第三話 俺たちの保護者2
20階
足がものすごく重い。科学班には嫌な思い出しかないのでできるだけすぐに直帰したかった。
「直帰したかったって顔に書いてますねえ」
「ははは、今まで行かなかったツケが回ってきたんだよ」
「そう笑いながら言ってるけどアオ、お前も行ってないんだろ。膝笑ってるぞ」
「ははは、いやだなあ…いやね…」
アオに話題降らなきゃよかったと後悔した時にはすでに遅し、辺り一帯が暗くどんよりしている。
「ま、落ち込むなよ、アオ!すぐ終わるでしょ!ていうかどれぐらい行ってなかったの?」
きょとんとした顔で純粋に聞いてくるカノンの目を直視できない俺たちは、目をそらしながらそれぞれ答えた。
「俺は2か月」
「あ~…僕は…8か月…」
「は?」
カノンのキョトンとした顔はすぐさま鬼のようになったのは想像するまでもない。
腕を掴まれ、科学班のラボまで連れて行こうとしている。俺らはどう言い訳しようか考える間もなく、扉が開かれた。
その扉の向こうにいたのは、科学班の束ねる班長、鼓滝廉太郎。名前と体はいかつい。だけど性格がみんなの頼れるオネエであり、この組織において、鼓滝ほどまっとうな人間はいない。ただまあ苦手とする人…。
「久しぶり!れんちゃん!!」
「あらまあ、この声はカノンちゃん。定期検査は一昨日やったばかりでしょう?」
「今日はね、このさぼり二人連れてきました」
「あっらーーーーーーー、前回の定期健診から2か月と13日来なかった人と、8か月20日来なかった二人組じゃなーーーーーい。」
2人を見ると否や抱きついてきた。男の腕にアオと俺2人が抱きしめられているだけでも地獄絵図なのに、更に振り回される。ビュンビュンと風を切るぐらいの勢いでまわされている。
だんだん…酔って…きた…。アオはすでに顔面蒼白。俺もそろそろ限界。
「あの班長、二人とも顔真っ青です」
「あら、ごめんなさいね、うれし過ぎちゃって、抑えきれなかったわ」
「もしもーし、生きてる?大丈夫?」
「忙しかった…んです…」
「あ、そうそう僕も僕も」
「アオちゃんは絶対違うでしょ。ニジちゃんはまあ…仕方ないか。」
仕方ないって思うんなら俺の頬をつんつんするのやめてほしい。言葉と行動が一致してないぞ、この男。
「んまあ、とりあえず始めましょ。あそこに横になりなさい。まずはアオちゃんからよ。」
「うぇ…」
指示に従うままに横になりCTスキャンを受けているアオを眺める。
「ニジちゃんは特に調子悪い所はなさそうね」
「…」
「だんまりはよくないわよ。でもまあ、アナタのことだから特に気にしていないわ。」
「だったら、どうして俺を他のみんなの様に定期健診を受けさせるんですか」
廉太郎を見る紫之宮の瞳にはひとかけらの光もなくただ深い闇が広がっていた。そこにあるのは憎悪の二文字だけだった。
「せめてもの罪滅ぼしよ。だからこうして、ニジちゃんと会話して、その心の傷をすこしでも癒したいのよ」
「…」
「いいのいいの、アナタが科学班を恨んでいるのはよくわかっている。だけどね、アタシはただ一人の人間として、アナタのことが心配なのよ。」
頭を優しくなでる。
「アナタはまだ子供だから、大人であるアタシ達がちゃんと見てやらないとダメでしょう。それが大人の責任っていうものでしょ。」
「…何恥ずかしいことをさらっと言ってるんですか」
直球に感情がこもった言葉を向けられると直視することができなくて廉太郎がいない方を向く。
「んふふ、これが“恥ずかしい”って感情よ。」
アオの検査が終わり、俺らは帰宅する。
カノンはお迎えが来ているので、アオと二人大手町駅に向かう。渋谷で乗り換えるアオを見送り、渋谷のさらに奥の方まで行く。
自宅の最寄り駅に着き、しばらく歩く。この辺りは元々丘だったらしい。そのせいか傾斜がきつい坂ばかり。そんな坂を5つ上った先にある古びたアパート。
ここが俺らの家。
「ただいま」
8畳半の広さを持つ部屋には何もない。
途中のコンビニで買った弁当を一人食べて寝る。
仁科の家を信用してない。
あの組織も信用してない。
だからこうして誰もいない土地で生活をする。
毎晩、掃討に駆り出され、夜遅くに帰ってきて、畳の上に寝転がればそのまま寝落ちしてしまう。
それが俺の毎日。