように気を使って掛けていたので、二人の身体が触れることはなかった。
しかし舞台よりもアメリアの様子に気を引かれていたクラウスとは違って、身体が触れるかどうかを気にすることなく舞台に熱中していたアメリアはクラウスの気遣いに気付いてはいなかった。
物語から覚めたアメリアは、暗転ののちにスポットライトを受けて演者が登場するカーテンコールに拍手を送りながらクラウスの横顔を覗き見た。
あら、クラウス様の髪の影に光が…ライトが当たっているのかしら
その淡い煌めきがとても気になった。もっとよく見たくなってクラウスの方に近寄る。
「アメリア嬢?」
アメリアがクラウスに身体を寄せたことで、クラウスは僅かに自身の身体を右に寄せるとアメリアの方に顔を向けた。
光が髪に隠れてしまった。見たい…
アメリアは光を求めて手を伸ばした。
「!…」
「きれい…」
クラウスの髪をアメリアの手が掻き上げる。
見えたのはアメリアを見詰めるクラウスの金色の右目。琥珀のような色味の瞳孔はやや縦長で、淡い光を帯びた瞳にはアメリアの顔が映し出されている。
あまりの美しさにアメリアは時が止まったように感じた。
我に返ったのはクラウスが先だった。
クラウスはそっとアメリアの手を取る。心臓は早鐘を打ち続けていた。
驚きすぎて危うくアメリア嬢の手を払いのけてしまうところだった!
クラウスの髪を掻き上げているアメリアの手をそっと外し、ゆっくりとアメリアの身体をクラウスから離していく。
「アメリア嬢?」
ぼんやりとしているアメリアにそっと声をかける。
アメリアが静かに涙を流した。
アメリアの涙を見たクラウスは体温が冷えていくのを感じた。アメリアから離れなければ、と思うも、アメリアを一人残していくわけにもいかない。
ゆっくりと呼吸をして静かに立ち上がると髪を撫で付けたのちアメリアの様子を伺う。
アメリアは取り乱した様子もなく、ぼんやりしてクラウスを眺めていた。クラウスは逡巡しつつもアメリアにハンカチを差し出す。アメリアは不思議そうにハンカチを眺め、クラウスの顔を見上げた。
クラウスは仕方なく慎重にアメリアの頬の涙をハンカチで拭う。
アメリアに怯えの色が見えたならばすぐに距離を取ろうと様子を伺いながらアメリアの涙を拭いていく。
今日は帰りましょう、と手を差し出せばアメリアはクラウスの手を取る。
しかしアメリアの足取りは不安定で、クラウスは様子を伺いつつアメリアの腰をそっと支えた。
階段ではアメリアの足元を心配するあまり抱き上げたくもなったが、そんなことをすれば金の目をアメリアに近付けることになってしまう。ゆっくりとアメリアの足元に注意を払い彼女の身体を支えて劇場を出る。
アメリアから少しでも早く離れてやらなくてはと、じりじりした焦りを押し殺して急かさぬように慎重に馬車へと戻る。
ようやく乗り込んだ馬車でアメリアを掛けさせてやると、クラウスはアメリアの前に座った。アメリア一人を乗せて帰らせてやるべきかと悩んだが、馬車に一人乗せるのも心配だった。クラウスは右顔を馬車の壁に押し付けるように凭せ掛け、そっとアメリアの様子を伺う。
馬車はぼんやりとしたアメリアと苦しい顔をしたクラウスを乗せて、静かに劇場から離れていった。




