第4話 波乱
本部 19時27分
なんとか…間に合った…。まさか身分証をなくしていたとは。これはさすがに想定外。再発行の手続きでだいぶ時間を取られた。
何とか、隊服に着替え、会議室の奥のドアから入る。
「あれ、ニジじゃーん」
「珍しいなこんなぎりぎりに来るなんて」
「るせぇ」
カノンのでかい声のせいで、会議室にいる隊員全員の注目を集めてしまった。居たたまれないなと思いながら、自分の席に着く。
「めずらしいな、虹大が遅刻しかけるなんて。」
「いえ、あの…すんません閻斗さん」
「気にしないで。まだ始まってないし」
「はっ、中級隊員だろてめー。中級ならもっと早く来いよ。」
火迦命閻斗の奥で、机の上に足を載せながら椅子を傾けている態度の悪い奴。
コイツは火迦命瀬央。
閻斗隊員のいとこらしい。容姿が死神みたいだからこう呼ばれてる“赤い死神”と。なんでも顔が隠れるぐらいの髪にクマが酷く、やつれている顔立ちしているせいらしい。
そのせいか、化ケ物共を狩るさまも不気味で、そう呼ばれるようになったらしい。
「おやおや、いけませんねえ。そんな態度はよくありませんよ。瀬央。」
愉快そうに話すこの人は十弁天杓吾。
十弁天隊長の叔父にあたる人であり、組織一の恐い人。(俺はそう思う)権力に興味なく、化ケ物を狩ることにしか興味がない。いつもニコニコしているけど、その笑顔はいつも笑ってなくて、何かを見定めるように視ている。
まるで獲物を狙い定めるトンビみたいに。だからか、狙われている餌のような感じがして生きた心地がしない。ダントツで一緒に行動はしたくない人である。
「おい、そこうるさい」
俺の後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ると十弁天藍蘭がいた。十弁天藍蘭を視認した隊員は皆立ち上がり、敬礼をする。俺もその一人である。
例外はあるがそれはそれ。
「直れ」
手で軽くあしらいながら自分の席に座る十弁天。
「やあ、藍蘭。」
「おや、叔父貴も参加するのですか?」
「何やら面白いことがあるのではないかと思ってね、久しぶりに顔を出したのですが…ダメですねえ。最近の討伐履歴見ましたが、中級すらまともに狩ることのできない者ばかりでいけませんねえ。久々に儂が直に手ほどきしようかねえ」
「はっ、言えてるなア。しかも、時間にルーズなやつばっか。こんなんじゃ高がしれてるよなぁ?紫之宮ぁ?」
杓吾の言葉に揃えて、なにかと難癖をつけては絡む瀬央が嫌いなのは周知のことである。さすがにそれはおかしいと思ったカノンが口を挟む。
「ちょっと、そこまで言わなくてもいいんじゃないですか?」
「てめーに言われたくねーよ、カス」
「ちょ」
キレそうなカノンをアオが何とか抑えている。
「ちょっとまあまあ、ミーティングが進まないので、静かにしましょう、ね。」
閻斗が場をなだめようとすると瀬央はさらに暴走した。
「うるせー、落ちこぼれのてめーにだけは言われたくねーよ」
その一言で場が凍ったのは言うまでもない。一人悪態をつく瀬央。閻斗はただ黙り込んだ。
火迦命家は飛鳥時代より代々続く、「火」を力とする一族である。一族は皆、火を扱うのだが、閻斗さんは火を受け継げなかった。一族の中で唯一「火」を持たないのである。
そのせいか、昔から家との折り合いは悪く、虐待に近い行動もあったらしい。
「ハッ、お得意のだんまりかよ!!なあ、なんか言えって!」
机を蹴っ飛ばしさらに悪態をつく瀬央。それでも、閻斗は何も言わない。何も反抗しないことにイラついたのか瀬央は武器を取り出し、切りかかろうとする。
した。
ほんの一瞬。
この場にいた誰もがもこの状況を把握しきれていない。今にもとびかかろうとしていた瀬央はいつの間にか床に倒れてた。正確には、十弁天藍蘭によって押し付けられていたのだ。
正当防衛しようとした閻斗は十弁天杓吾に腕を抑えられている。
「いやあ、青い。青いねえ。」
愉快そうに笑う杓吾に対して、藍蘭は瀬央の首と胴を押さえつけ、冷たい目で睨んでいる。
目の瞳孔が開ききっている。
「うるさい。黙って、席に着け。」
「だって!」
瀬央が何かを言おうとした。しかし、次の言葉を発する前に、杓吾に口をふさがれた。
「そろそろ黙らんか瀬央。これ以上勝手な行動をするなら、八咫烏をやめるんだな。」
顔は、目は、口は笑っている。だけど、杓吾の威圧は凄まじいものだった。近くにいるとその威圧につぶされてしまいそうだった。
遠くに離れたカノンやアオでも顔を上げられず、冷汗だけをかいている。
「叔父貴、それぐらいにしてくれませんか。叔父貴の威圧で倒れる寸前の人ばかり…というか、すでに何人かは倒れてますね」
「おっと、年甲斐もなくはしゃいでしまったかな」
「叔父貴もいい年なんですから。それじゃ、席に着いて。ミーティングを始めるぞ」
何もなかったかのように十弁天の二人は席に着いた。それに習って気絶してない人たちも座る。瀬央がバツ悪そうに席に座った所で、やっと始まった。