❶ 祓い屋、神薙。
来客を告げるチャイム。
扉を開くと少女が一人。
おかっぱ頭で笑顔の子。
「カンナ。祓い屋です」
「カンナ……?」
「私の名前です」
手渡された名刺。
祓い屋、神薙、それだけ書いてある。
「あっ、すみません。 ……神薙さん」
祓い屋。
除霊などを生業とする人々の総称だ。
数日前から、うちの妹はおかしくなっている。思春期や反抗期、そんな言葉では説明できない行動や言動が続き、精神的に参った両親が親戚に相談すると、お祓いを勧められたそうだ。
半信半疑で依頼していたようだが……
妹の友達なのかと思った。
制服が違う、それよりも。
「それは……?」
呪術的行為の媒体となる、祭祀具の一種だろうか?
金属製の奇妙な道具を持っている。
「闇の住人を祓うものは?」
「闇を、払う? 光、かな」
「精神力です」
……根性論?
「そんな時代は終わりました」
「え、さっきの続き?」
「これは、闇を撃ち祓う耀光」
科学技術は進歩した。
まじないも現代風か。
「ビームライフルです」
「ぇ、今……なんて?」
「 ビ ー ム ラ イ フ ル 」
思いのほか宇宙世紀だ……
神薙と名乗った少女は居間にあがると淡々と下準備を始めた。身の丈ほどもある金属塊が組み上がっていく。完成形は小柄な容姿に不似合いなほど巨大なものだと容易に想像できた、が……結局、元通りのビームライフルに戻った。
ここ数日の妹の状態を話すが質問は無い。
無言のまま何度か頷く、その程度だった。
最後。
名刺を見て「神薙」と呟くと顔を上げた。
「神薙、珍しい苗字だね」
「これは寺の住職が付けた名、苗字は知りません。この特異体質が原因で幼いころ親をなくし、以来、手伝いながら居候しています」
「名前か……特異体質?」
少女は額をポリポリ掻いた。
握ったままの手から、なにかを渡される。
ぎゅっと握らされて、トントン突かれた。
開いて、見てみろ、ということだろうか。
「え、なにを……手品?」
手を開いて、仰天した。
手の中からギョロリと睨む、眼球。
「鬼に穿られて、左は義眼。現場に居合わせた両親が住職へ連絡し、到着したときには私しかいなかったそうです。逃げ出したのかもしれませんが、それも無理からぬことと思います。以来、この世ならざる者が視える。この左目は異界を映すのです」
「エピソード、重すぎる」
義眼。
漠然と球形だと思っていたが、ドールアイのような形状。どういう仕組みなのか右目と一緒に動いてすらいた。この短時間で見抜くのは難しい、という印象。
鬼に片目と両親を奪われて、鬼退治をする少女。
まるで漫画みたいな話、そんな人がいるなんて。
それにしても。
苗字と名前を間違えた、ただの勘違いだ。
それなのに、ここまで話が錯綜するとは。
「あ、結婚すれば相手の苗字になるのか」
「は?」
「日本なら、夫婦どちらかの苗字になる」
義眼を押し込みながら深い溜息をついた。
「詮索するなと釘をさしたつもりでしたが」
「す、すみません」
メンテナンスを再開。
しばらく沈黙が続く。
「結婚で苗字とは、考えもしませんでした」
「あ、さっきの話?」
不意に引き結んでいた口から、「コンセント」と耳慣れた単語が出てきて驚く。意表を突かれて「え?」と聞き返すと、壁の一部を指さし「お借りできますか」と静かに問われたので、頷く。
充電池らしき黒い物体を、コンセントに押し込む。
途端、プツンと暗転した。
「ブレーカーが……」
かなり電気を喰うものらしい。
「予備バッテリーを持参しました」
「準備万端だ」
「屋外ですることもありますから」
スーツケースから予備をドスンと取り出す。
自動車用のバッテリーに見える。
バッテリーにケーブルを接続し、リュックに入れて背負った。ビームライフルを携帯するためにスリングを装着、たすき掛けして、すっくと立ち上がった少女は、なんだか少々斜めに傾いで見えた。
「妹さんのところっとっ…とっ!」
「おいおい、な、なんだこれ重!」
「だから、予備の電源です」
「ちんちくりんで重さに負けてる」
「失敬な方ですね」
妹よりずっと低い位置にムッとした顔がある。
小柄と感じていたが中学生だろうか?
その体格、この荷物では重量過多だ。
ヒョイとリュックを取り上げると一瞬だけ抗議しそうな雰囲気、そしてポカンと呆気にとられたように口を半分だけ開いた。「あっち」と声をかけると「行きましょう」と慌ててついてきた。
階段を上って二階の奥、扉の前。
少女は右目を手のひらで覆うと、見えないはずの義眼がはまった左目を絞って、その向こうを覗くように集中を高めていく。
それが、5秒ほど。
それから、落胆して、溜息をついた。
「妹さんはいないようです」
「そんなはずは……」
「ここには雑魚が一匹だけ」
言いながらビームライフルを抱える。
ビッ シュ―――ン!
光芒一閃、扉越しに一発ブッ放した。
絶句しているうちに一瞬で穴を穿つ。
みるみる拡がり、燃えあがった。
薄っぺらい合板を貼り合わせた扉など、ひとたまりもない熱量だった。