イカ相当、イカ以上。
海鮮物を嫌う人は、世の中に山ほど存在する。そのうちの一人が、晴喜と対面して座っている美英だ。
美英は根っからの海鮮物嫌いで、タコ、エビ、イカと、挙げ出せばきりがない。海鮮丼は論外で、味はもちろん触感やにおいまで嫌悪しているという中々のものである。
なお、えびせんは大好物。美英曰く、『お菓子は例外』だそうだ。
晴喜と美英は、レストランに来ている。中学校からのよしみで、高校生となった今でも月に一度は一緒に外食をする仲だ。
美英が注文したのは何やら具材が大量に入っているパスタで、晴喜はからあげ丼。茶色一色で生きてきた晴喜として、揚げ物は外せない。
「……健康に悪いよ? 野菜と果物も取らないと」
先に到着した揚げ物の大将に顔が引き攣って、苦笑いをしている美英。その気持ちは、分からないでもない。何しろ、一年間晴喜が頼むものが変わっていないのだ。それは呆れる気にもなる。
「月に一度くらい、許してくれよー」
しかししかし、晴喜にとっては待ちわびた自由に食事が選択できる唯一の日なのだ。意志を尊重してもらいたい。
「そんなに毎月唐揚げばっかりで、飽きない?」
「全っ然」
飽きるわけがない。肉は、正義だ。油は、誰にも貫けぬ盾だ。
ウエイトレスが、美英が注文したパスタをお盆に乗せて運んできた。
黙々とからあげ丼に食いついていた晴喜だったが、パスタをフォークで突いて食材を探っていた美英の顔色が、どんどん悪くなっていく。
「……お腹いっぱいか?」
「まだ何も食べてない。……そうじゃなくて」
冗談を交えながら、話は進む。
「えーっと、イカが大量に入ってて……」
なるほど、美英が絶望していたわけだ。アレルギー食材の欄に記載があったはずなのだが、無頓着な彼女はスルーしてしまったということか。
小学校の給食で、わがままを言って教師に注意されたことは一度や二度ではない。最初の分だけでも我慢して残さず食べろ、と強制的に食べさせられる。
とはいえど、それで苦手が克服できるわけではない。嫌いなものは、何年経っても嫌いなもののままだ。
「……晴喜、良かったら食べる……」
美英の声は、もう形を成していなかった。顔は紅潮し、口元は手で覆われていた。
断っておくが、晴喜は美英と恋人関係などではない。歴の長い友人、それだけだ。
「……残すのも悪いよな」
パスタは、まだ手付かずだ。間接キスにはならない。そのことは分かっているはずなのに、無性にどぎまぎとしてくる。
「……イカをフォークに出来るだけ乗せるから、零れ落ちる前に食べちゃって?」
イカの山がのしかかっているフォークを右手に持った美英が、不安定なそれを晴喜の顔の高さまで持ってきた。
……直接!?
別の容器に一旦移し替える方法が恥ずかしくなく、それでいて手っ取り早いはずだ。思い上がる余り、気付かなかったのだろうか。
理由は何にせよ、晴喜に出来ることは目の前に運ばれたイカの塊を口の中に入れる事だけだった。
「……どう、おいしい?」
「……イカだな」
「あたりまえだなぁ」
手作り料理でもなければ、特段美味しい訳でもない。
それでも、目には見えない特製のスパイスが降りかかっているように思えた。
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