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脳筋騎士団長はクールで情熱的な美形副団長に愛されています~鈍感とお馬鹿と直感力は恋愛にどう作用する?~

作者: 直江あき

初めましてこんばんは。

沢山の作品の中からお選び頂き、ありがとうございます。


すこしでも楽しんでいただければ幸いです。よろしくお願いします。

「あー…。今日も怪我のないようにな。」

「「「「「「あざーすっっっ!!!」」」」」」


大勢の怒号のような挨拶が聞こえる。

そしてそのあとには涼やかな声の指示が入るまでがセットだ。


「第一部隊は駐屯地へ補給へ。第二部隊は運動兼ねて城壁見回りいってこい。第三部隊はそうだな、団長と俺が訓練に入ろう。第四…。」


第三部隊の声にならない息を飲んだ無声音と、それ以外の部隊の大きな返事が聞こえる。


今日もこの辺境の地は平和だ。





「リアム…、50本終わったけど。…もっとする?」


騎士団長クロエ·デルフォートは副団長リアム·ロッシーニに声をかけた。面倒なサイン仕事ではなく、朝から体を動かせ、脳筋クロエはご機嫌だ。一方で、指揮官の役目も担うリアムは事務担当武官とまだ打合せ中だった。


「あれっ…早いな。仕方ない、10分休憩した後、三人ずつに分けて、模擬戦させろ。クロエは審判な、手を出さないように。」

「えーっ。」


しょんぼりするクロエに追い討ちをかけるように、リアムは追加で声をかける。


「そうそう、クロエ。まだ晩餐会のドレス、頼んでないんだって?今日針子を呼ぶから、忘れるなよ。忘れたら、さて…どうするかな。」

「…わ、わかった!今日は忘れないっ!」


脳筋な女騎士団長はまるで魔物に対峙したかのようにシュッと逃げ足早くいなくなった。





「ふぉー、やばかった。怒られるとこだった。」

「お疲れっす。誰が怒るんですか?」


先程第三部隊に訓練をつけて皆屍となっていたが、生き還った副官レオナルドが汗を拭きながら話しかけてきた。がっしりして体が大きく強面だが気のいいやつだ。


「リアムだ。」

「えー。団長、何したんですか。」

「晩餐会用のドレス打合せを忘れてた。」

「あはは。仕方ないなぁ!」

「それも三回も。」

「………。」

「とうとう城の縫製係がリアムに泣きついたようだ。」

「団長っ!それ、棺桶に頭から突っ込んでますよ。絶対打合せ行った方がいいですよ!」

「…勿論だ。」


二人は寒気を感じてぶるりと体を震わす。





この辺境の地の騎士団の仕事は多岐に渡る。


城内領内の警邏、斥候、関所の管理、要人警護、国境防衛等。また団体トップも出席必須の晩餐会もある。そしてこの晩餐会は正装なので、本来なら()()()()()()クロエはドレスを着なければならない。


だが前回の晩餐会で騎士の礼装を来て出席したことを辺境伯夫人に大変に残念がられ、今回は彼女のポケットマネーで製作される為、絶対に作らなければならない。が、どうもスカートは足がスースーして居心地悪く、忘れてたらどうにかならないかと思っていたが、リアムが絡むならダメだ。


彼は同期であり、大切な友人であり、頭も顔も体型もよく、体術も剣術も何でもできるスーパーエリートだ。

リアムは決してクロエの為にならないことはやらないし、ウンとは言わない。最初は怪訝に思った事でも、渋々ながらも挑戦してみるとそちらの方がより自分に合うのだ。そういうことを何度も経験してきた。だがクロエがどうしても譲れない、納得できない場合はクロエの考えにあうよう、工夫を提案してくれる。そしてやはりリアムの考えの方がスムーズだったなと思っても、彼は決してクロエを責めないし、良かった点を誉めて教えてくれ、一緒に反省までしてくれる。


故にクロエのリアムへの信頼度は100%だ。だからドレスは作らねばならない。リアムには脳筋(あほ)の自分にはわからない何か考えがあるのだろうと…今日も深く考えずに、クロエはリアムに従うのだ。




とうとう晩餐会の日になった。


「はぁ~、騎士服着たい。あれが一番似合うのに。」

「団長!そんなことないです!めちゃくちゃ綺麗で、黙ってたら貴族のご令嬢みたいです!!」

「いやまぁ…一応ご令嬢?なんだけどな。」


女騎士数人と城の侍女達がきゃあきゃあ誉めてくれる。騎士団長であるクロエは元々平民だが叙爵されて一代限りの爵位持ちである。


「どうせ誉められるなら、剣捌きや騎乗姿を誉められたい…。」

「はは、仕方ない奴だな。それはいつも誉められてるだろう?だけどお前の美しさの前では皆、褒めずにはいられないんだ、許してやれよ。」


リアムが侍女に先導され、笑いながら近くへ寄ってきた。スイートチョコレートのような、しっとりとした艶のあるストレートの髪を今夜は後ろへ軽く流し、切れ長の翡翠の瞳は優しく微笑まれている。白地の騎士団の礼装は衿と袖口の折り返しが紺地で、金の縁取りをされた華やかな物だ。肩を覆うような短いマントも羽織っており、よりきらびやかに見える。


「リアムこそ、その礼装着てると顔がいいのが余計に目立つな。」


凛々しく見目よいリアムの姿を見て、周囲が感嘆の溜め息をつく中で、素直にクロエが感想を伝える。それを聞いたリアムは小さく笑い軽口をたたく。


「おいおい、顔だけか?着こなしも褒めてくれよ、はは。…冗談はさておき。」


リアムはクロエの元まで来ると、片膝をついてクロエの手を取った。


「クロエ嬢、ドレス姿も素敵だ。まるで太陽のようにまぶしい美しさだ。今宵、貴女の傍にいれることを栄誉に思う。」


ついに黄色い声があがる。そんな中でもクロエはいつもと変わらない。


「そうか?褒めてくれてありがとう。…よくわからないが団長と副団長が一緒にいるのは当たり前だろ?」


頭を傾げて疑問を浮かべているクロエに()()()()()()()()()。クロエの手をとり、エスコートしながら、今夜の流れをリアムが伝える。


「いいかクロエ。御館様ご夫妻がダンスを踊った後に1曲踊って、その後はお二人に挨拶、あとは俺が先導するから。」

「ウン、それ以上覚えてられなそうだ。いつも通り頼むリアム。」


脳筋団長と全てをカバーする男の会話はいつ聞いても微笑ましい。()()()()()()()()しながらそんな二人を送り出してくれた。







「ふふっ、やっぱりデルフォート団長はドレスも似合うわねぇ。」

「奥様、お誉めの言葉ありがとうございます。」

「これは縫製係のデザイン?ゆったりで、幼子の柔らかい肌にもよさそうな優しい生地なのね。それでいてレース素材のケープが騎士団のマントのようね。後ろのふんわりしたチュールトレーンも素敵だわ。」

「こちらはロッシーニ副団長の提案です。」

「まぁ!流石ねぇ、よく団長のよいところをわかっているわ。」


自分が褒められた時は居心地が悪かったが、リアムが褒められて嬉しいクロエは目を大きく開いてから、少女のように笑った。


「そうなんです!侍女達からも褒められまして。リアムはほんとに凄いんですよ!」

「おいおい、どんだけ惚気る気だ?」


領主である辺境伯と夫人が生温く笑う。本当のことなのに何故惚気なのか、クロエにはさっぱりわからないが、リアムが後ろからそっと移動を促してくる。目でわかったと合図をし、夫妻に挨拶をしてその場を離れた。


「ふー。あとはダンスだな。肩が凝りそうだ。」

「なんだ?ダンスは得意だろう?」

「…男性側はな。」


いつも警護で出ることが多く、決まったパートナーがいないご令嬢方に大人気のクロエは男性側を踊ることが多かった。しかし今夜はドレスだ。いまいち気持ちが乗らない。


「あまり深く気にするな。俺がサポートするから、いつも通りクロエは楽しめばいい。」

「そっか。リアムがリード取ってくれるんだもんな。心配ないな。」


二人は領主夫妻のファーストダンスを見守り、次の曲がかかったところで周囲にあわせて踊り始める。


リアムのリードは完璧だ。女性ではかなり背の高いクロエより身長は高いが柔らかく笑うので威圧感はない。たまに部下達が青い顔をしているが何故怯えるか全くわからない。腰に当てられた手は大きく、手足も長いので、大柄な自分でも余裕をもってダンスの構えが出来る。体術にも優れているからうっかり足を踏みそうになっても避けられる。本当に凄い奴だ。


チリッ


空気が一瞬震えた。


クロエとリアムは目を合わせる。


「リアム。」

「次のターンで渡そう。」

「頼んだ。」


ガッシャーンッ!


大きな破壊音と共に天窓からガラスが降ってきた。同時に黒装束の輩が一斉に降りてくる。周囲は瞬く間に恐慌状態になる。だが団長クロエの一喝が、その場の誰の耳にも、まるで針で糸を通したように、全員に聴こえた。


「落ち着けっ!!我等が排除する!」

「人命優先っ!第一は御館様を、第二第四は応戦を、第三は誘導後援護!」


リアムは命令と共にクロエに自分が挿していた細身の剣を投げ渡す。それをクロエは難なく受け止め、真っ二つにして両手へ持った。


「さて…、やっと動けるな。礼を言わねばならんかな?」


ニヤリと笑うクロエは背中のチュールトレーンを引っ張り、ばさりと投げ飛ばす。


「おーい、縫製係が泣くぞ。大切に扱ってくれ。」


剣で一人薙ぎ払い、翻して掌底を食らわし一人またぶっ飛ばした後に、呆れたようにリアムが声をかけてきた。


クロエも団員のサポートに廻り、取りこぼされた奴等を剣を斬り結んで旋回しながら相手の腕や手を狙い、確実に戦力を削いでいく。


「わかってる!汚れるから仕留めるのは任せたっ!!またドレスの打合せするの、面倒だからなっ!」

「っていうことだから、全員気張れよ。ドレスの団長に負けたら腹筋500回な。」


なんとも気の抜けた受け答えが聞こえ、避難する者は団長達に余裕があることを感じ、落ち着いて騎士団に従った。勿論騎士団は顔を青くしてより奮闘した。


怒声に悲鳴、物が壊れる音。様々な大きな騒音が段々と途切れる瞬間が出てきた時に、それは起きた。クロエを狙って斬り込んできた者がいた。それは殺気を抑えることなく、上から剣を振り下ろす。


「っくそ!…女ごときが刃向かうなっ!」

「…女ごとき、だと?」


途端、地を這うような低い声でクロエが返す。相手の太刀と双刀で切り結び、そのまま流して相手の力を利用し、反動で思い切り相手を蹴り、そのまま踏み込んで縦回転し背後に降りながら、項に膝蹴りを加えた。相手は呻いてそのまま失神し、前のめりにどすんと倒れた。ドレスの沢山の隠しスリットが、何重にも重なった生地にふわりと風をはらませ、優美な線を画いて既に着地したクロエに遅れて降りてくる。


「馬鹿め、失礼な奴だ。」

「…あーぁ、団長の地雷踏んだな…。」


どこからかボソリと聞こえる。ふうーっと大きく息を吐き、ゆっくり立ち上がると、今度は背後の高い位置で蛙の潰れたような呻き声と、いくつものガキボキッと骨が動く音が聞こえた。


「はい、こっちもあがり。近距離でクロエの足見たやつ、潰しとかないとな。」


自分の服の埃を払い、身なりを整えながらリアムがにこりとする。足元には間者の指先が見える。ちょっと意味のわからないことをリアムが言ったが、まずは間者の体勢とその腕や指先が通常とはあり得ない方向に曲がっていることとは関係ないと思いたい。


「…相変わらず容赦ないな。」

「そりゃそうだ。だがうちのクロエに手を出そうなんて命あるだけ儲けもんだろ。」

「そうかな?」


深くは考えないクロエと余裕で辺りの指示をするリアムは既に通常運転だった。


あれだけ騒然としていた会場は、見渡せば粗方曲者は片付いたようだ。応戦した第二と第四が倒した連中を第三が連行している。すぐに尋問を開始するだろう。クロエは自分も様子を見に行こうとしたが、リアムから待ったがかかる。


「あー、待て待てクロエ。中ホールへ避難した方々に無事片付いたことの宣言とお詫びをしたいそうだから、御館様がそのまま移動するようにとの事だ。」

「そうなの?…じゃぁ移動するか。──みんな、ご苦労だった!引き続き、周辺警護を頼むっ!!」

「はっ!!!」


大きな返事が熱気とともに返ってきた。クロエは騎士団のこういところが大好きだった。思わずふわりと笑い、踵を返しながらも団員達に大きく手を上げてガッツポーズを見せた。その場に大きな歓声があがった。





中ホールへ移動すると、温かい飲み物と甘いものが提供されていた。ご婦人方にはストールや毛布をかけている者達も多い。馴れない襲撃で怖い思いをしたことだろう。クロエは迷わず主人である辺境伯の所へ向かった。


主の前にふわりと片膝をつき、大きな声で終息の報告をする。


「御館様っ、曲者の制圧、完了致しました!!」

「クロエ騎士団長、並びに騎士団の皆、ご苦労だった。」


この言葉が合図となり、ホールの中は安堵の歓声に包まれた。


クロエはこれでお役御免と思い、立ち上がると、あわせたかのように辺境伯に数人が声をかけてきた。


「閣下、騎士団長、お守り頂き有難うございました。我等からも直接謝意を伝えさせて頂きたい。」

「皆様方…。」


辺境伯は微妙な顔をしたが数人の男達は全く気にした様子もない。そして辺境伯を置いてクロエにのみ向き合った。まず金髪碧眼の甘い顔をした男が口火を切る。


「デルフォート騎士団長。見事な対応でした。貴女の舞のように戦う姿はまるで神話の戦女神のようでした。ガウェロスト侯爵家子息サウルと申します。」

「貴女という存在が戦闘という闇夜に咲いた夜闇薔薇(ナイトローズ)のようにとても美しかった。お救い頂き御礼を申し上げます。バルザーク伯爵家子息デイビットです。」


紫紺がかった黒髪、紫の瞳の眉目秀麗な男が頭を下げる。武器の製造で有名な家門だった。そして残る武官のような険しい雰囲気の凛々しい男は軽く膝をつく。


「容姿もさることながら、貴殿の勇姿は鮮やかだ。双刀を自在に操る様は戦姫のようで眩しい程だ。私は近衛騎士第四班長ロレンス·ハイムです。」


クロエは頭を下げるに留まり、三人三様の美形を見ても動じない。そんなクロエに苦笑する辺境伯が割って入る。


「今回の襲撃を未然に防げなかった落ち度を赦し、逆に直接の感謝の表明、代表として有り難く受け取らせて頂く。」


だが三人は鎮まらない。最も高位な侯爵家子息サウルが代表して訴える。


「閣下、我々はこの運命的な出会いを逃すことは出来ない。どうか、この場で私達に彼女に求婚させてほしい。そして本日の功績として、彼女の意志で、自由に私達の中から選んでほしい。」


周囲貴族はどよめいた。つまり、いくら騎士団長とはいえ到底身分としては釣り合わず、本来なら選べない筈のクロエに()()として自分達を選ばせろと言うのだ。見目良く、身分も問題ない未来ある若者を選べるのだ。女性にとってはまさに玉の輿だろうことに歓声で沸いた。


「さぁ、()()()騎士団長。どうか、我等の中から選んで下さい。貴女の隣に相応しい気高い男を。」

「さぁ、()()()()、私と一緒に来てほしい。仕入れや開発等で騎士達を内側から支えましょう。」

「いやいや、近衛として王家を支える私を理解できるのは貴女だけだ。ぜひ未来の近衛団長の妻に。」


周りは女性達の黄色い悲鳴で賑やかだ。三人三様の言葉にうっとりする者、悔しそうにする者、ある意味襲撃より騒がしい。そして騎士団にとっても驚愕の出来事だ。誰かが「副団長呼んでくるっ」と走り去った。


当事者のクロエは選べと言われ、誰かを選ばねばならなそうだと理解した。しかしどう選べばよいのかさっぱり分からない。クロエは戦闘においては近衛にも引けをとらないが、色恋面はポンコツで、特に好みもなかった。消去法かじゃんけんかくじ引きか、どうしようかと迷っていた。


「デルフォート団長、皆様素敵な方ばかりだが、伴侶に求めることや将来自分がどういう風に暮らしていたいか、理想はあるか。高位の皆様からのお声掛かりの褒賞だから、遠慮はいらないぞ。」

「うーん、伴侶に…。理想…?」


クロエは思いっきり首を傾げた。傾げ過ぎて体まで傾いた程だ。脳筋クロエは辺境伯が暗に断ってもよいと許可を出しているのも気付かない…。


「うーん、生涯現役騎士として働きたい。」

「そうですね…結婚式までなら。貴女のような凛々しく美しい子供を産み育ててほしいのです。」

「うーん、体を動かすことが得意なので、掃除洗濯、あ!夜営料理は任せてほしい!」

「え…むしろ掃除洗濯は使用人に任せてほしい…。それよりもその美しさで社交をしてほしいのです。」

「うーん、せめて私と戦えるか、この中で一番強い人がいいです。」

「それだと近衛騎士のハイム殿になってしまう!!そんなの反則だ!贔屓だ!」


クロエに選ばせる筈が既に選べない状況になってきた。周囲から見ても、褒賞どころかクロエには罰ゲーム状態だ。だがクロエはあまり気にしない性格だったので、まぁモテない自分が結婚するきっかけなんてこんなもんか?と思っていた。


三人がクロエの前で殺気立つ中、呼ばれて来たリアムが素早く状況を理解し、辺境伯に声をかけた。


「閣下、私も褒賞を頂きたく。」

「なんだ?珍しいな。今じゃないと不味いのかロッシーニ。」


おや、と眉を上げて辺境伯が答える。にっこりと笑って「はい、今です。」と何でもないように言うリアム。…この男が言うのならそうなのだろうと、一緒に命を賭ける危機を乗り越えてきた辺境伯にはわかっていたので、その先を促した。


「私も団長に求婚します。」

「なんだと?!」

「元々今夜、求婚するつもりだったのです。ですから奥方様の団長の衣装のご希望にもしっかり応えさせて頂きました。」

「あら、そんな意図があったの。どおりで騎士団の礼装のロッシーニ副団長とぴったりだと思ったわ。ちゃっかりしてるわねぇ。」

「恐縮です。」


リアムは全く申し訳なく思っていない顔で美しく微笑み、奥方も笑みを返す。


「何年も焦がれている愛しい人をみすみす渡すことはできません。セントロード騎士団にも私にも、団長がいないことなんて想像出来ませんから。」

「そうだな。うちの宝だからな。少々脳筋過ぎるが、手綱は今まで通りお前だろう?…行ってこい。正々堂々かっさらってこい!」


貴族として魑魅魍魎とも闘う辺境伯だが、元々「力こそ正義」の家系。代々熱血漢な家系の閣下はリアムの背中をどんと叩いて鼓舞した。





「……よし、面倒だ。こうなったら私と腕相撲で勝負しよう。」

「「「え!」」」

「まずは私に勝ってください。もし勝てたら即検討します。私に勝てなかったら、皆さんで戦ってもらい、勝った方とお見合いします。いかがです?…皆さんは私のこの腕にも力負けしますか?もし戦わないのなら、流石に私も遠慮致します。」


男達はクロエの腕を見た。間者との打ち合いにも負けなかったクロエだが、その二の腕はほっそりしている。男達はそこから繋がる肩、胸、腰に順に目を落とし、最後に顔を見てごくりと生唾を飲み込む。三人の意見は統一された。


「ではその提案「もう一名追加です」…なんだと?」


伯爵子息のデイビットの言葉を涼やかな通る声が遮った。


「私も褒賞として、参加させて頂くことになりました。セントロード騎士団副団長のリアム·ロッシーニと申します。」


片手を腹部に当て、軽く膝を曲げ頭を垂れて挨拶をする。騎士ではなく、貴族男性の挨拶だ。優雅で美しく、文句の付け所が見当たらない。ここでまず副団長風情が、と貶める道を塞がれる。


「…リアムも参加するのか?」

「あぁ、俺はクロエの出した条件も三つともクリアするし。でもクロエとの腕相撲は俺の負けでいいから。」

「ふーん、そうか。」


クロエが何も言わないということは自分達も文句が言えないし、自分達より「男として上」と思われているかと思うと、腹立だしい。リアムは一同を見回した後、あくまで爽やかに伝える。


「では私は失点1からのスタートです。求婚者同士での対決は一番疲れていない私に皆様が順に挑んで頂くということでよいでしょうか。」

「…よいでしょう。では私達も順番を決めましょう。」


リアムの本気を分かっている騎士団だけは心の中で合掌した。


クロエと闘う順番も決まった。近衛騎士ロレンス、武器製造を担う伯爵子息デイビット、侯爵子息サウルの順番だ。デイビットもサウルも子息教育の一環として鍛えているのだろう、怪我をさせないようにしなければ等と余裕の発言をしている。それをにこやかに、見る人が見ればわかる冷めた目で、リアムは見ている。


ロレンスとクロエが向き合い、台座に腕を着地させる。


「審判はセントロード領主の私、ゼクスが務めよう。片腕のみ使用、一瞬でも机の上に着いたら負け。よいかな?」


二人は手を握りあい、構える。その上から審判ゼクスが両手を被せる。


「では、よーい…、始めっ!!」


ダン


「「「は?」」」


手は握られたまま、体ごと近衛騎士ロレンスは倒れている。本人は信じられない顔をして、目をぱちぱちさせている。後の二人も固まっている。この順番にしたのも万が一を考えてだ。一番体力も力もあるだろうロレンスで疲れて貰い、その後に自分達が勝てば良いと思っていた。男同士の時は()()()ハンディを貰って挑むつもりだったが、その土台自体が崩れた。


「も、申し訳ない!この勝負に馴れていないせいかもしれない!もう一度…。」

「いいですよ。御館様。」

「……では仕切り直して。よーい…、始めっ!」


ダンッ


先程より少し音が大きかった気がした。またロレンスは転がっている。


「馬鹿な…。」

「では次、バルザーク殿。」

「き…今日は移動で疲れていた、んだ。し、仕方ないっ。」


近衛騎士ロレンスは言い訳をしながら、場を譲った。デイビットは軽く礼をしてからクロエと手を組む。


「油断は致しません。私も、武器を扱う家として、鍛えていますので。」


紫の瞳で射ぬくように、クロエを見つめてくる。クロエも真摯に頷いた。


「二戦…見ているので、再戦なしです。よろしいかな…では、よーい…、始めっ!!」


ズダンッ


「うわっ!!」


デイビットは前へつんのめり、バランスを崩した。咄嗟にロレンスが彼を支えた。


「あれ…スミマセン、力加減を間違えました。」


ペコリと頭を下げたクロエに二人は仰天する。だが最後の一人、サウルは不敵にくすくすと笑う。


「だめですよ、お二人とも。身体強化魔道具位、警戒しないと。女性の細腕で敵うわけがない。…この魔道具探知機で確認すれば…、あれ、…反応しない。え?嘘だ。」


サウルは金の髪がふるふる揺れるくらい頭を横に振り、目を見開いた。そしてすぐさま宣言する。


「わ、私も女性とは闘えない。潔く失点からのスタートで。」


そうして紳士を装い、リアムに同士のように軽く笑いかけた。辺境伯は静かに宣言する。


「勝者クロエ·デルフォート。よって、即婚約者になる者はなしだ。続いて見合いの権利をかけて、戦って頂く。ロッシーニ副団長、ハイム近衛騎士殿。」

「男同士、今度は遠慮なくやらせて貰う。」

「こちらも胸をお借りします。近衛騎士殿と交えられること、光栄です。」

「よーい…、始めっ!!」



結果。

ロレンスは先程よりは奮戦したが負け。デルフォートもサウルも負けで、最後はデルフォートとサウルを両手で同時に相手をし、リアムは負かせた。悔しさに呆然とする三人にリアムが溜め息をつきながら説明する。


「セントロード騎士団を甘く見ましたね。辺境の地はいつも他国の脅威に晒されている最前線です。常に実戦の騎士団と、守られた中央の騎士とは意識が違うのですよ。…ちなみに俺は団長に勝ったり負けたりです。剣を使用しての模擬戦では勝率はたった30%です。そんな団長を、自身の意志ではなく騎士を辞めさせる前提の結婚なんて、愚の骨頂と思いませんか?」


辺りはシーンとする。騎士団始め、辺境伯夫妻、クロエの強さを知る近隣貴族は冷めた視線を彼らに向ける。三人は慌てたように身繕いをし、口々に性急過ぎた求婚をなかったことにしてほしいこと、体調が優れないのに無理したので晩餐会を早めに去る挨拶をして、その場を後にした。


「ふー、やれやれ。クロエ、お疲れ様。これで今まで通りだ。」


肩を竦めながら、冗談を流す仕草でリアムはクロエの肩を叩く。


「リアムは?」

「え?」

「お前が勝者だけど。リアムも辞退するのか?」


クロエが真っ直ぐリアムを見てきた。紺碧の瞳で、リアムが嘘をつくのを許させない。そう感じたリアムはしばし動きを止めたが、根負けして苦笑した。


「一生に一回だから、カッコつけたかったんだけど。準備くらいさせてくれよ。」

「ん?何でだ、リアムはいつも格好いいだろう?」

「はい?」

「申し訳ないが、先程のメンツにリアムが負ける訳がないし、最初からリアムがいたら、リアム一択だろう?」


真剣なクロエの言い種にリアムは一瞬ポカンとしたが、ふわりと笑った。


「ほんと、クロエ最高。…クロエ·デルフォート嬢。一生、貴女の隣にいる権利をください。」

「うん、わかった。これからもよろしく、リアム。」


大歓声があがった。


二人のやり取りを固唾をのんで見守っていた騎士達は中でも大騒ぎだった。


「ったく、リアムは自信が無さすぎるだろう?団長の隣は副団長に決まってるじゃないか!」

「…クロエはやっぱり、クロエだよな…。」






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



セントロード騎士団には暗黙の了解がある。


クロエ·デルフォート騎士団長に告白もしくは懸想する時は、鬼のドS副団長リアム·ロッシーニを倒さねばならないこと。新人に一番に伝えられることだ。


元々二人は騎士学校の同期で、リアムは入学した時から群を抜く優秀さで、近衛から打診が来ていた程だった。周りからエリート扱いでもてはやされ、それに応えて理想の騎士のようにしていたが、胸のうちはつまらなかった。


そんな時、体力はあるが素人のクロエが視界に飛び込んで見えた。素直でばかで、皆の嘘のアドバイスを何から何まで信じて、訓練している様子をしょっちゅう見かけた。頭を捻りながらブツブツ言って練習している。そして日を追うごとに、その太陽のような明るいオレンジ色の髪をさりげなく撫で、肩を組んで彼女の成長を喜び、一緒に練習する奴らが増えてきた。


ある時、訓練で一緒に組まされた。

組手をしたが弱かった。だが、随所で基本とは違う動きで、あっと思うことが何度もあった。終わった後も真剣な顔で、「さっきのとこ、どうやったんだ?」と聞いてきた。自分に臆することなく、卑下することもなく、ただ愚直に真摯に強さを求めてきた。リアムはムッとした。だが表には出さずに教えてやった。クロエは礼を言って去っていった。特に次の予定も聞かれなかった。驚いた。


それからもたまに組むと、成長を感じられた。その度に同じように質問され、同じようにムッとし、同じように教えた。


気づいた時にはいつもクロエの周りは笑いながら熱心な奴等ばかりとなっていた。彼等はリアムと当たるとクロエよりは気を遣っていたが、同じように質問してきて、クロエよりもっと近い位置で礼を言ってきた。


そしていつの間にかリアムもそこにいた。


流石にこの頃になると何故クロエにムッとするか、理解した。嫉妬していたのだ。その成長具合に。強さに対しての真摯さに。驕らない染まらないそのばかな程の高潔さに。


卒業後の進路はクロエと同じ辺境へ行くことにした。近衛騎士は断った。まだまだ、隣でクロエの成長を見たいと思った。三年間、リアムは首席のままの卒業だった。


セントロード騎士団でもリアムの立ち位置は変わらなかった。鳴り物入りでの入団、そしてここでもクロエの立ち位置は変わらなかった。下手だがその光るものが認められ、あっという間にリアムとクロエを囲むように仲間ができた。


変わったのはリアムのクロエとの立ち位置だ。


リアムはいつもクロエの隣にいた。誰もがクロエの隣にはリアムがいる、という認識になっていた。そしてそれは女性としても魅力的になっていく、クロエに近づく者を阻む者としての認識でもあった。


着々とクロエは強くなっていく。そしてリアムが視線を外す暇もなく日々は過ぎていく。クロエはリアムに並び、いつの間にかリアム自身はクロエの方が強いと感じるようになっていた。


数年後、リアムにとって決定的な出来事があった。


辺境伯と当時の騎士団長に呼ばれ、次の団長にリアムを考えていると言われたのだ。素直に嬉しかった。


だがリアムは誠実に答えた。


「光栄ですが、俺より強いクロエが最適です。…強さだけでは二番目です。ただ、統率力や戦術等、トータルでは俺が上なので、俺を副団長にしてください。俺も自分を卑下して生きたくはないです。俺の能力を最大限に活かせるのはクロエの下です。」


辺境伯と騎士団長に伝えた時に理解した。自分はとっくにクロエに惹かれていて、愛していることを。一緒にいることが何よりかけがえないものになっていることを。


リアムはすっきりした顔をしていた。自分の望む道がハッキリ見えたからだった。


それを見て二人も受け入れてくれた。元々クロエを副団長にしようと思っていたそうで、リアムが言うなら…と、理解してくれた。






そして現在。


「クロエ、さっきのな。『クロエの隣にいる権利』ってやつな。『俺と結婚してください』ってことだからな。」

「え、わかってるけど。え、なに?もしかして、私が知る結婚の意味が違うのか?!」

「…いや、それはしらないが…、まぁ、念の為、この後は俺と過ごしてくれるか?」

「うん、リアムの言うことに間違いはないからな。」

「…お前の中の俺、凄いな…。」


念の為、リアムはクロエの手を繋いで会場を出た。


ちなみに団長と副団長の部屋の周辺は本人達がでてくるまで誰も近づかないようにと、厳戒命令が出された。そしてセントロード騎士団にはそれを破るものは誰一人出なかった。


だって、団長の隣にはいつも副団長がいるべき、なんて団長(獲物)を言いくるめてる副団長(拗らせ男)の本懐を邪魔したら何されるかわかんないからね……某女性騎士談



お読みいただきありがとうございました。


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