❹ 心の鬼が身を責める。
最後に使った武器、火薬が爆発したような音だった。
庭の一角に、大きな穴が開いている。
「最後は、物理攻撃か」
居間で窪みを眺めていて、疑問が頭をもたげてきた。
通常、悪霊相手に物理攻撃をする人は少ないだろう。
祓い屋・神薙さんの武装は、除霊に使う祭祀具にしては明らかに特殊すぎた。
「発破用穿孔機、と呼んでいます」
「初めて聞く名前だ」
すまし顔で「そうですか」と言い、続けた。
「罠を仕掛ける際に使うものです」
「パイルバンカーみたいなものか」
「パ……イルカ?」
「パイルバンカ―。金属杭を炸薬で打ち出すロボットアニメの武器だよ。ゼロ距離からしか攻撃できない、近接特化の……つまり、浪漫武器だな」
いそいそと帰り支度を整えていたが、手を止めた気配があった。不思議に思って振り向くと、スマートフォンを取り出し操作している。何度か画面をタッチして、「おー!」と感嘆の声を上げたので、思わず苦笑した。
少女は屈託のない笑顔で答える。
「勉強不足でした」
スーツケースにバッテリーを押し込み、「こちらです」と先導し始めた。玄関で靴を履いて屋外へ、坂道を上り、河川敷を通って、裏山の登山道へ。そのまま迷うことなく進んでいく。
問答無用で鬼を討ち、妹の行き先は知っている――
『その左目、なにが視えているんだろうか?』
かなりガタのきている、物置小屋。
扉を開くと、雑多に押し込まれた不用品の山。
その中に真新しい段ボール箱がひとつあった。
開封すると、乱雑に詰め込まれた栄養補助ゼリー。その中でロープで滅茶苦茶に拘束され衰弱しきって眠りこけている妹の姿。
命に別状は無いようだが、さすがに数日は長すぎた……箱の中は乙女の一大事、それこそ『死んだほうがマシ』と、絶叫しかねない惨状になっている。
一旦帰宅し、着替えを持ってくるわけにもいかない。
このまま運ぶことにして、中にあった台車に積んだ。
無断借用だが緊急時、勘弁してもらおう。
帰路は舗装道路を通ることもできる場所。
道中、警察に呼び止められても逃げられないが、箱の中身は監禁されていた澪。家族を助けたと確認が取れるまでは開放されない。警察官に今の澪を見せるのは、なんとしても避けたい。
問題は、ルートか。
「それでは、私はここで失礼します」
「あ。これ……お支払いは現金で?」
なんたる失態。
財布も持たず、手ぶらで来てしまった。
そういえば、相場もなにもわからない。
「御代は結構、ただの意趣返しですから」
「意趣返し?」
「幼いころ、私から左目を奪った鬼です」
僅かに涙を浮かべた瞳に夕陽が波打って見えたが、彼女が拭ったのは潤んだ右目ではなく、なんら機能していないはずの、義眼となった左目だった。
「その、左目の、鬼?」
長年の苦労が報われず、残念無念といった表情。
「もっとも……今回も違いました」
「あいつじゃなかった、別の鬼か」
「それは。鬼のように視えただけで、正体までは」
力無く肩を落として背中を丸めた小柄な少女。
さらに小さく、幼くなってしまったように思う。
鬼のように視えた。
失くした左目で、最後に見た、鬼。
「……姿を借りるには、生かしておく必要がある」
見てわかるほど『びくり』と背筋が強張った。
「神薙さんが教えてくれた鬼の特徴。目玉を刳り抜いて逃げられないようにする、その子供に化けて、人を襲う。そういう事例があったんじゃないのか?」
ゆっくりと天使のように無垢な笑顔になった。
玄関で出迎えたときに、その後も何度か見た。
今は……新生児微笑。
ただの生理的な、不随意運動のように見える。
微笑みの奥、射るような眼差しで見据えている、瞳。
「詮索のしすぎです」
「事前に言ってくれ」
「結果は同じでした」
「結果的に違っただけ、それでも本命の可能性はあった! 浪漫武器でもなんでもブッ放して確実に仕留めるべき相手、違うか? なんで遠慮した?!」
鳩が豆鉄砲を食ったように、キョトンとした表情。
こちらはこちらで、肩透かしを食った気分だった。
「あ、そういえば」
「え、な、なに?」
「澪さんの、お兄さん……お名前は?」
「今それ? 真澄。 泉、真澄だけど」
「では真澄さん、これにて失礼します」
荷物を担ぐと、ペコリと一礼。
そのままトコトコ帰路につく。
取り付く島もない後ろ姿に、溜息をついた。
ここからが大仕事だ。
箱入り娘の妹を、台車で慎重に自宅へ運搬。
もし途中で目覚めたら、大騒ぎするだろう。
一生に一度あるかないかの、大事件だった。
『祓い屋にとっては、日常か』
ぼんやり考えながら立ち去る少女を見送る。
……その足が、何歩目かで、止まった。
「泉、神薙……語呂は悪くないですね」
「ぇ、今なんて?」
わずかに振り向いた横顔。髪の隙間から覗いた硝子細工のように精巧な左目が、残照を受けてチロチロと赤く輝く。
その乾いた瞳は視神経を経由して大脳視覚野へ情報を伝達していないはずだが、可視光線とは別の『なにか』を捉えているように思えた――
「真澄さんは、詮索しすぎです」