かくれんぼと巨乳美人なお姉さん
こんな山奥のホテルに来る意味があったのかって? 好きなんだよ、この雰囲気。君は嫌いかい? 静かでいいと思うんだけどな。
それじゃあ始めようか。「何を?」って、分かってるくせに。そんな顔をしないでくれよ。怖いっていうのは分かるけど、どの道もう逃げられないんだからさ。
でも、そんなに緊張しているなら少し話をしようか。昔ね、とある経験をして僕はこうなってしまったんだ。
小学校の六年生になったとき、友人の一人にかくれんぼを極めようって言われたんだ。よくある子供の突拍子のない思い付きだよ。君だってそういう経験があるんじゃないの? ないんだ。やっぱり男女で違ってくるものなんだな。
僕がいた五人グループはノリがよかったから、全員がそれに乗ったんだ。いろいろ試したよ。大きな公園でやってみたり街中でやってみたり。いろいろルールをつけ足したりしてね。
その一環として、夜の公園でやろうってなったんだ。それで僕らは夜の公園に行ったんだよ。大きな池のある公園でね。夜に行った子供がよく池に落ちる事故が起こってた。当然親がそこに行くことを許すはずもないから、いろいろ嘘を吐いて決行したんだ。
それで僕はじゃんけんに勝ったから隠れる側だった。スパッと四人勝ちでね。鬼になった奴の顔は面白かったよ。
「もういいかい」や「もういいよ」って学年が上がると言わなくなるよね。声がした方で大体どこにいるか分かっちゃうから。もちろん僕らはかくれんぼを極める気だったから、隠れ始めて一分で鬼が動き始めようってなったんだ。
で、僕は隠れた。公園の隅の方にちょうどいい繁みがあったからね。そこの裏に身を隠した。夏場だったら虫がすごかっただろうけど、冬だったからたかられたり刺されたりすることはなかった。
寒かったけどね。でもさすがに準備はしてたよ。たしか厚手のダウンを着てたね。
それから一分経ったくらいかな。こっちに向かってくる足音がしたんだ。鬼のスタート地点は公園の真ん中の広場だったから、あいつにしては早いな、なんてことを考えてたんだ。
足音はぐんぐん近づいてくる。まるで僕がそこにいることを知ってるみたいにさ。で、僕はそいつに覗き込まれてたんだ。薄手の白いワンピースを着た、すごい綺麗な女の人だったよ。
一番に目に入ったのは大きな胸だったなぁ。何カップだったんだろ? Cではなかったね。DかEかな。君と同じくらいだよ。そうそう。さらさらの長い黒髪とか、長身でスラっとした体形も君と同じ。やっぱり印象に残ってるんだなって思うよ。
とにかく、当時思春期に入りたてだった僕には衝撃的だったよ。夜でよかった。絶対顔が真っ赤になってたからさ。
「みぃつけた」
その女の人は言うんだ。かくれんぼをしてるってことを知ってるみたいに。
「誰ですか?」
「あなたと同じ。かくれんぼしてるの」
大人が? こんな時間に? 同い年の女子にだって、かくれんぼなんて子供っぽい遊びやってられないって言う奴がいるくらいなのに。
「私もそこに隠れていい?」
いろいろとおかしかったんだけど、とにかく圧倒されちゃって僕は頷いたんだ。胸元の見えるワンピースで、そこを強調するようなポーズをするしさ。それで女は僕の隣に屈みこんだよ。
「お姉さんのことはチサトって呼んで」
って言いながらね。坊やの名前も教えてって言われたから、僕はうかつにも本名を名乗ったんだ。今思うと不用心だったな。
で、チサトは僕のことをいろいろ聞いてきた。聞かれるままに答えたよ。学校のこととか、友人のこととか。サッカーやってるって言ったら嬉しそうに笑ってたな。スリムで恰好いいねって言われた。僕も嬉しかったよ。
そうしてしばらく話してたんだ。そしたら段々、チサトの様子がおかしくなってね。
ボディータッチをしてくるようになったんだ。最初は手。うっかり触れちゃったみたいな感じで。ごめんって謝ってた。そこで少し違和感を覚えた。次に足。サッカーやってるって話の後かな。立派な足だって撫でてくるんだよ。そこで違和感の正体がはっきりした。
冷たいんだよ、チサトの手。たしかに冬だよ。でもそれで冷えたにしては過剰だった。僕は厚いダウンを着て、それでも少し寒いくらいだった。チサトは薄いワンピース。それこそ夏にきるようなやつ。寒いに決まってるよね。
でも、チサト自身はさむがってる様子がないんだ。震えたりもしてない。それが妙だから、口に出して聞いたよ。
「手、冷たくない?」ってね。
そしたらチサトは冗談めかしく言うんだ。
「そうね。少し冷えてきちゃった。触れあって温めあおうか?」
そうして両手をこっちに広げてくるんだよね。その時の目つきはちょっと怖かったよ。母さんがいないときに、父さんがパソコンを見てるのと同じ目だった。
僕はちょっと引いたよ。それを察したのか、チサトはすぐに謝ってきた。でも、それじゃ取り繕えないくらい僕はチサトに不信感を抱いてたんだ。変質者の痴女かと思った。
さすがにまずいなって思った時。こっちに向かって歩いてくる足音が聞こえたんだ。鬼が来たのかなって思った。僕が助けを呼ぼうかと思って口を開きかけた瞬間。チサトが僕の口を手でふさいだんだ。
「顔を出しちゃダメ!」
小声だったけど語気は強かった。それに力も強くてさ。その柔らかいけど冷たい体に、すごい力で押し付けられてたんだ。逆らったら何されるか分からないから、抵抗しなかった。そしたら少し違和感に気付いてね。
聞こえる足音が何かおかしいんだ。ぴちゃぴちゃって、歩くたびに水音みたいなものが聞こえる。ここ数日雨は降っていなかったし、濡れることなんてない。
池に入ったり落ちたりはしないだろうし。万が一そうだったら寒くて仕方ないだろうから、帰ろうってスマホに連絡を入れると思うしね。
そう考えたら背筋がすっと寒くなった。この近くを歩き回ってるのは一体誰なんだ?
ぴちゃ、ぴちゃって音がひどく不規則に鳴りながら、こっちに近づいてくる。僕はもう怖くて仕方なかった。でも、チサトはそんな僕の背中をさすって小声で「大丈夫」って言い続けてくれたんだ。
極限状態でそういう言葉をかけてもらえると本当に安心するんだ。得体は知れないけどチサトは味方かもしれない。そう考えたら、冷たくてもその柔らかい体が心地よく感じたね。
で、しばらくそうしていたら足音はだんだんと遠ざかっていったんだ。僕とチサトはホッと胸をなでおろした。
「あれは何なの?」
「昔池で溺れ死んだ怖いお化けよ。捕まったら危ないの。分かったらこのまま帰りなさい」
チサトは僕にそう言うんだ。嘘を言ってる様子もなかった。チサトを信用した方がいいって思ったから、僕は素直に従おうとした。
「でも、他に友達がいるんだ」
放って僕だけ帰るわけにはいかない。
「大丈夫。私が守ってあげるから」
チサトは少し自信がなさそうな声で言った。
「分かった。お願いします」
「ふふ。任せて」
チサトは上品に笑った後、僕を抱きしめた。もう冷たい体も嫌な感じはしなかった。むしろ緊張感のないことに、僕は興奮してしまってね。なにせチサトの豊満な胸が、ちょうど僕の顔に押し付けられる形だったから。
たっぷり三十秒くらいそうして僕たちは別れた。で、その感触に悶々としながら公園を出たんだよね。もちろん友達にはグループ通話で連絡を入れたよ。
「不審者がいるみたいだから近くのコンビニに避難しとく。みんなも早く公園を出た方がいい」ってね。
三人からは応答があった。で、コンビニまで避難してきたんだ。そのうちの一人は、あのお化けの姿を見てたらしくてひどく取り乱してたよ。
水滴の滴り落ちる死体が歩き回ってたって言ってた。もう一人はチサトの姿を見てたって言ってた。でも彼女を不審者と勘違いしたらしくて、全速力で逃げてきてた。結果オーライではあったね。
でも、一人だけ。鬼になったやつだけは通話に出なかったし、コンビニにも来なかった。四人で探しに行くかって話になったけど、僕とお化けを見た奴が反対した。自分でも薄情だと思ったけど、もう一度公園に行ったら生きて帰れない気がしたんだ。
まあ、その予感は当たってたよ。
次の日。そいつは学校に来なかった。家にも帰ってないって大騒ぎになった。僕らが遊んでたってこともバレて、とんでもないくらい怒られたよ。
そいつは結局公園の池で溺れてたみたいでね。水死体として発見された。「あいつ」に捕まったんだって思った。大人たちは足を滑らせて池に落ちたって思ったみたいだけど、絶対に違う。
気になった僕らはみんなで公園にまつわる事件を調べてみたんだよ。でも、昔から子供がよく溺れる池だってこと以外分からなかった。
ああ、でも一つだけ。亡くなった子供の母親が一人、池で後追い自殺をしたらしいんだ。僕はそれがチサトなんじゃないかって思ってる。
もう一度会いたかったな。でも、さすがにもう夜の公園に近づくのは憚られたんだ。だからあの夜に感じた胸のドキドキには蓋をすることに決めたよ。体温のない、冷たくも柔らかい体への欲求は、人間相手に満たすことなんてできないからさ。
でも、結局は蓋をしきれなかったんだよね。だから今、君を殺そうとしてるんだよ。
叫んでも無駄。このホテル、そういう用途で使われるものだからさ。裏社会って怖いよね。僕みたいな趣味のやつも五万といるよ。
ああ、でも僕はその中でもひときわ厄介かな。君みたいなチサトに似た女の子でもね、体温のある状態じゃ興奮しないんだ。
僕の理想は冷たくて柔らかい体。だから僕は君たちを殺す。でもね、人って死ぬと固くなるから。それが実現されるのってすごく短い時間だけなんだよね。
僕を満たしてくれるのは、死の後の一瞬だけなんだ。だから僕はきっと、君みたいな子を殺し続けるんだろうなぁ。
さて、結局余計に緊張させちゃったかな? でも僕も我慢の限界なんだ。もういいかい?
いいよね。