❸ 暗がりに鬼をつなぐ。
ケーブル長の関係で、神薙さんと付かず離れずの距離を保ちつつ、階下に急ぐ。居間に入って周囲を見回す。どこにも人影はなかったが、改めて見ると人ひとりが隠れられる場所は多く、閉じている扉の向こうの部屋もある。
「頭半分、大ダメージに見えた」
「頭を半分失い、かなり体力を削れたはずです」
「ぇ……削れた? 減っただけ」
「不定形なのです」
「部位や弱点は、関係無いのか」
相手から距離をとって、射撃するための武器。
レーザー兵器はバレルが長く、即応性が低い。
「物陰から死に物狂いで襲ってきたら、その武器じゃひとたまりもない」
チェックしてまわるのはリスクが大きすぎた。
ガシャーン!
和室のほうから鋭く硬質なものが破れる物音。
顔を見合わせてから扉へ近付き、恐る恐る引いていく。
冷たい風が頬を撫でる。
ガラスが割れていたが、畳の上は綺麗なまま。
「庭へ出たのか」
「そのようです」
「なんで割るんだ、窓の開け方も知らないのか」
「透り抜けることもできる、誘っているのです」
ガラス交換、安くはないと容易に想像できた。
被害総額に上乗せされて、軽く眩暈を覚える。
「許せない気がしてきた」
「妹さんよりガラスで?」
「澪に加えてガラスまで」
「取って付けたような妹さんですね」
半端に残ったガラスが危ない、窓から出入りはできなくなった。踵を返して玄関へ行き、靴を履いて外へ出る。
庭木が数えるほどしかない狭い庭、探すのは幾分か楽になった。ビームライフルから照射できる高出力レーザーで削り取っていけば、いずれはカタがつく。
ただ、近所の目がある。
「相手は澪の恰好をしたまま逃げた。光線銃で焼き殺している姿を目撃されるのは完全にマズイ。手早く終わらせたいが、大立ち回りはできなくなった」
「普通は見えないのです」
「見えないとも限らない」
「では、考えがあります」
「やめて。 ……それ以上、聞きたくない」
神薙さんの考えには、一般常識が通用しない。
器物破損なら誠心誠意謝罪すればいいだろう。
向こう三件両隣なら、お互い様で丸く収まる。
近所迷惑も、それ以上に広範囲になれば――
「火災保険が適用されることを祈るしかないか」
「悲観的ですね」
警戒しているからだろう、少女の口数は極端に減った。
慎重に庭を見回している。
釣られて左から右へ視線を横に動かしていくが、なにを探せばいいのか、それがわからなかった。人ひとりが隠れるほど大きな木や物は無い。
と。
知らぬ間に紫陽花が花を咲かせているのに気付いた。今年は澪のスッタモンダで剪定する余裕が無くて、大きく広がり葉が生い茂っている。それにしても、だ。
「やけに薄暗いな」
「暗い?」
「あそこ。真っ昼間なのに、随分暗い」
紫陽花は、生命力の強い植物。反面、風通しが悪いと病気になりやすい。早めに切り詰めたほうが良いだろう。
……これ。
今、考えることではないか。
「もしかして……霊感がありますか?」
「無いよ。お化けとか見たことないし」
「近くへ行きましょう」
「嫌だよ、さっきの鬼が出るんだろ?」
神薙さんは軽く溜息をついた。
「うまく説明できませんが。悪い気の塊のようなもので、実際に鬼の姿をしているわけではありません。私の目にはそう視える、というだけ。今回も妹さんのように錯覚させているだけで……」
「あれは錯覚だったのか」
「いわば、気のせいです」
気のせいって。
意味が、違う。
こちらの拒絶は御構い無し。
話しながら、ズンズン進む。
ケーブルでつながれているので、引っ張られていく。
「感覚の鋭い方には、黒いもやや影に見えるそうです」
「そうなのか?」
「そうなのです」
あと1mという距離に来た。
神薙さんが紫陽花の花にビームライフルを突き付けたまま、突然こちらを向いて「なにか見えますか?」と尋ねたので、ひとつ頷く。
ゆっくり「なにが見えているのですか?」と、重ねて問われた。
「……妹が座ってる」
「まさか同じモノが視えているとは!!」
ビッ シュ―――ン!
高出力レーザー光が、妹を上下に分断する!!
残された下半身に、倒れた紫陽花が覆い被さった。
上半身は回転しながら、空へ吹き飛ばされていく。
それを目で追っていて違和感を覚えた。
溶断を初速にして射出されたにしては、妙な軌道。
左半分しかない顔が、こちら側へクルリと向いた。
『笑ってる。 ……何故、嗤う?」』
切断された部位がおかしい。
確かに上下に二分割されたが、今は膝上まである。
不定形な存在、なんのために跳ぶ?
被害を最小限にして、跳んだ……
「 逃 が す な 、 上 だ !! 」
声に反応して見上げた少女がビームライフルのケーブルを引き抜き、跳躍。
ボロボロになった妹のものらしき制服のスカート、その端を手繰り寄せた。
ドシャ!
妹の恰好をした鬼が地面に叩き付けられ、咄嗟に立ち上がろうとして無様に転び忌忌げに膝から先の無い足を睨んだ。
その顔に、神薙さんがビームライフルを突き立てた。
鬼は憎悪に満ちた怨嗟の声を発したが、音をたてて腹部に足を振り下ろした少女は、おだやかな笑顔を浮かべてチラリとこちらを見た。
「視えているとは」
「え?」
「思いも寄りませんでした」
「あ、さっきの話の続き?!」
「非常に珍しいケースです」
言いながら、ビームライフルのスイッチを1つ操作した。
バーストモードのときのように、外観は変化していない。
「その眼球、貰い受けます」
静かに呟いて、トリガーを引いた。
ド ッ ガ !!!!
途端、銃身の一部が、そのまま撃ち出された。
金属棒が眼窩を穿ち、地面に縫い留めている。
鬼の身体が蒼白い輝きを放ち、霧散していく――
その時、確かに視た。
鬼の顔から飛び出した、ピンポン球に似た光。
ソレを少女が掠め取り、落胆した顔。
握り潰すと、爆ぜた。
スゥーと、祓い屋の左目に吸い込まれ、消えていった。
幻想的で美しい光景。
だが。
現実味に欠けていた。
「これは、相性が良いようです」
「え? ……今のは、なんだ?」
ギョロリと横目に睨んだ左目。本人の意思とは無関係に、こちらを向いたように感じた。悶えるように小刻みに揺れる。とても作り物とは思えなかった。
それが瞼に遮られて、また開く。
一拍遅れて、こちらの存在に『気付いた』という表情。それから柔和な微笑みを浮かべた神薙さんは、両目でこちらを見詰めている。そんな気がした――