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短編集

10分の1秒を生きる彼女

短編小説第一作です。

20XX年 4月 某日


「夜風さん、お久しぶりです」


「ア、サ?」


そこには、何十年ぶりに見た、俺の初恋の相手が立っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


4月17日


「えーそれでは、ホームルームを始めるぞー」


高二になっても、俺の学生生活は何も変わらないと思っていた。


友達はゼロ人、恋愛なんてもってのほか、ただ一人孤独に暮らしていく、そう思っていた。


別に一人で過ごすことは嫌いでは無いが。


だが、そんなぼっち生活はもしかしたら訪れないかと思った。


何故か?その理由は、俺の隣の席の人にある。


──これが一目惚れ、というヤツなのか。


彼女の名前は〘アサ〙、周りの奴らにはただの女子生徒に見えているだろう、だが俺はそう思わない。


彼女はショートヘアなので俺の席からでは髪に隠れて顔は見えない。だが顔を見た事が無い訳では無い。


第一印象、彼女は本当に高校生なのかと思った。


なぜなのかは分からない、単に彼女が落ち着いているという理由かもしれない。


「今日は委員会の役員決めをする」


だが、それだけでは無いのは確かだ。彼女の妙な程落ち着いている雰囲気、それは人生五週くらいしてるんじゃないかと思うほど、これから何が起こるのかを知っているのかと疑うほど、彼女の雰囲気は異様なのだ。


と、ここまで語った訳なのだが、俺は彼女と話したことは無い。


「じゃあーとりあえずクラス委員長やりたい人、いないかー?」


そもそも女子に自分から話に言ったことがないからな、彼女と関わりを持つにはそれこそアニメや漫画のような展開でも起こってもらわないといけない。ああもう俺は神頼みしている。


少し、頑張ってみるか……


俺はそうやる気のない決意を固め、どうするか真剣に考える始めた。


30分後────────


…………ふっ、完璧な作戦じゃないか、これなら行けるぞ──


「あとは保健委員だけだが、まぁあと決まっていないのはアサと〘夜風〙だけなので、おふたりさん、いいですかね?」


ん?今誰か俺の名前を呼んだか?


と、俺が困惑していると、俺の隣の席から短く声が聞こえた。


「はい」


たった二文字だが、それでも彼女がどんな人間なのかが分かる。優しい声色で、誰に対してもこんな口調をしそうに思えた。


んで?何の話だ?


そう思って黒板の方を見ると……なるほど、委員会決めをしていたのか。そして俺は何も話を聞いていなかったんだな。


先生の話を聞かないのは非常に良くない事だ。周りは理解していて自分だけ何をすればいいのか分からない状況は友達がいない者にとっては詰み同然である。


だが、今回は話を聞いていなかったことが幸運に繋がった。


まさかこんな形で彼女と関わることになるとは、俺主人公じゃないか。





6月8日


現在五時間目、グラウンドで100メートル走の計測をしている。今は日陰でボーッと奥でやっている女子の走りを見ている。


実は俺、運動神経は悪い方では無い。今回のタイムは13.4秒、まぁ、多分早い方だろう、無部にしてみれば。


っと、あれは、次はアサさんの番らしい。


スタートラインに立つと、教師は持っていたあの名前の分からないハンドガンみたいなやつを撃つ。


アサさんは雰囲気的に運動はできる方ではなさそうだが……


あ、


スタートしてからすぐのところで、アサさんはバランスを崩し壮大に転んだ。


俺は無意識のうちに立ち上がっていた、まるでアサさんの元へと向かうように。だが、


俺の片足は一歩前に出ただけで、それ以上前へ進むことは無かった。


周りから先生がやってきて、何やら話をしている、すると、なぜか男子達の方へと先生が走って向かってくる。


「男子の保健委員はいるか?」


俺は反射的に声を出す。


「はい、僕ですけど」


「あぁそうか、今怪我をした生徒を保健室まで連れて行って欲しいんだ」


何?保健委員にはそんな仕事があるのか?まぁたしかに保健委員の仕事は年間を通してもあまりないが、だからと言って保健室まで連れていくのは、同性ならまだしも異性は躊躇してしまいそうだが。


「分かりました、連れていきます」


俺には断る理由が無い。


「悪いな夜風、じゃあ頼むよ」


俺は先生と共にアサさんの元へと行く。アサさんは膝から血を流していた。


そこが痛むのか、アサさんは片足を引きづるように歩く。


ここはカッコつけて肩でも貸してあげよう。


「アサさん、僕の肩につかまってください」


主人公かて!


俺がそう言うと、アサさんは少しだけ迷ってから、小さな声で「ありがとうございます」と言って俺に腕を回す。


後から聞いた話だが、本当だったら女子は女子の保健委員が、男子は男子の保健委員が保健室に連れて行く事になっているが、今回は保健委員当人が怪我をしたため、男子の保健委員の俺が連れて行くことになったらしい。


そんなに保健委員にこだわる必要があるのかと思うが、まぁ結果的にはむしろそれで良かったのだが。





保健室には誰もいなかった。どうやら不在らしい。全く、授業中に保健室の先生は何をしているのだ。おかけで二人っきりになれたではないか。


これは関係を作るチャンス、だがその前に、この傷を放置しておくのは流石にまずいよな……


アサさんの膝には、言った通り放置したらダメそうな傷が出来ており、血も出ている。


とりあえず血止めたり消毒したり俺なりに処置をする。


その際、アサさんは「ごめんなさい」と申し訳なさそうに言う。


「いえ、別に気にしないでください、このまま放置しておくのもあれなので」


「……夜風さんは優しいですね」


いきなり自分の名前が呼ばれたので、俺は少し驚いた。


「俺の名前覚えてるんですか」


今までぼっちで暮らしてきた俺は、誰かと関わる事が無かったため名前を呼ばれた記憶が無い。


そんな俺が、いきなり女子から名前を呼ばれるとは、さすがに予想外だった。


「そうですね、一応席隣ですし」


あぁそうか、そりゃ隣の席の人の名前くらいは覚えておくか。


アサさんが俺に特別な感情を持って名前を覚えているわけないんだから、何も驚くことではなかった。


その後も数分アサさんと会話をした。まぁ大した会話はしていないが。


だが話をしていて思った、やはり彼女は……


「アサさんって、人生3回目って思うほど大人っぽいですよね」


「そうですね、自分でもそう思います」


「自覚あるんですね……」


こうして俺と彼女の初めての会話は終わった。





「あの、夜風さん、よかったら一緒に帰りませんか?」


一人で帰ろうとしていた俺に、アサさんはそう言ってくれた。


一緒に帰りませんか、か。


女子から一緒に帰ろうと誘われるなんて、もちろん人生初めてだ。


だがなぜ俺なんかと……ただ五時間目の途中で保健室で少し話しただけで、一緒に帰ろうなんて言ってくれるだろうか。


まぁ深く考えなくていいか、どうせ俺の答えは決まっているからな。


「はい、いいですよ」


「ありがとうございます」





アサさんの家は、俺の帰り道と同じ方向にあるので、途中まで一緒に帰ることが出来る。何度も通っている通学路は、やはりいつもの通学路だ。だが……


トコトコと女子と一緒に帰る道。それは、俺の想像していた通りの、気まずい帰り道だった。


俺は当然の事ながら口数が少ない方だ。さらに相手は女子、話なんて出来るわけない。


そんな沈黙を破ってくれたのはアサさんだった。


「夜風さんって似てるんですよね」


主語の無い言葉を俺は理解することが出来なかった。似ている?何に?


「“昔の恋人“に」


「昔、恋人いたんですね、中学生の時ですか?」


「まぁそうですね、1人だけですけど」


アサは少し悲しい顔をして言う。


その顔を見るに、既に彼氏とは別れているのだろう。これは野暮な事聞いてしまったか……


だが、アサ自身がその話題に踏み込む。


「ですが、その人はもういないんです」


その人はいない、妙に引っかかる言い方だ、別れたなら別れたと言うはずだと思うのだが。まさか……


「いない、それはつまり……亡くなっているということですか?」


「えぇそうですね、もう亡くなっています」


まさか本当にそうだったとは、彼氏が亡くなっている……そんな辛い過去を持っているなんて思ってもいなかった。


と、俺が軽はずみな発言を後悔していると、アサさんは言うか言わないか迷う仕草を見せてから言う。


「私はもう一度あの人に会いたい、でもそれは絶対に叶わないんです。でも夜風さんはよく似ている、だから……昔の彼氏の代わりみたいで大変申し訳ないのですが、私と────────友達になってくれませんか?」


まさかの友達告白で一瞬フリーズする。


友達……そうか、そうだよな、会って一日で付き合うなんてありえないよな。


ポジティブに考えろ、女子初めての友達が出来たんだ、おめでたい事だろう。


「いいですよ」


「ありがとうございます、正直断られると思ってましたから、嬉しいです」


「いえ、アサさんが幸せになるのなら、彼氏くらいなりますよ」


そう言うと、アサさんはニコッと笑った。





六月


放課後、帰り道の途中スマホを忘れた事を思い出した俺は世界一無駄な時間を過ごしているなと思いながら教室へと向かっている。


まだ陽が差し込んでいる教室は、先程まであんなに騒がしかった教室とはまるで違う、静寂な空間になっていた。


スマホスマホっと……良かったあった。命より大事と言っても過言では無い。さて、またここから家まで行くのか、めんどくさい。


帰り道、たまたま前を通った図書室から女子生徒の声が聞こえてきた。


ドアの隙間から覗いてみると、アサさんが4人の女子生徒から暴言を放たれていた。


何やってんだ、あのクソ女共は?


俺もなぜここまで怒りが込み上げてくるのか分からない。彼女とはあくまでまだ友達という関係だ。友達というものを知らない俺には分からないが、そういうものなのだろうか。


アイツら殺したいという感情すら湧き出ているのに足が動かない俺は、ヤバいやつだと思う。


救いたいのに、助けたいのに、できない。だから俺は卑怯な手でアサさんを助ける。



暴言を言われているアサさんと女子4人を俺はスマホで録画する。こいつを教師に見せればすぐにいじめは発覚するだろう。


だが、これだけでは弱い、この暴言を言われているだけの録画を見せても厳重注意で終わりだろう。


だから俺は少し泳がせる事にした。





七月


友達になってから三ヶ月、アサさんとの関係も少しづつだが親密になってきている。


暴言は相変わらず言われているが、その度に俺はスマホで証拠を撮影している。今日もまた暴言を言われているが、一ヶ月撮影していて気づいたことがある。


アサさんが、あまりにも無反応すぎることに。


まるで暴言なんて言われていなくてただボーッと立っているだけだと思うほどに。


この動画を見た教師は、果たしてどう思うだろうか、アサさんがあまりにも無反応過ぎてふざけて撮影したようにしか見えない。


それじゃあ意味ないじゃないか。果たして今まで俺が撮ってきたこの動画には、なんの意味があるのだろうか。


見返す気にもならない。むしろこんな動画、早く消したい。



その日の放課後、俺はアサから一緒に帰ろうと誘われた。もちろんオッケーなので即答で返事をした。


そのまま帰るのかと思っていたが、アサさんは別の道へと向かった。


アサさんについて行き、学校から数十分歩いた俺は小さな山の上へと来た。


そこからは、俺達が住む街を一望することが出来た。


こんな見晴らしのいい場所があったとは、少し驚いた。


俺がいい眺めをボーッと眺めているとアサさんは話し始める。


「もう動画を撮る必要は無いです、私は大丈夫ですから」


バレていたか、そして俺のしていたことは余計なお世話というやつだったらしい。


「よく、あんな暴言を言われて無反応でいれましたね……」


「そうですね、慣れていますから」


慣れている、昔からあんなこと言われ続けているのか……


そんなにアサさんのことを嫌うやつがいる、たしかにアサさんには少し異様な雰囲気がある。


だが俺はそこに惹かれた。その異様な雰囲気に生涯孤独に生きてきた俺が一目惚れしたのだ。全く、いじめをしてる奴は全員くたばってほしい。


「そうです、か。本当に耐えられなくなったら言ってくださいね」


「はい、ありがとうございます」


アサさんはそう言うと、夕焼けに染る街を眺めた。





時は流れ冬休み明けの二年生の一月


それは突然担任から告げられた。


「アサさんが行方不明になった」


アサが、行方不明……


言われた瞬間、俺は言葉の意味を理解出来なかった。


何かの間違いだろ?そう、冬休み明けだからちょっと憂鬱になって休んだだけだろ。行方不明とか、ありえない。


「何か知っている人はいないか?」


担任の問に、クラスの誰も答えなかった。そりゃそんなこと聞いても無駄だ。クラスメイトは誰もアサのことを見ていなかったのだから。


明日には来るだろう、俺はそう考えまたなんの行動もしなかった。



翌日


アサさんは来なかった。


本当に、行方不明なのか。


アサとの関係は順調に深めてきたと思う。大きな問題も無く、平穏に過ごしてきた。


だから分からない、アサがなぜ行方不明になったのか。


彼女は体が弱かった、そして両親は別のところに住んでいるらしく、どこかで遭難して行方不明になったなんてことは無い。


誘拐、絶対に無いとは言えないが、可能性は普通に考えて低いだろう。


ならば────家出か。


なぜしたのかは分からないが、今はとにかく、アサを見つけよう。


心当たりがある場所は……あそこしかない。



そこは、去年の夏、アサが連れて行ってくれた街を一望できる小さな山だ。


時刻は夕刻。


ベンチにアサは座っていた。


「アサ、探したよ」


「夜風さん……」


冬休み中に会った時と何も変わっていない、一体どこで過ごしていたのだろうか。


「どうして、家出なんて?」


「私には言っていない秘密があります」


言っていない秘密?まだあるのか?冬休み前に一人暮らししていると聞かされたばかりだが。


「私の余命はあと一年二ヶ月です」


…………ドクンドクン。自分の心臓の音が大きくなっていく。


余命一年二ヶ月、何を言っているんだと思ったが、まさか、なんで?パニクって何も考えられない。


「すみませんいきなりこんなこと言って。でも、いつかは言わなければならないので……実は私、ガンなんです」


17歳で、ガン?そんなこと、あるのか。


俺の彼女はガンだった、一年以上付き合っていて初めて知った。余命一年二ヶ月ということは、三年生の三月か。


神様はいないんだなって俺は思った。いるなら助けろよ。この可哀想な彼女を。


「そう、か、ガン……」


俺はアサを抱きしめた。


「残りの余命、俺が預かってていいか?」


つまり、死ぬまであなたの彼氏でいていいのかと俺は聞いた。


アサさんは少し間を開けてから答えた。


「はい、お願いします」


俺は誓う。神が彼女を見捨てるなら、俺が彼女を幸せにする。





3年生 2月


「私、カラスが好きなんですよ」


「へぇ、カラスが好きとは珍しいな、どこが好きなんだ?」


帰り道、まだ寒いこの季節にはあまり見ない、カラスを見ながらアサは話をし始めた。


カラスか、まぁ好きでも嫌いでもない、どうでもいい動物だと俺は思っている。


「カラスって、外を歩いていたらどこにでも飛んでいる身近な動物ですけど、死骸は落ちていませんよね」


「まぁ確かにそうだな」


「その理由は、カラスは自分の死を悟ると誰もいないところでひっそりと死ぬからなんです」


「そうなのか?なんか悲しいな」


へーそれは初めて知った。


「うん、誰もいないところに行って死ぬんだから家族にも知られることは無い。でもそれって、その家族からすれば生きている可能性があると思えることになるんです」


「あー、いまいち分からない、かも」


「そうですね、例えば人間は亡くなったら葬式をするから確実に死んだことはわかるけど、カラスは分からないんです」


「……」


「私はそれに憧れる」


そんな怖い話されても、どう答えればいいのか分からないのだが。


死ぬ時には去る、余命は残り一ヶ月……そういうことなのか?



その日、アサは消えた。


なんの前触れもなく、突然。いや、前触れはあったか。


夜風は思う。


アサは、俺のためを思って去ったのだろう。


そして、帰り道での話的に、アサは俺に少しでも悲しんで貰わないために、あえて去ったのだろう。


俺は、アサに幸せな日々を贈る事が出来たのだろうか。

きっと送る事が出来ただろう。俺はそう思うことにする。





30年後、奇しくも夜風は48歳でアサと同じ癌となり、亡くなることになる。


病室にて、夜風は窓の外からボーッと外を見ていると、1人の看護師が入ってくる。


「夜風さん、検査の時間ですよ」


夜風無意識に「またか」と言う。すると看護師は言う。


「そうですね、ですが頑張りましょう」


夜風はどこか懐かしい声だなと思いつつ看護師の方を振り向くと、


そこには、30年前から何も変わっていない、アサが立っていた。


「ア、サ?」


「夜風さん──────お久しぶりです」


ここまで読んで頂きありがとうございました。

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