旅路〜砕けた剣を〜
冒険者よ……よくぞこの街を守ってくれた。
そなたには報酬として、これを授けよう。
そう言って渡された袋を開けると、剣身が粉々に砕けた剣が入っていた。
元々は、さぞや名のある剣だったのかもしれないが、折れてしまってはもはや価値もない。
剣は、よく切れてこその剣だ。
錆びた剣、折れた剣、砕けた剣。
そう言うものを品評する人がいるのは知っている。
だが、学のない冒険者である俺には、理解できない世界だった。
せめて資金に替えようと、商人に見せた。
「お客様、こんな(高価な)品物、うちでは取り扱いできません!」
そう言って断られた。
俺としては、二束三文でも構わなかったのだが、その価値さえもないらしい。
鍛冶師に見せてみた。
「こいつぁ、おれの手にあまるぁ。どうしてもってんなら、霊峰にでもいくんだな!」
そう言って、その鍛冶師の師匠の師匠の師匠の師匠……要するに、すごい偉いらしい人への紹介状を書いてもらった。
別に俺としては「どうしても」というわけじゃない。
だがちょうど、冒険に一段落ついて暇だったのも事実だった。
霊峰というのは、この国……この世界でも有数の、鍛冶師が集まる街だ。
行ったことはないのだが、あらゆる伝説級の武具は、その山で生まれる。という逸話すらあるらしい。
一人の冒険者として、俺も武具にはこだわりがある。
今まで使っていたこの剣も、いい加減に草臥れてきた。
せっかくだから霊峰で武器を新調するついでに、この剣を見てもらうことにしよう。
なんだったら、そこでこれを、預かってもらってもいい。
歴史的遺物なんかは、俺が持つよりももっと相応しい人がいるはずだから。
そんなわけで、馬車を乗り継いで霊峰の麓へと向かう。
雲よりも遙かに高く、そびえ立つこの山は、天の世界に一番近い場所とされている。
天界より降り注ぐ霊力は、まずこの山に降り注ぎ、それから地上に流れていくらしい。
鍛冶師達はその純粋な霊力を求めてこの山に集まったのだとか。
そんなわけで山を登ることにした。
一人で登っても構わなかったのだが、せっかくなので登山希望者の護衛も兼ねることにした。
この山では、霊力の濃度が高いこともあり、様々な霊獣が現れる。
霊峰を登りたいが、危険な霊獣には対処できない。という人は多いようで、冒険者の需要はそれなりにある。
その中で俺は、頂上近くまで向かいたいという鍛冶師見習いの護衛を受けることにした。
霊峰の登山は、数日から数週間かけて、ゆっくりと行われる。
酸素濃度や霊力濃度の変化に身体を慣らす必要があるからだ。
道中では霊獣のなり損ないみたいな化け物に何度も襲われたし、頂上に近づくほどに道は険しくなり、崖登りのようなことも、何度も要求された。
俺一人でも大変なのだが、今回は護衛対象までいる。
だが仕事であることを別としても、そもそも道案内は一任している関係で、見捨てるわけにもいかない。
そんなわけで丸々三週間かけて、俺たちは頂上近くまで登り切った。
依頼者は、その手前の小さな集落に住む、仙人みたいな鍛冶師に用があったらしい。
最後に頂上までの道のりだけ聞いて、そこで別れることになった。
独りきりで、切り立つ山を、よじ登る。
強烈な霊風に耐えながら、一歩ずつ、確実に……
そうして半日の間、足を動かし続けていると、不意に風が止み、景色が切り替わる。
「ここが……霊峰」
荒れ狂う天候が嘘のように晴れていた。
木製の小屋が点在する、小さな村が、そこにはあった。
どこにでもありそうな、なんの特徴もない平和な村。
背後から、霊風が轟々と吹き下ろしていなければ、こんな村が特別な場所だとは思いもしないだろう。
綺麗に舗装された道を歩いて、村の中心へと向かう。
途中、鍬を持って土を耕している少年を見かけたので、声をかけることにした。
「あのう! すいませんが!」
男の子は、俺の声に驚いた反応をして、返事もせずに村の中へと走り去った。
しばらく待つと、ぞろぞろと、建物の中から様々な人が姿を現した。
ひげの長い、仙人のような老人から、まだ十代にも見える若い女性まで。
興味深げに遠くから、俺のことを観察しているようだった。
そんな中、さっきの少年が警戒した様子で俺の元へと近づいてくる。
「お客様? それとも……敵?」
「敵ではありません。紹介されてきたものです」
そう言いながら、鞄にしまっていた紹介状を取り出して、手渡した。
少年は、目をこらしながらそれを見て、頷いてから振り返り、大きく手を振った。
緊張しながら俺たちのことを観察していた村人達が、安堵した様子が見えた。
「えっと……僕の弟子の、弟子の弟子の弟子の……弟子? からの紹介みたいだけど、まあそれはそれとして、砕けた宝剣を持ってきたんだって?」
「ああ……って、あんたがその、大師匠だったのか? ずいぶんとその……若いんだな」
「まあ見た目はね。それで、その剣はどこに?」
「この袋に入っている。とは言っても、ここまで砕けてたら、どうにもならないと思うけどな」
剣の柄と、砕けた破片が詰められた袋を手渡すと、鍛冶師の少年は中身を確認し、見るからにウキウキとした表情に。
「これを、僕が治してもいいのかい!?」
「別に構わないが、出来るのか……というか、意味があるのか?」
「意味はあるよ! だってこの剣には、歴史がある! さぞや過酷な戦いを勝ち抜いてきたんだと思う! すごいよ、この剣は! ここまで砕けても、まだ『戦いたい』って叫んでいるみたいだもの!」
……なんだかよくわからないが、この剣はすごい剣だったらしい。
いや、なんとなくすごそうだってことは、わかっていたことではあるのだが。
「それなら、ここまで持ってきた甲斐があったってもんだが……けど俺は、俺のこの剣が気に入っているからな……」
そう。
俺がこの伝説の剣とやらを持て余していたのは、たとえこの剣が砕けていなくても、簡単に乗り換えるつもりがなかったことに原因がある。
長年ともに戦ってきた相棒を、すごい剣が手に入ったからというだけで捨てる気には、どうしてもならなかった。
「そっか、一途なんだね、君は。でもだからこそ、君こそこの宝剣を持つに相応しいと思うんだ」
「だが俺は、二刀で戦う技術はない。戦いの中で、使いもしない剣を持ち歩くような余裕もない」
予備の剣を持ち歩いていたかつての仲間が、その剣の重さに足を取られて命を失うのを、俺は今まで何度も見てきた。
俺自身、似たような状況で命を失いかけたことが何度かある。
だから俺は、いざとなったらそれが伝説の宝剣であろうと、投げ捨てるつもりでいる。
そんな俺よりも、この剣を持つに相応しい人間は他にいるはずだ……
「だったら……これは僕からの提案なんだけど。君の剣とこの宝剣を、合成するっていうのはどう?」
「合成……?」
合成というのは、鍛冶師にだけ可能な、武器同士を融合させる技術のことだ。
それは俺でも知っている。現に俺のこの剣も、数多の武器を合成させて作られている。
だが、武器というのは無限に合成できるわけじゃない。
回数を重ねるごとに成功率は下がる。
武器のレベルが高いほどに、成功率は下がる。
この剣は「これ以上は無理だ」と言う鍛冶師にさらに無茶を重ねさせて、奇跡的に成功させた代物だ。
「そうだよ、まずは僕が、砕けたこれを、修復する。そしてそれを、君の武器に合成させる」
「……」
「大丈夫、僕の腕を信じてよ! 何せ僕は、霊峰の鍛冶師だよ」
「……いや、それでも俺は」
「君のその剣は、確かにすごい。だけどその剣自身が、もっと強くなりたいと望んでいる! それなのに、持ち主の君がそれを阻むのかい!?」
「無茶苦茶なことを言いやがる……」
剣が言葉を話すはずがない。
比喩として、俺に決断させるために言っているに決まっている。
そんなことはわかっているのに、そう言われて改めて俺の剣を見ると、本当に「私に任せて」と言っているように見える……
鍛冶師は、それ以上何も言ってこなかった。
じっくりと、一分以上、黙って考えた。
そして、結論を出す。
「わかった……お前と、俺の剣を信じることにする」
「その言葉、その決意……後悔はさせないよ!」
砕けた剣と、俺の相棒。
それらを預けた俺は、一晩この村で過ごすことになった。
相棒と離れて丸腰になるのは、はたしていつぶりのことだろうか。
この村は危険とは無縁の場所だということはわかっている。
それでもそわそわと落ち着かず、急遽用意された客人用の小さな建物で、浅い眠りについた。
久しぶりに、夢を見た。
それは俺が、俺の剣を初めて握った日の夢だった。
俺の剣の師匠から、免許皆伝の証として受け取った剣。
壊れたら取り替えろ。壊すぐらいの気持ちで使い込め。
師匠はそう言っていたけれど、大切に使い続けた。
毎日手入れを怠らず、強化に強化を重ね、いつしか俺の、唯一無二の、かけがえのない相棒になった。
「私、もっと強くなるよ!」
夢の中の相棒は、最後にそう言って姿を消した。
ドタドタと、慌ただしい音に目を覚ます。
扉を開けて外に出ると、ちょうど鍛冶師の少年が、走り寄ってくるところだった。
剣が入りそうな木箱を抱えた彼は、俺の前で息を切らして立ち止まる。
「ごめんなさい……剣士さん」
今まで鍛錬していたのだろうか。
すすにまみれた顔の彼は、俺の目の前で勢いよく頭を下げた。
「どうした……まさか」
まさか、合成に失敗したのか!?
だとしたら、俺はお前を許すことは出来ない! と、思っていたら、少年は木箱を恭しく開けた。
そこには、見まごうことなき俺の剣が、明らかに数段階、強くなった姿で収められていた。
「ごめんなさい……あの、合成には成功したのですが……」
「……何か問題が起きたのか?」
恐る恐る、剣に手を伸ばし、掴み上げる。
「その、覚醒させてしまいました。ごめんなさい……」
「覚醒?」
「はい、剣の意識を。二つとも……」
剣を握った瞬間に、光り輝く小さな二色の球体が、俺の周りを飛び回った。
「主様! 私、強くなりました!」
「これがあんたのご主人様? なるほどなかなかいい男じゃないの!」
「ちょっと、主様は、私のだから! あんたなんかには、あげないんだから!」
「だったら私はこの人の彼女に立候補しようかな……ご主人様枠は、あなたにあげるから」
球体達は騒がしく楽しげに、持ち主であるところの俺を無視して話し合っていた。
緑色の光は、俺の剣の意識なのだろう。
青色の光は……この子は知らないが、もしかしたら砕けた剣の意識なのかもしれない。
なんとなく状況を察した俺は、鍛冶師の少年を睨み付ける。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんです。ただ僕の腕が、僕が想定する以上に凄まじかったみたいで……てへっ」