❷ 鬼の一口。
祓い屋・神薙さんが「ビームライフル」と説明した祭祀具は、実際その銃口から一条の赤い光線を放ち、子供部屋の扉に腕が楽に通るほどの穴を穿って、丸く炎を噴き上げながら貫通した。
廊下の隅においてあった消化器を手に取ってみたが、中華鍋が燃えている絵の上に『キッチン消火器』という商品名、目立つ字で「初期消火に有効」と書いてある缶スプレーで、一度も使ったことが無く、効果のほどは疑わしかった。
試しにキャップを外して吹き付けると、瞬時に鎮火。
なかなかの高性能に、「ぅぉお?」と変な声が出た。
それを横目に「お邪魔します」と呟いてドアノブをひねり、平然と部屋の中へと進んでいく少女。その先にいたのは、頭の右半分を焼かれて失った、妹だった。
「ィギッ、キキ、貴ッ様ァ!!」
否、どうも本当に妹ではなかったらしい。
左半分しかない口で、普通に喋っている。
知らぬ間に妹と入れ替わっていた何者かが、ビクリと僅かに身をかがめて警戒。少女はビームライフルを構えたまま制服のポケットをゴソゴソ探り、一枚の紙片を取り出した。
「私は神薙……祓い屋です」
「そこで自己紹介なのか?」
「いくつか質問があります」
「これ答えられる状態か?」
「殺ス、殺ス、絶対ニ殺ス」
頭を半分、フッ飛ばされている。
普通は会話が成立しないだろう。
「この家にいた娘さんは?」
「 殺 シ テ ヤ ル ! 」
「いつから入れ替わりを?」
「 殺 シ テ ヤ ル !! 」
「どこへ隠したのですか?」
「 殺 シ テ ヤ ル !!! 」
これじゃてんでお話にならない。
最近、見慣れた半狂乱になる妹。
会話は成立しない……
「この左眼に、見覚えは?」
「……知ラ
ビッ シュ―――ン!
躊躇せず、二発目をブッ放した。
今 、 答 え て い た ?
「危ないッ!!」
咄嗟に抱きかかえて2歩、3歩、前へ移動。
元いた場所を、振り返る。
つい先程まで妹だと信じていた何者かが天井から急襲してきた!
着地のタイミングに合わせて、蹴る。
頭の残り半分、側頭部に踵がヒット。
ビチャっとした、嫌な感触があった。
手応えは無い。
トンと少し下がって、動きを止めた。
そのまま床を這うように扉の奥へ消えていく……
「視えていたのですか?」
「だから! 神薙さん左が死角だろ?!」
「だから……左側を見張っていた、と」
反応も移動も速かったが、左へ躱すとわかっていれば目で追える。癪に障るのは仮相が妹だから、天井高く飛び上がるとは予想外だったことと、肉の柔らかさまで人間のようで不快だったことだ。
「どうして撃った?」
「私のことを、御存じないようでしたから」
……そんな理由で。
自分本位が過ぎる。
「ああいう輩は、同じ空間にいても少しだけズレた次元にいるのです。普通は見ることも、触れることもできません。まして、蹴りつけるなんて……無謀すぎます。今後一切、直接的な攻撃は控えてください」
「そういうもの?」
「そういうものです。しかし、もとをただせば私の失態。次は確実に」
神薙さんがビームライフルをスライドすると、ガチャリと外れたバレルの一部がガランと音を立てて床に落下して内部フレームが露出。レバーに手をかけ、一気に引いて180度回転させる……
ガパリと、鉤爪のように展開。
パリパリと派手に紫電を放つ!
「この、荷電粒子砲形態で」
先の2発は範囲を絞った精度重視の射撃だった。
こちらは徹底的に駆逐用。
広範囲・高威力な攻撃のための形態と一目瞭然。
「それ、ネット通販で買うの?」
「ホームセンターで買った工具を、改造しました」
「改造って……光線兵器じゃ威力が不十分なのか」
「あれは高出力レーザーです」
転がっていた『キッチン消火器』と見比べた。
見るからに凶悪な兵器。
消火する部屋が残るか、それすら危ぶまれる。
そんな心配を知ってか知らずか、神薙さんは朗らかに笑った。
「浪漫が無いのです」
「それ、仕舞っとけ」
「何故? 超高出力荷電粒子ビームで一撃なのに」
「絶対に発射するな」
……あの攻撃は、ビーム砲じゃなかったのか。
「澪の所在を聞き出したいし、御町内が消滅するのも困る」
「みお?」
「さんずいに零」
「漢字ですか?」
「妹だよ」
渋々、といった感じで元の形状に戻している。
神薙さんを野放しにしておくのは考えものだ。
21世紀なのに、祓い屋なんて仕事をしてる。
商売柄、感覚が違うのかも。
「まったく、おかしな人です」
「そんな言い方は」
「ちょっとズレてるんですね」
逆に、こちらが心配された。
『ズレてる』と、お小言をもらうことは多い。
まさか、こんなに若い娘にまで言われるとは。
「悪霊は不定形な存在です。妹さんの姿を借りるには、妹さんを生かしておく必要があるのです。生きているでしょう。ただし。死んだほうがマシ、いっそ殺して。そんな方法で命だけ繋ぎ留められている可能性もある。正気かどうか、そこまでは保証できかねます」
淡々とした語り口、やけに説得力のある説明。
解決を急ぐのには、彼女なりの理由があった。
その理由が浪漫の追求じゃ困るけど。
キッチン消火器を拾い上げて、振る。
まだ半分ほど中身が残っていそうだ。
「準備、できました」
「わかった、急ごう」
壁の一点を指さす。
神薙さんが一つ頷き、間髪入れず引き金を絞り込んだ。
ビッ シュ―――ン!
高出力レーザー光が迸る!!
が。
階段を駆け下りていく物音が聞こえてきた。
「残念、外れました」
「待ち伏せしてたな」
「すみません、穴が」
一箇所増えても、叱られるのは同じだろう。
あちこち穴が開いている。
シュ――
壁の穴を、念入りに消火。
担当が地味だ……滅入る。
よし。
立派に自宅を焼失から守った。
この状況下、よくやっている。
自分で自分を褒めてあげたい。
「穴が、空きました」
「あ、続き? それ、あちこち穴だらけにしてから言われても」