第3話
俺とソフィアは王立高等学院の2年生になった。
俺の1年時の最終成績は9位。なんとか10位以内だ。ギリだけど。
最高で6位という結果もあったが、1度痛恨の13位があってそれが足を引張った。
ソフィアはあれから全ての試験で1位。
当然最終成績も1位だ。
俺は完璧な婚約者と思っていたが、ソフィアの方が完璧じゃないか?と思うようになっていた。
俺が10位以内に拘っていたのには当然理由がある。
この学院では10位以内の生徒には個別の研究室が与えられ、高価で高度な研究設備を使用することができる。
また、使用可能な研究費も他の生徒より多い。
ただし、それに見合った研究と結果が求められる。
国や民間の機関からの研究依頼などもあって、結果を出す事が出来れば莫大な報奨金が得られる事もある。
勲章が授与されることもある。
更に、10位以下の生徒が補助に就く。一日中という事ではなく、時間は決まっている。授業の一貫のようなものだ。
研究自体には携わらないが、研究室の清掃や研究材料の調達などを手伝う。従者のような扱いだ。
もちろん研究内容などは一切知らされない。
当たり前だ。
この10名の研究内容については極秘扱いで、関係者以外一切他の者には知らされないし、話してもいけない。
国家機密と同等なのだ。
当然他の生徒や教師、家族や親族にも秘密だ。
もちろん俺もソフィアの研究内容を知らないし、俺の研究も彼女は知らない。
まあ、ソフィアは植物の関係だとは思うが。
過去に、この学院ではない別の研究機関で研究成果が盗まれる、という事件が起きた。
ある研究者が画期的な製品の開発に成功したが、その研究結果を他の人が発表した。つまり盗んだものを自分の成果のように発表したのだ。
当然ながら開発した研究者は自分の研究の成果だと主張したが、基礎データまで全て盗まれているため、証拠不十分で訴えは棄却された。
そして盗んだ人は功績が認められ、勲章と莫大な報奨金が授与された。
ところが、その製品の大量生産が始まった頃、基本設計に重大な問題があることが判明した。
しかし、その時には本来の開発した研究者は国を見限って国外へ。
盗んだ犯人も、既に国外に逃亡していた。
この事件には研究機関はもちろん、複数の貴族家や商会が不正に関わっており、捜査すればするほど不正の証拠が出てきた。
あの時、あの研究者の言葉さえ信じる者が居れば、と関係者は悔やんだが、結局は「たられば」に過ぎず、結局製品も一から研究しなおす事となり、国を含む関係機関は大損害を被った。
何より、優秀な研究者を失ったのが非常に悔やまれた。
この事件をきっかけに、研究内容の機密が徹底されることになった。
そして何より、研究者の保護が最優先される事になった。
ちなみに俺の研究は「製鉄(製鋼)」だ。
実家が治めるシュタイン侯爵領には良質の鉄鉱山があり、さらに炭鉱(石炭)もある。
鉄鉱石だけではなく、他の金属(クロムやニッケル、マンガンなど)も採れる。
つまり、シュタイン侯爵領だけで製鉄(製鋼)に必要な材料がほぼ調達する事が可能なのだ。
そして、国内最大、大陸でも最大級のシュタイン製鉄所を保有している。
製鉄所の鉄を加工する工業地帯もあり、クラベルト王国の鉄製品の多くは、シュタイン侯爵領で製造されているのだ。
俺の研究は、鉄に含まれているものの比率によって、その性質がどう変わるか、というものだ。
(鉄の性質(性能)は炭素の含有量で大きく変化する。また、ケイ素やリン、硫黄などの不純物の残存含有量によっても変化する。つまり製鋼の研究という事。また、クロムやニッケル、マンガンの含有量によっても変化する)
ソフィアの研究はおそらく植物の関係だろう。
ソフィアの実家、ランベルト伯爵家は大きな商会を経営している。ランベルト商会だ。
それは国内にとどまらず、国外にも支店がたくさんあり、ランベルト商会で扱えないものはない、と言われているほどだ。
クラベルト王国で最大級の商会だ。
侯爵並の力がありながら伯爵であるのもこの商会が関係している。
貴族は高位になればなるほど権力も大きくなるが、やっかいなしがらみも増える。
つまり「ウチを優先に」「あそこには売るな」という輩が増えるという事だ。
国内であれば、王家や他の高位貴族家などの協力があれば、理不尽な要求も防げるのだが、国外が絡むとそれも難しくなる。
侯爵家ともなれば国外の貴族家との付き合いが一気に増える。
すると、国外の貴族家から「ウチを優先に」「あそこには売るな」となるのである。
これがその国とだけの話、であれば問題は少ないのだが、ここに第3国が絡むと事態はさらに複雑に、そして大きくなる。
つまり、外交問題だけでなく、最悪戦争までに発展する可能性がある。
大げさな話ではない。
例えば、A国とB国が緊張状態にあるとする。
そこでA国に物資を優先すると、B国は当然シュタイン商会、つまりこの国、クラベルト王国を敵国と判断するのだ。
食料や医薬品などは当然であるが、化粧品や宝石、衣料など戦争には関係ないように思えるものまで全て軍需物資に変化するのである。
製品(商品)というのはどの国でも大なり小なり需要があるので、更に流通すれば軍事資金や外交手段にもなりうるからだ。
B国からすれば、この状態を長く放ってはおけない。
A国だけでなくクラベルト王国も間接的に敵国なのだ。
おそらく、A国との開戦となる。
時間が経てば経つほどA国が強くなっていくからだ。
つまり、ランベルト商会が戦争を早め、更に引き金となってしまうのである。
まあ、実際にはこんな単純な事で直ぐに戦争になったり、国際問題になるようなものではないが、実際に起きてしまうと、ざっくりとした筋書きにはなってしまうのだ。
このため、ランベルト家は伯爵位に留まっている。
ランベルト伯爵は子爵家くらいがいいと思っている。
子爵家であれば、警戒すべきはほぼ国内に限定される。
そうであれば何かあった場合、王家や高位貴族家に牽制してもらえば済む話だからだ。
俺とソフィアの婚姻も、ランベルト伯爵家の後ろ盾になるために、王族に次ぐ力のある俺の実家、シュタイン侯爵家が選ばれた。おそらくそういう事だろう。
こういう事は当主しか知らないが、間違いないと思う。
ケプラー侯爵家に厳しい処分が下されたのも、見せしめの意味もあったのだろう。まあ俺にはどうでもいいことだ。
ソフィアの研究とランベルト伯爵家の関係は分からない。
でも、あの他国の特注品の眼鏡や、手に入りづらい本を調達したのは、ランベルト商会だろう。
俺とソフィアは、こうして与えられた研究室で、各々の研究を始めた。