【コミカライズ化】ファーストキスを奪った責任はとってもらいますと、超美麗魔導師長様に迫られています
ちょっと長めの短編です
私の生きがいは、三歩先の不運を予想すること。鳥の空からの落とし物には常に日傘で対応しているし、ワイングラスを手にした人からは十歩以上離れるようにしている。
運もなければ縁もない。適齢期なのだからそろそろ結婚を視野に入れなさいとお父さまは言うけれど、縁だって運の親戚のようなものだ。不運を着て歩いているような私に、素敵な縁が回ってくることもなかった。
できればどこか老齢の貴族の後妻にでもなって、余生のような日々をおくりたいと願っている。
三歩先の不運を回避した先に待ち受ける不運がこれほどのものとは、このときの私は思ってもみなかったのだ。
夜会会場の側に馬車が到着し、御者が扉を開けた。ここで横を過ぎる馬車に泥をかけられる確率は約八割。
たとえ地面が石貼りだったとしても気を抜いてはいけない。
私は御者に日傘を差し出すと、扉を閉める。
慌ただしい馬蹄の音が近づいてきた。
いち、に、さん。
横切った馬車の車輪が泥を跳ね上げる。
ほらね。
運の良い御者は私のために開いた日傘に泥から守ってもらったようだ。
子爵家ともなると、馬車の止める位置は後ろのほう。準備に時間がかかった上位貴族のご令嬢たちの犠牲になることはよくあることなのだ。このあたりが石貼りだったとしても、どこまでもそれが続くわけではない。
昨日は雨でぬかるんでいる場所は多かった。車輪が泥を絡めとるには十分な条件がそろっていたのだ。
「マリエルお嬢様、こちらいかがなさいましょうか?」
御者は申し訳なさそうに泥のついた日傘を見せる。
「それは持ち帰り次第洗って。今日はこちらを使います」
日傘は太陽から守るばかりではない。私にとって日傘とは戦場の兵士の盾に他ならないのだ。
馬車の中から二本目の傘を取り出す。何があってもいいように、常に十本は常備してあった。手に取ったのは、白のレースのついた可愛らしい傘だ。
夜会会場までの短い道のりで、私はその傘をさした。
「おい、マリエル嬢だ。見ろよ、本当に日傘をさしているぞ」
「変わり者だという噂は本当なんだな。夜でも傘をさすなんてさ」
陰口はもう少しこっそりと言ってほしい。全て丸聞こえだ。でも、そんな言葉が聞こえたからといって、私は傘を閉じるわけにはいかない。
馬車から会場までの道のりで鳥が落とし物をする確率は九割にのぼる。
可愛らしい鳥のさえずりが聞こえたそのすぐ後、ボタッと大きな音とともに日傘に僅かな重みを感じた。
ほらね。
運に見放されても、ウンは落ちてくるもので。
夜だろうと、変わり者だと指さされようと、身を守るためには必要なことだ。
今夜の勝敗は二勝一敗。泥と空からの落とし物は回避できたけれど、エスコートする予定だったお父さまのギックリ腰には勝てなかったのだ。
私も参加を取りやめるという考えもあったのだが、今日の夜会はお父さまの大切な仕事相手が主催らしく、一人だろうが泥だらけになろうが行ってほしいと頭を下げられた。
不運な娘を持ったお父さまに報いることはあまりできないので、こういうときこそ一肌脱ごうと、勇ましく屋敷を出て来たのである。
エスコートもなく、夜なのに日傘をさした変わり者の令嬢、マリエル・セイメスとは私のこと。しかし、今日の私は機嫌が良い。
いつもなら石と石のあいだに靴のかかとがはまり、転びそうになるという不運が今日は訪れなかったからだ。
ドレスだと足下が見えなくて、回避が難しい不運の一つ。
鼻歌を歌いたい気持ちを抑え、会場の中へと入った。
「本日はお招きいただきありがとうございます。父は体調を崩しまして、娘の私だけの参加となりました」
「マリエル嬢、久しぶりだね。相変わらず元気そうでなによりだ。セイメス子爵に会えないのは残念だが、今日は楽しんでいってくれ」
「ありがとうございます。父も本日は参加できないこと悔やんでおりました。私も父に付き添うか悩んだのですが、こちらの絵画が大変素晴らしいので見たほうが良いと言われまして参加させていただきました」
「そうかそうか。君の父君は絵画の良さがわかる男だったね。今度、個人的に連絡をさせていただこう」
「ぜひ、そうしてやってください。父も喜ぶと思います」
お父さまの顔を立てるために主催に挨拶をすれば、あとは適当に不運を回避して適当な時間で切り上げるだけ。
変わり者と名高いこの私にダンスを申し込む猛者は、私以上に変わり者か田舎から出て来た無知しかいない。
今日の主催者は貴族の中でも家格が高い上に事業を手広くやっているせいか、有名人が集まっていた。あそこには公爵家の令嬢、こっちには天使と名高い伯爵家の末娘。たしかこの天使、第三王子が見初めて公開プロポーズまでしたのに、みんなの前で断ったのだとか。
中央のほうにできた人だかりの中心には、最近名前を聞くようになった商人までいる。商売上手な人のようで、末端の貴族よりも蓄えは多いと聞く。「えげつない商売をする」とお父さまは嫌っていた。
「オルガ様がいらっしゃるわ!」
「今日も素敵。ダンスに誘っちゃおうかしら?」
騒がしいと思えば、会場の隅に今をときめく魔導師長――オルガ・メルテ・セーミット様までいるじゃない。二十五才という若さで魔導省の長官にまでなった天才だ。
白銀の髪にひやりとするほど冷たいスカイブルーの瞳。氷を更に凍らせたのではないかと思うほどの冷たい空気感。人形のように整った顔立ちのせいかとても目立っていた。
彼は魔導省に勤める役人ではあるが、現王妃の甥でもある。三男で爵位自体は持っていない。しかし、国王の覚えめでたい彼は、いずれ爵位を賜るだろうと噂されていた。
美形で天才、家柄も問題なし。もちろん人気者だ。しかし、浮いた話を聞いたことはなかった。堅物だと噂だけれど、魔導にしか興味がないとも聞く。
アタックして粉々になった人の話は両手では数えきれず、両足も使いたいほどだとか。
今日は近づかないほうが良い人が多いわね。目立つ人が多ければ多いほど、私の不運は高まるような気がしているからだ。
目の前の女性の手に持つワイングラスを見て、私はそそくさと場所を移動した。
不運を回避するには、この先の不運を予測しなければならない。
夜会会場で起りやすい不運その一は、ワインをかけられるだ。
ワイングラスを持った女性は、自分のドレスの裾につまずいたのか、ふらっとよろけ、手にあったワイングラスを落としてしまう。
ほらね。
その場所はちょうど私が立っていた場所だ。三勝一敗。今日の私は冴えている。
誰かにワインがかかることはなかった。手にしていた女性も、幸いドレスを汚すこともなく、怪我もない。
うらやましい。「ドレスにつまずいて転びそうになってワイングラスを落とした」時点で不運だと思う人もいるだろう。しかし、それは違う。私がワイングラスを持った日には、転んで零した先には、気位の高い侯爵令嬢。しかもそのドレスは婚約者に贈ってもらった最高級品。というような不運が待ち構えているはずだ。
夜会では絶対にワイングラスは持たないと決めている。
軽食が置かれるような場所は危険だから端のほうに移動しよう。
次はワイングラスをトレイに乗せて歩く侍女。あれはとても危険だ。頭からワインを浴びる可能性がある。彼女が不運体質を少しでも持っている場合、相乗効果が期待できるのだ。期待してないし、できれば幸運であって欲しいのだけれど。
しかし、離れる前に侍女の足が変な方向に曲がるのが目に入ってしまった。
今転べば、直線近距離にいる私はワインの洗礼を浴びることになるだろう。慌てて背を向けるために振り返る。しかし、不運というのは隙をついてくるもので、ドレスの裾が靴のヒールに引っかかった。
倒れかかった先には大きな影がある。最悪だ。きっと相手は高貴な身分に違いない。諦めた私はキツく目を閉じて不運に身を任せたのだ。
慰謝料はいかほどかしら――……。
ダンスをするほどに密着した二人は、床へと倒れていく。目を閉じていてもそれくらいは分かった。頭で言い訳を十種類くらい考え、素直に謝るのが得策と結論づける。
大きな衝撃とざわめき。次いで訪れたのは温かな唇の感触。
え……?
それはなんとも柔らかく。感じたことのない感触だった。プティングのような甘さはないが、そこはかとなく芳しい香り。
私はゆっくりと目を開けた。そして、後悔することになる。目の前に広がるスカイブルー。氷のように冷たい瞳は私を一瞬のうちに凍らせた。
「……そろそろどいてくれないか?」
麗しい男は声まで麗しいようだ。ヴァイオリン奏者もびっくりの心も震えそうなテノール。
辛辣な言葉でさえ、どことなく引き寄せられる不思議な音色。
「す、すみません……!」
私は逃げた。体面を気にする暇などない。相手は今をときめく魔導師長様だったのだから。
「君っ!」
麗しいテノールが私を呼び止めたのは知っている。しかし、あの場に残る勇気はなかった。頭を床に擦り付けて謝るのが正解だとわかっていても、転んだ先で魔導師長オルガの唇を奪ったという事実を突きつけられ動揺していたのだ。
あの会場にいる全ての女性を敵にした……。いや、この国の貴族全員が私のことを敵だとみなすかもしれない。
こんなことなら、自らワインを頭にかけたほうが幸せだった。
ああ、無常。終わったことを悔いても仕方ない。神様、憐れな仔羊をお救いください。
満月に向かって手を合わせる。日傘をさすのも忘れた私の額には、空から贈り物が降ってきた。
◇
不運の塊、それが私、マリエル・セイメスの二つ名である。命名したのはもちろん私だ。
さて、不運だろうが生きていかないといけない。なので、私は昨日の不運は昨日のうちに忘れるをモットーとしている。
不運を引きずると、三日後には十個、十日経てば三十を超える不運を抱えて生きなければならないからだ。昨日の不運は昨日の私のものであって、今日の私のものではない。
ゆえに、魔導師長オルガとのちょっぴり苦い口づけも私の中では終わったこととなった。
しかし、相手がそう思うかは別問題。お父さまの執務室に呼び出された私は、今日の不運が昨日の処理の甘さからくることに気づく。
目の前には超を十個つけても足りない美貌を持つ魔導師長オルガ。隣に座るお父さまなど、緊張でぎっくり腰の痛みも忘れている。いつもより背筋まで伸びていた。
眉をぴくりとも動かさない綺麗な顔を見ていられず、私はその場で膝をつき床に頭をこすりつけた。
「昨日は申し訳ございませんでした!」
部屋に私の声が響く。処刑の場で命乞いとは片腹痛いわ。でも、謝る他ない。何が何だかわからず、困惑の声を上げるお父さまと、無言のままのオルガさま。
彼は小さく咳払いすると、静かな声で言った。
「子爵、マリエル嬢と少し二人きりでお話しさせていただいても?」
え? 今、なんと?
「もちろんです。ささ、マリエル。そんなところにいないで、こちらへ」
お父さま、さすがに「ささ」じゃないわ。
私が何か言う前にお父さまは私を椅子に促すと、さっさと執務室を出て行ってしまった。
「えっと……そのですね……。昨夜のことは何と言ってお詫びしたらよいか……。でも、オルガ様は何と言っても時のお方。唇が当たったくらい、ただの事故だと思えるくらい美女と口づけをたくさんしていらっしゃるでしょう?」
あはは。と笑って見せたがオルガ様の表情はいっさい変わらない。
針のむしろだわ〜。
昨日の不運をひきづるだけでも最悪の事態だというのに、その相手がまた最悪。今年のナンバーワン不運はこれに決まりだわ。
「ファーストキスだった」
小さな、呟くような声が聞こえた。
「は? いえ、ちょっと耳がおかしくなったみたいですの」
「ファーストキスだと言っている」
「あはは。まだおかしいみたいなんです。ちょっと昨日転んだときに頭を打ってしまったかしら? オルガ様の口からファーストキスだなんて」
ないない。だってこの美貌だ。女よりも美しい陶器のような肌。それに見合うだけの目鼻立ち。白銀の髪は輝いてすら見える。
二十五歳でこの麗しい男が口づけの経験がないってことは絶対にない。
ないったらない。
「ファーストキスだ」
「えっと、何度目のファーストキスでしょうか? あ、もしかして、私とは初めてという意味でしょうか? 私ったらとんだ勘違いを」
「正真正銘、君との初めてであり、私の人生においての初めてだ」
「は……はぁ……」
「マリエル嬢、このファーストキスの責任は取っていただく」
冷たい目が私を見下ろす。
ファーストキスの責任……? どうやって?
「私の恋人になってもらおう」
「え?」
恋人? こいびと? コイビト……?
「ええええええ!?」
なんたること。
私は頭を抱えた。別に頭に鳥からの贈り物を受けたわけではない。そのほうが百倍幸せだ。
本物の不幸とは、明後日の方向からやってくる。
私はオルガ様に押し切られる形で、恋人というものになった。
「ほ、本当ですか?」
お父さまの目がキラキラと輝いている。
「はい。お恥ずかしながら、昨夜の夜会でマリエル嬢を一目見たときから忘れられず……」
嘘よ嘘。一目見る前に不運な事故に見舞われたのだから。
あれで恋に落ちたのだとしたら、彼の感覚がおかしい。絶対にファーストキスだって言うのも嘘だし、一目惚れも嘘に決まっている。
ま、さ、か……結婚詐欺? いやいや、ここにおわすは天下の魔導師長様だ。家柄も問題ない上に稼ぎも相当のものだろう。詐欺して子爵家からお金を搾り取るような身分ではない。
も、し、か、し、て……復讐? ファーストキスというのは本当で、大切にとっておいた唇をどこぞの馬の骨が掠め取っていったことに対する怒りを復讐という形で鎮めようというの……?
「マリエル嬢との婚約を無理に推し進めようとは思っておりません。彼女が私のことを知って、少しでもともに生きていいと思っていただけたときに婚約を申し込みたいと思っております」
「もちろんですとも。お二人ともまだお若い。じっくりとお互いのことを見つめあっていただいて……」
お父さまはにこにこだ。なにせ、奇人と呼ばれた娘がもしかしたら嫁に行けちゃうかもしれないから。しかもそのお相手が今をときめくあの魔導師長のオルガ様なんていったら、こうなるのは当たり前。
供物のように差し出された私は、気付けばオルガ様の恋人(仮)になっていた。
「マリエル嬢、とても嬉しいよ」
氷像のように硬い顔がにこりと笑う。春の訪れのような柔らかさに、私は目を細めた。
お父さまなんて、乙女のように頬まで染めているではないか。
不運が雪だるま式に増えるとこうなるのね。
ここまできて、私は悟った。これは、どうとでもなれ!
◇
魔導師長オルガ様と恋人となった次の日、私は些細な不運と戦うただの令嬢のままだと信じてやまなかった。
だって恋人になったとはいえ、それだけだし。昨日は仕事が忙しいらしくてすぐに帰っちゃったし。
私のステータスの奇人令嬢に魔導師長の恋人が加わっただけ。何も変わらない。
と、午前中の私は思っておりましたとも。
ああ、やばい。
私の本能がそう察したのは、日が高くなり始めたころ。子爵家の門の前に似つかわしくない大きくて豪華な馬車が止まったからだ。
私の部屋からばっちり見えちゃったのよ。
この場合の不運を回避する術を私は知らない。仮病を使って逃げたとき、屋敷の中で別の不運に見舞う可能性は九割に昇る。
不運回避の先は闇なのだ。
私は諦めて、その馬車に乗ることになった。
豪奢な馬車は私を王城へと連れて行く。ああ、車輪も点検していないし、馬の健康状態もわからない。心配だわ。
セーミット侯爵家の馬車に文句をつける女など、私くらいだろう。しかし、こっちは不運を親友にしているマリエル・セイメスなのだ。何度でも言おう。この馬車は、車輪が外れて崖の下に転落したり、馬が暴れて建物に激突したりしない?
不安を余所に、馬車は走る。マリエルを無事王城へと連れて行った。
「ええと……。なぜこのようなことになっているのでしょうか?」
宮廷魔導師の職場はもちろん城の中にある。つまり、魔導師長オルガ様の職場は城の中にあるということだ。それくらいは常識の範疇なのでよく知っている。
そうではない。
なぜ、私はオルガ様と薔薇園でテーブルを囲んでいるのかと言いたいのだ。しかも向かいあうのではなく隣同士。丸いテーブルに隣同士は変だわ。
「この城の中で美しい場所はいくつかあるが、この薔薇園はその中でも五本の指に入る。気に入ってくれただろうか?」
にこりと笑うオルガ様はまるで大天使。大輪の薔薇よりも麗しいので、あまり笑わないほうがいい。
「ええ、初めて拝見しましたが、よく手入れが行き届いていて、素晴らしい眺めです。一度は一人でゆっくり回ってみたいものです」
こういう高貴な身分の人が隣にいると、不運遭遇率が上昇するので美しい薔薇を愛でる暇などないのである。
心の中は頭を抱えた私でいっぱいだ。そうしているあいだにも、宮廷の侍女が紅茶を運んでくる。彼女、なんて不運そうな顔をしているのかしら?
類は友を呼ぶとはよく言ったもので、不運に傾きがちな人は見ただけでわかる。この場合、彼女が紅茶を零す確率は七割。
かわいそうな侍女は魔導師長の機嫌を損ね、退職させられるかもしれない。
私は早々に立ち上がった。
「オルガ様、折角の薔薇ですから少し近くで見ませんこと?」
「いいね。まだ準備ができるまで時間がある」
オルガ様は美しい身のこなしで私の手を取った。これが噂のプレミアム・エスコートか。
彼は夜会にもあまり参加しない。したとしても一人なのだ。その彼が数度女性を伴って夜会に参加したことがあるらしい。あくまでらしいである。私は見たことがないので。
そのときのオルガ様の身のこなしときたら、貴人を通り超し麗しさを超越していた……と、先のお茶会で伺った。私のような貴人……ではなく奇人に話しかけてくる変人はいないので、伺ったというよりは盗み聞いたが正解だ。
麗しさを超越したとはどういうことなのかと思ったが、ああ、たしかになと思うしかない。
優しく腰に添えられた手といい、女性の歩幅に合わせてゆっくり歩く長い足といい、スマートな男なら普通にやるであろうごくごく普通の行動だ。
けれど、顔が良すぎる。
彼が行えば、あれもそれもプレミアム・エスコートだろう。乱暴に扱われても女は瞳の形をハートに変化させるに決まっているのである。
「きゃっ」
高くて可愛い声が響いた。
ほらね。
私の予想は当たるのだ。侍女は転び、入れたての紅茶を勢いよく零した。私が座っていれば、頭から被っていたことだろう。
今ので三勝一敗ね。ちなみに、二勝分は屋敷の中で回避してきた分である。一敗はもちろん、この回避できなかった恋人(仮)との薔薇園デートに決まっている。
「申し訳ございません……!」
「いいのよ。焦らずに片付けて」
そう、誰にもかかっていないのだから悔やむことはない。かわいそうなので、今度会う機会があったら、あの子には不運回避術をおしえてあげようと思う。
「マリエル嬢は優しいんだね」
うっとりという形容詞が似合うほど、顔を綻ばせたオルガ様は、甘い吐息を漏らしながら、私の頬を撫でる。
「ちょっ……。さすがにそれ以上近づかれては……」
「私たちは恋人同士だろう? 構わないではないか」
「そうなのですが、まだ二日目。そう、二日目でしょう? オルガ様と違って、恋人などいたことのない私には心臓がもちません」
できるならば、不運を回避するために平常心を保っていたいのだ。この麗しい顔は好きでなくても緊張する。
恥じらうように目を伏せれば、彼の眉根が寄った。
「聞き捨てならないことを言うね」
「……え?」
「私だって君が初めての恋人だ」
「そうですか。大変ですね――……え?」
初めての恋人という単語はどうも二種類あるらしい。二十五才にもなって、しかもこの麗しさで一人の女とも恋人にならないなんてことあるのだろうか。
それに――……。
「信じていないね?」
「だって、オルガ様と親しい仲だと仰る女性を何人か拝見しておりますし」
「その女性は白昼夢を見る癖があるのだろう」
「そんな……」
あり得る。これだけ麗しいのだ。夢にでてもおかしくない。
「え、もしかしてこれも白昼夢?」
とうとう不運な私は白昼夢まで習得してしまったのだろうか。不幸の最中にいて、夢を見ることで回避しているのでは……!?
そこまでくると我ながら痛々しいというか。
オルガ様が肩を揺らして笑う。
「君は面白い人だ。君の目の前にいる私は本物だよ」
「夢の中の王子様はみんなそう言うのでしょう?」
だから、自称オルガ様の恋人が大勢現われるのだ。そこを理解していただきたい。
「さて、それはどう証明したらいいものか。もう一度口づければ、君は信じてくれるかな?」
陶器のような綺麗な指先が私の頬をなぞり、顎に触れる。私の目の前にいるのは本当にオルガ様なのだろうか。
彼に関する噂はどこでも耳にする。一つは甘い恋人の自慢話。もう一つは彼は堅物で、魔導が恋人のような人だと聞いたこともある。正反対の二人が合わせると、魔導が恋人なわけだが、愛する人ができると甘やかしてしまう男。だろうか。
思わず一歩後退った。
その一歩がさらなる不運を生むとは知らず。
私は頭を抱えるしかない。
今までの私なら、先の不運を見通す力もあったはずだ。
なぜ、なぜ……! なぜこうなったの!
「ほら、動かないで」
耳元にかかる吐息。彼の顔は真剣そのものだ。私は何もできず、彼のいいなりのまま、立ち尽くした。
「もう……諦めましょう」
「だめだ。君を傷つけることは許されない」
「私は髪の一本や二本、構いませんから……」
蚊の鳴くような声しかでなかった。
オルガ様との二度目の口づけを回避しようとした私は、まんまと薔薇の罠にかかってしまったのだ。今の私は蜘蛛の巣に捕らえられた蝶。あ、オルガ様のほうが数十倍美しいので、そのたとえは間違っているか。
つまり、私の癖毛の癖が強すぎて、髪の毛が薔薇に絡まって取れないのだ。それをオルガ様が必死に取ろうとしてくれている。
どなたか、早くオルガ様に鋏を貸して差し上げて……!
ずっと耳元で喋られて、こちらは気絶しそうなんだから!
倒れたいと思っても人間、簡単には倒れられないものなのだ。衝撃的なことがあって気絶できてしまう令嬢は運が良い。
その点、私は運が悪いので入らないところで倒れてしまう。
「よし、あともう少しまって……」
「お茶がさめてしまいますし……」
「そんなの入れ直してもらえばいい。今は君のほうが大切だ」
ファーストキスの効果なの? なんなの? それとも嫌がらせなの?
今日、私は初めて自分の癖毛を恨んだ。私がさらさらストレートヘアであったならば、今ごろこんなことにはなっていなかっただろう。
「よし、もう大丈夫。すまなかった。私が側にいながら」
「私が勝手に突っ込んでいっただけなので、気にしないでください」
私は私の不運を人の責任にするほど低俗な人間ではないの。不運体質にも矜持くらいあるのだ。
「お茶が冷めてしまったね。入れ直してもらおう」
げ。その展開はやばい。
「えっとこのままでもいいではありませんか。宮廷のお茶ならとても美味しいのでしょう?」
「だが、温かいほうがもっと美味しい」
「いえ、丹精込めて茶葉を作られた方がいるのですから、敬意を払うのは当然です」
これだけは譲れないわ。だって、入れ直したら折角回避した不運に見舞われることになるんですから。
もちろん、紅茶がもったいない気持ちも大きい。王族やそれに近しい人にとってみれば、一匙の茶葉はたいした価値もないのだろう。しかし、我が家は貴族とはいえ、後ろから数えたほうが早い。お高いお茶を一口も飲まず捨てるなど、考えられない。
私はオルガ様が指示を出すよりも先に席へ座り、紅茶を口に含む。
あら、さすが高い茶葉。冷めても美味しい。でも、もったいないを強要するのは悪いことよね。私は慌てて宮廷の侍女にお願いする。
「オルガ様には温かい物を差し上げて。これは私がいただくから」
オルガ様についだお茶が私の頭に被ったら、そのときは己の不運を呪うのみだ。
「いや、私もそれをもらおう。……マリエルと同じ物が飲みたい」
今日、私はなぜか、「マリエル嬢」から「マリエル」に昇進したのであった。
その日から、毎日彼は子爵家に迎えをよこす。よくこの奇人と呼ばれた私に飽きずに恋人を続けているものだ。
オルガ様の愛は留まることを知らず。月に一度はドレスが贈られてきて、それを着て夜会に参加する。女性からの刺さるような視線と、羨望。不運な私なら、視線だけで死ぬ可能性もある。
そんなやられかねない状況の中、会場裏に呼び出されてワインをかけられ……ることはなかった。常に、というかずっとオルガ様が私の側にいるからだ。
誘拐され、悪い男に手込めにされそうになったり――などもない。もともと不運回避のため、引きこもり気味の私。お出かけはいつもオルガ様が用意してくれた馬車。
抜かりはないのだ。
そんな感じでのらりくらりとオルガ様の恋人をしている私だが、困っていることがある。――彼の溺愛が最近輪をかけてひどくなっているのだ。
最初こそ、詐欺か何かだと思っていたわけだけれど、付き合っていくうちにそんなことをする人ではないことがわかった。なら、なんで私を恋人にするのかという話なのだが、それはまだわからない。
ただ、彼は夜に日傘をさしても、「いつも素敵な傘を用意しているね」と新しい傘を贈ってくれる。ワインを必要以上に怖がっても、「私も酒は得意ではないから」とスマートにワインから離してくれるのだ。
なので、最近の勝率は格段に上がっている。不運が起死回生をかけ、屋敷の中で起るようになったのは困った話ではあるが。
ああ、不運の神様。どうか、彼にだけは私の不運を移さないでください。
雨の日も、風の日も豪奢な馬車は私を乗せ、どなどなと城へ連れていった。
「マリエル、すまない。今日は姫様方が友人を呼んでそこかしこでパーティをしているらしい。ここしか空いていなくてね」
「それは構いませんが……、私はお仕事のお邪魔ではありませんか?」
ここは魔導師長に与えられた執務室。Lの形をした部屋は、窓以外の壁に本が並び、奥には大きな机が一つ。
よくわからない道具がところ狭しと置かれ、客を迎えるテーブルと椅子は端に追いやられていた。
「ずっといてくれたほうが仕事もはかどりそうだよ。私の心配をしてくれるなんて嬉しいよ」
「お邪魔でなければいいのです!」
肩を抱いてこめかみに口づける。
毎日この調子なので、これくらいで恥ずかしがってなどいられない! でも恥ずかしいものははずかしい。
今日は馬車まで迎えに来たときに指先に一度、そして今のこめかみに一度。計二回。
不運の回数しか数えてこなかった私が、口づけの回数を数えるようになるとは思わなかった。
「いつも思っていたのですが、なぜ、オルガ様は休憩時間を私との時間に充てるのですか? ご迷惑でしょう?」
彼は華やかな顔立ちのわりに、とても真面目で良い人なのだ。私と毎日会っているが、それは休憩時間らしく、怠けているわけではないのだという。
休憩に恋人を呼びつける男など聞いたことはないが、天才の考えることは常人にはわからないというし。『マリエルという女が毎日オルガ様にちょっかいをかけている』という言われない噂もあったのだが、毎日仲睦まじい姿を見せつけていたせいか、その噂もなくなった。
毎日愛されて幸せー! と、叫びたいところだが、なにせ私は不運体質である。この幸運には裏がある! あるに決まっているのだ。
もしかしたら、これは不幸の前兆。カウントダウンである可能性は否めないわ。
「休憩くらい愛する人と一緒にいたい。夜遅くては会いに行くこともできないからね。だが、毎日は迷惑だったね……」
「そんなことは! 断じて! お断りなどすれば、お父さまに何を言われるか……!」
まあ、正直二日に一回。いや、贅沢を言うならば、三日か四日に一回くらいに減らしてもらえたらと思うときはある。
そりゃあ、私は奇人なのでお茶会のお誘いもない。今、そんなところに行けば針のむしろだし、行くつもりもない。
「父上が許せば、断りたい?」
オルガ様がわかりやすく眉尻を落とす。心が痛んだ。
「違うのです! 嫌とかではなく……!」
「ではなく?」
「それは……その」
「教えてくれなくてはわからない」
ずいっと近づかれた顔。鼻先が当たりそうなほどの距離に、私は慌てて立ち上がった。
「ただ、緊張しちゃって。恋人などいたこともないものですから」
オルガ様の甘い囁きと、綺麗な顔に心臓がもたないのだ。恥ずかしさが勝って、私はオルガ様から距離を取る。
「ここって面白いですね。知らない物でいっぱい!」
魔導具というものだろう。興味も知識もないが、オルガ様の近くに座っているよりも断然気が楽だ。
「わっ!」
私はこのとき、忘れていた。己が不運体質であることを。
床に落ちていた書類に足を滑らせる。だから足下まで隠れるドレスは苦手だと何度言って……る場合ではない。
まあ、この不運は大きいものではない。紙で足を滑らせて転ぶなど、よくある不運のうちの一つだ。ちょっと頭に瘤をつくる程度なのでここは甘んじて受け入れよう。
「危ないっ!」
諦めたと同時に、私を抱きとめようとオルガ様が腕を伸ばす。これでは、先の夜会の二の舞だ。
抱きとめたオルガ様と一緒に床に倒れ込んだ先にあるのは、ファースト事故……はもう終えたので、二度目の事故だ。
不運を先読みしてきた私ならはわかる。
この回避方法はただ一つ。とばかりに、両手で唇を覆った。
当たったのは、オルガ様の唇と私の手の甲。
柔らかい唇の感触が手にひろがり、「勝った!」と思った。
不運の悪魔よ、今日は私の勝ちよ!
今日の最大級の不運はまたもや事故でオルガ様の唇を奪うことにあったのだと予測する。
とはいえ、床の上。私が押し倒す形で二人は重なり合っているわけで。今、人が入ってきたら完全に私は痴女だ。超美麗魔導師長の色香に当てられて襲った変態になってしまう。
「ごめんなさいっ! 今、起きますから。ちょっとまってくださいね」
唇から手を離し、オルガ様の頭の横に手をつく。起き上がろうとしたとき。オルガ様の左腕が私の腰を抱いた。
「オルガ様、これでは起き上がれません……!」
不運の足音が聞こえる。絶対に誰かがこの執務室に入ってきて、明日には噂になるだろう。早くしなければ!
「……ひどいな。私とはもう口づけもしたくないと?」
「いや、そんなことはないですけど……」
長いまつげが近い。腕の力を緩めれば、行き着く先はオルガ様の唇だ。私の腕の力などたかがしれている。そんじょそこらの令嬢となんら変わりないのよ!
ぷるぷると震え出す腕。そろそろ……限界なんですってば。
「一度目は突然のことに驚いたが、二度目となると冷静になれるな」
「そう……ですか」
「マリエル。一度や二度、変わらないと思わないか?」
彼の言いたいことがわからずに、目を瞬かせる。しかし、すぐにその意味がわかる。彼の左腕が首元まで移動すると、強く押されたからだ。
自分の身体を支えるだけで精一杯だった私の腕はすぐに限界を迎える。
オルガ様は落ちた唇を迎えるようにして、受け止めたのだ。
◇
最初は事故だった。二度目の事故は回避したはずだ。なのに、唇は重なった。
これは不運? それとも――……。
私は今日も城に向かう馬車に乗る。昨日のことを思い出して何度も唇をなぞった。
あれはなんだったの?
回避したはずだった。そのまま立ち上がれば、二度目の口づけは回避できたはずなのだ。でも、私たちは恋人。口づけの一つや二つしてもおかしくはない。
あのとき、私だって回避しようと思えば、回避できた。それをオルガ様が望んだからと、受け入れたのだ。
「や、やっぱり今日は帰ります!」
「そうおっしゃられても……」
私は馬車が止まり、扉が開いた瞬間に叫んだ。御者は困惑を隠さない。そうよね、もう目的地に到着したのですもの。
でも! それでも譲れないことってあるじゃない……?
昨日のことをありありと思い出せば、頬に熱が集まる。こんな状態で会えば、大変なことになってしまう。不運がどうのとかどうでも良くなってしまうじゃない。
私の人生は不運を中心に回っていたはずよ。オルガ様が中心なんかじゃない。
「マリエルは私のことが嫌いになってしまった?」
突然の声に肩が跳ねる。胸も容易く跳ねた。私の脳がこの声はオルガ様の声だと知っているからだ。
彼はいつも馬車まで迎えに来てくれるではないか。これは予想できた事態。駄々をこねるなら屋敷の中ですべきだったし、ここまで来たら腹を括るべきだった。
「嫌いではありません。嫌いではありませんが……」
「が?」
オルガ様、なぜ馬車に乗り込むのでしょうか?
彼は狭い馬車の中に乗り込むと、扉を閉めてしまった。カーテンで外界とは仕切られていて、ここは密室だ。
胸は容易く高鳴る。
「……いえ、今日はなんだか調子が悪いみたいで。風邪でしたら、オルガ様に迷惑がかかりますから」
わざとらしく手の甲で額を触る。ついでに上気した頬も冷やした。熱いような気がする。もし熱があるなら、風邪ではなく知恵熱ではあるが。
「風邪か……それは心配だ」
「えっ!?」
オルガ様の顔が急に近づいてきて、私は小さな悲鳴を上げた。
コツンと額が合わさる。く、唇が近い……!
また口づけられるのでは?
しかし、昨日のように唇が合わさることはなく、すぐに離れていった。
「熱はないようだ。だが、頬は少し赤みを帯びているな。城にはいい医師がいる。診てもらおう」
「い、いえ! いえいえ! 大丈夫です! 熱がないなら、私の勘違いみたいですわね」
ただ熱を心配してくれただけだというのに、勝手に勘違いしてなんて。破廉恥なのは私だ!
「無理はよくない。今日はこのまま屋敷に送ろう」
「ええ、そうですわね。今日は帰って休みますから、オルガ様はお仕事――……え?」
オルガ様はにこりと笑うと、御者に馬車を出すように命じる。行き先は私の屋敷。逆戻りだ。
彼は入ってきたときは向かい側に座っていたが、今は隣に座る。豪奢で広めの馬車なのにぴったりとくっついている。
「オルガ様もご一緒に?」
「何かあってはいけないからね。それに、君との時間は私にとって癒やしなんだ。送り届ける権利を奪わないでほしい」
そう言われてだめだと言えるだろうか。私は小さく頷くことしかできない。
ああ、頬が熱い。本当に熱が出そうだわ。
「実は昨日、無理に口づけたから嫌われたかと思って心配した」
「そんな……ことは」
ごにょごにょと語尾が弱くなる。嫌ってはいない。でも会うのは恥ずかしいと思った。
「今日も迎えに行った馬車がここに止まったとき安堵したんだ。もう会ってくれなかったらどうしようかと思った」
「迎えが来たら行きます。だって、こ、恋人ですから」
恥ずかしい。彼との関係を自ら「恋人」と言うのは初めてだった。もしかしたら、騙されているのかもしれないとずっと思っていたからだ。
でも、ここまでしてくれる彼をどう疑えばいいのだろうか。もしこのまま疑い続けていれば、不運の悪魔がこの縁まで刈り取ってしまうのではないかと不安になった。
一度くらい、運命に身を任せてもいいわよね。
「ようやく私を恋人だと認めてくれたんだ。嬉しいよ」
オルガ様の手が私の頬を撫でる。もう慣れた行為のはずなのに、恥ずかしさが勝った。
「口づけてもいい?」
「それは……聞くようなことですか?」
「昨日反省したんだ。無理強いはよくないと」
長いまつげが僅かに震える。そんな顔で見ないでほしい。
「一度や二度は変わらないのでしょう? なら、三度だってたいした問題ではないと思います」
「弱ったな。昨日はそうでも言わないと逃げられると思ったんだ」
彼の指が私の唇をなぞる。それは口づけと何ら変わらないのではないだろうか。私の唇と彼の指が触れあっているのだから。
「も、もう逃げません……」
「本当に?」
彼の問いに小さく頷くと、指がそっと離れていく。淡く感じていた温もりが消えると寂しさを感じるものだ。しかし、その寂しさを拭うように彼の唇が重なった。
◇
不運ゆえ奇人と呼ばれ、友人の一人もいないが恋人ができた。これは喜ばしいことなのだろうか。数日ベッドの住人となっていた私は、のろのろと起き上がった。
オルガ様に送ってもらった日、私は本当に熱を出した。もちろん、知恵熱だ。めまぐるしい感情の波について行けず、私はそのまま熱をだした。そのあと三日ほど熱に浮かされていたように思う。
娘が熱で倒れたというのに、お父さまのほうはウキウキしていた。あの日、オルガ様が倒れてはいけないからと甲斐甲斐しく横抱きにして部屋まで連れて行ってくれたのだから。
お父さまは熱に浮かされた娘の隣で何度も「結婚の申し込みもすぐだな」と呪文のように唱えていた。
そういう話は元気になってからでもいいのではないかしら。
「お嬢さま、ようやく回復してよかったですね。これで魔導師長様の元へ通えますし」
「あなたもそうやって意地悪言わないで。また熱が出ちゃう」
侍女は、うふふと笑うと身体を拭ってくれる。
「でも、お礼には行かれた方がよろしいですよ。魔導師長様ったら、この三日お仕事のあと毎晩通われて朝までお嬢さまの側にいらしたのですから」
「そうなの!?」
「ええ、ずっと心配なされて。その様子を見た旦那様なんて目を潤ませておいででしたわ」
「それは想像できるわね。でも……そうね。ご迷惑をかけたなら謝りに行かなくてはならないわ」
彼は忙しい魔導師長なのよ。仕事帰りに毎夜この屋敷に通うなど、簡単なことではないはずだ。
「お嬢様、謝罪ではなくお礼に行けばよろしいのです。素直ではないですね」
「善は急げと言うし、これから行こうかしら?」
気持ちがそわそわをしているのは、迷惑をかけてしまったからだわ。恋人がいた経験などないのだから、これが普通なのかもわからない。
とにかく会いに行きたかった私は、「明日でもいいのでは」というみんなの言葉を振り切って、城へと向かったのだ。
何を伝えるのかと聞かれたら、決まってはいない。「ありがとう」? それとも、「ごめんなさい」? ただ、会いたいという気持ちに嘘はなかった。
だったら会ってから考えればいいわ。
今日の私はついている。家で転びそうにはならなかったし、鳥の贈り物も落ちてこなかった。
道中、道のど真ん中で牛が立ち往生するようなこともなかったのだ。
今日の私は最高潮だわ。
今日なら素直な気持ちを言えるのではないかと思ったのだ。
城についたらまっすぐ魔導師長の執務室へと向かう。もう慣れた道だ。オルガ様の案内などなくても一人で行けるくらい通った。
いつもよりも気持ち歩くのが速くなる。城ではなるべくお淑やかなにとは思っているのだけれど、気が急くのだ。
広くて長い回廊の途中、見慣れた背中を見つけて私は足を止めた。
あれはオルガ様? と、誰かしら?
声をかけようとしたところで、角を曲がってしまった。慌てて追いかける。
そういえば、同僚の方とお話しするのを見たことがないわ。どんな話をしているのかしら? すこし興味が湧いたので、彼らの死角で様子をうかがうことにしたのだ。
「最近君と変わりもののマリエル嬢の噂をよく耳にするよ。ご執心だって」
「そうか」
私の話をしているのかしら?
オルガ様は無愛想に答えた。いつも私の前では柔やかな優しい紳士なのに、イメージが全然違う。
「そろそろ捕まえられるんじゃないか?」
「なにがだ?」
「悪魔だよ。あ・く・ま。悪魔の角を手に入れるために彼女に近づいたんじゃないか。忘れたのか?」
「……あ、ああ。そうだったな」
「あとは悪魔の角が手に入れば、秘薬が完成しそうなんだろう? で、どうなわけ? 彼女から悪魔は抜けそうか?」
「あともう少しだと思う。そうすれば彼女は……」
「難儀だよなぁ。取憑いた悪魔を引き剥がす方法が心が震えるような甘い台詞と愛なんてさ。それにしてもすごいよ。奇人相手にここまでやれる奴はおまえしかいない」
「あのな、だから私は――……」
「はいはい。そういうのはいいから。でさ、」
少しずつ声は遠のいていく。私は必死に両手で口を押さえた。
私は不運体質。それはけっしては忘れてはいけなかった。
なぜ朝から調子が良いのか。
なぜ来る途中になんの不運も私を襲わなかったのか考えるべきだったのだ。
この話を聞かせるためだったのね。
足が震えて立っているのも難しい。しかし、ここで堪えなければ、更なる不運に見舞われるのは、不運専門家の私ならすぐにわかる。この話を盗み聞きしていたことがオルガ様に知られたら……。
私は喉から出そうになる不安を飲み込み必死に足音が遠のくのを待った。
「今までの不運の中で一番心臓をえぐる不運だわ」
ほら、やっぱり詐欺のようなものだったじゃない。信じた私が馬鹿だったのよ。彼は仕事のために悪魔の角がほしかっただけ。マリエル、私じゃない。
ふらふらと立ち寄ったのは薔薇園だった。感傷に浸るには城の中は人が多すぎる。その点、ここは誰でも入る場所ではないので、人影がないのだ。
管理のおじさまは私の顔を見て「今日も魔導師長様とかい?」と納得顔で入れてくれた。
顔パスだ。
感傷に浸りながら最後に薔薇を観賞して、蚕のように閉じこもろうと思う。元々引きこもり体質の私。運もなければ縁もない。お父さまは残念がるだろうけれど、こればかりは諦めてもらうしかなかった。
なんと説明しようかしら。
婚約しているわけでもないから、性格の不一致とか言えば良いかしらね。
大きなため息が漏れる。
ここでお茶を飲みながら何を話したのだったかしら? ドキドキばかりしていて、良く覚えていない。
やはり、彼のファーストキスは『私との』という飾りがついたものだったのだろう。そんな人に一度のみならず、何度も唇を許してしまった。一生の不覚……!
優しく唇をなぞる指を思い出す。あの甘い口づけも、全部、全部嘘だったなんて。悲しい。
『辛いならさ、楽になれる方法知ってるぜ?』
「そんな方法あるわけないわ。私は不運の女王マリエルよ。逃げたら転ける、隠れた穴には蛇がいるような人間なの。なめな――……え? だれ?」
目の前に現われたのは、華々しい薔薇園には不似合いな黒の塊。真っ白な肌と真っ赤な瞳。黒く艶やかな髪を持った男だった。頭には羊みたいな角。私を見下ろす目は爛々と輝いていた。
『ようやく会えたね。お嬢ちゃん』
「おじょ……って本当にどなた?」
『俺はゼノリス・ノーヴァ。お嬢ちゃんの親友さ』
あら、いやだわ。とうとう友達がいなさすぎて幻覚を見るようになったみたい。
『幻覚じゃない。お嬢ちゃん、不運は親友ってよく言ってたじゃないか。俺が不運の原因みたいなもんだし、親友だろ?』
不運……。私の不運はこいつが原因というわけ?
『そうそう。十年前からお嬢ちゃんとは一心同体だ。一緒に跳ねた泥を浴び、水に濡れた床に足を滑らせた仲だろ?』
「……って、なんで声に出してないのに答えてくれるの?」
『俺は悪魔だからな。取憑いた女の心の声くらい聞こえるさ』
だいぶ疲れているみたい。
『疲れてるんじゃなくて、憑かれてるんだよ。お嬢ちゃんは。ほら、さっき男たちも言ってたじゃないか。悪魔の角がほしーって。あいつらは俺のこれがほしいわけ』
長い指が頭の角を指す。ぐるぐると巻いた羊のような角。取憑いた悪魔を引き剥がす方法は、心が震えるような甘い台詞と愛。あれのためにオルガ様は私に甘い台詞を囁き、口づけまでしてくれていたのだ。
「さっさと忘れたいことを思い出させないでよ」
『あんなことそうそう忘れられないって。好きだったんだろ? ほら、死のうぜ? もう辛くて辛くてしかたねーだろ? 楽になるなら死ぬのが一番だ』
「死ぬ……ね。私に何か利点はあるのかしら?」
『そりゃあ、全部から逃げられる。これから起る不運からも、好きになった男への想いからも』
もう夜に日傘をさして指を指される心配もない。夜会でオルガ様に会ってどんな顔をして良いかわからないということもないのか。
悪くはない提案ね。
でも。
「お断りよ」
『は……? ええっ!? なんでだよ!? お嬢ちゃんにとって人生で初めての恋だろ? それが騙されてたんだぜ? もう生きていたくないだろーよ』
「馬鹿ね。初恋は実らないものなの。それに、魔導師長オルガと少しのあいだでも恋人だったとなれば箔もつくというものだわ」
それくらいで死んでたまるもんですか。
私は不運と人生を共にするマリエル・セイメスなの。男に騙されたくらいでめそめそはしても自分の首を絞めるわけがないじゃない。
不運でも不幸ではないわ。奇人と呼ばれても、家族は私に優しいし、友達はいなくても侍女たちが話し相手になってくれる。貴族の令嬢よりも平民の彼女たちのほうが気が合うのよ。
彼女たちは私を「おっちょこちょい」だと笑うけれど、「奇人」だとは馬鹿にしない。
週に一度のケーキは美味しいし、まだ続きが気になっている本もある。オルガ様との縁がなくなったくらいで全部手放してもいいとは思えないわ。
「やっぱり、死ぬのはないわ。親友かもしれないけど、その提案は受けられない。ごめんなさいね」
『……そ、そりゃあ困るぜ。俺は十年も我慢したわけよ。わかる?』
ゼノリスは大きなため息を吐き出す。
「意味が分からないわ。私に自殺教唆する暇があったら、あっちいってよ。私は不運を明日に持っていかない主義なの。今日だけは感傷に浸っていいんだから」
一つ一つ思い出をなぞって、涙を流すことは今日しかできない。不運を不幸にしない私の約束だからだ。
ゼノリスが眉根を寄せる。形のいい眉がゆがみ、機嫌の良さそうだった唇も歪に形を変えた。
『ありえねぇ……。ありえねぇよ』
「うるさいわ。親友なら黙っていてちょうだい」
折角静かなところで感傷に浸れると思ったのに。場所を変えよう。
ゼノリスに背を向けると、ひやりとした冷気が身体を覆った。
『折角、自ら死を選べるようにしてやったのに……。お嬢ちゃんはうまそうだから、そのまま連れて行ってやりたかったが、しかたねぇ。ここで喰うか』
「何を言っているの?」
『魔導師長の恋人になれたのに、お嬢ちゃんは悪魔がなにかも教えてもらえなかったもんなぁ。せっかくだから俺が教えてやるよ』
まるで凍り付いたように身体が動かない。吐く息も冷たく感じる。
『悪魔はな、人間に取憑いて不幸を呼ぶんだ。そしてじわじわと苦しめていくと、生きているのが嫌になるだろ? 俺たちはそんな人間が自ら首を絞めて死ぬのを待つんだ』
「そうなの。それで? 食べるの?」
『それは、ひ・み・つ。お嬢ちゃんがその細い首を自分で絞めれば答えがわかるぜ?』
ゼノリスの指が私の首をなぞる。
「なら、知らなくていいわ。死んだ女が好みなんでしょう? 早く放して」
『そりゃあできない。俺は十年も前からつばをつけていたんだ。自分で死なねーなら、俺が殺してやるよ』
首から指が離れ、ゼノリスが一歩二歩と後ろに下がる。
見えない空気がいまだ私の身体を押さえ、身動き一つ取れない。
ゼノリスが歯を見せて笑った瞬間、足に何かが巻き付いた。
「な、なにっ!?」
痛みに眉を顰める。
『痛いだろ? 自分で死んだほうが楽だぜ?』
「馬鹿にしないで! 私は死ぬ予定なんてないもの」
『そうかそうか。本当に残念だ。結構気に入ってたのになぁ』
足に巻き付いた物はぐるぐると腰を巡り胸まで回った。――薔薇だ。薔薇の蔦が身体を締め付けている。棘が肌に食い込み痛みに眉を寄せた。
「……ったいっ! やめて……!」
『大丈夫。綺麗に殺してやるよ。薔薇に埋もれて死ねるなんて、最高だろ?』
「全然最高じゃないし、死ぬ予定もないの」
『そう言うなって。魔界にも薔薇があるんだ。真っ黒で綺麗なんだぜ? それで飾ってやるよ。その頃にはおまえに意識はないかもしれねぇけど』
ぎゅうぎゅうと蔦が締め付ける。胸を通り過ぎ、首に巻き付いた。
もう……無理。誰か。……って、誰もいないんだったわ。こんなことなら、最後にオルガ様を殴ってすっきりするんだった。
まさか悪魔に襲われるだなんて、最悪だわ。明日はケーキを食べる日なのに。
意識を手放せたら楽なのだろうけど、少々図太い神経をしている私はまだ気を失えない。痛みが全身に走る。
『さあ、俺と一緒に魔界にいこ――……ぐっ』
頬に伸びた指が触れる前に離れていく。ゼノリスはまるで風に吹き飛ばされたかのように薔薇の中へと飛ばされた。
「悪いが、彼女は私の恋人なんだ。勝手に連れて行かれては困る」
「オル……ガさ、ま?」
なぜ? ああ、そっか。角がほしいと言っていた。取りに来たのね。
彼が小さく呪文を唱えると、蔦が燃えて消えて行く。不思議なことに蔦は燃えたのに、私のドレスは焦げ付きもしなかった。力の抜けた足では立っていられず、崩れ落ちそうになる。
彼が抱き留めてくれなければ、今ごろ倒れて顔半分が土に埋もれていただろう。
「遅くなってすまない」
「大丈夫です。今なら間に合います」
まだ悪魔はそこにいる。ほしかった角は手に入りますよ。私みたいな奇人を相手に噂まで流れたのに、悪魔の角も手に入らなければ踏んだり蹴ったりですもの。やっぱり彼は幸運だわ。
オルガ様の腕の中は優しくて、つい身を任せてしまいそうになる。
今日にも捨てられる身だというのに。捨てられるのが確定なら、今のうちに味わっておくのもいいかもしれない。
つい、身を預けてしまう。
「すぐに片付けよう。マリエルはここで待っているんだ」
彼は自分の上着を私の肩にかけると、ガゼボの柱に預けた。
いつも見せる朗らかな笑顔はない。まっすぐにゼノリスを見る目は視線だけで刺し殺しそうなほど強く冷ややかだ。
『あーあ。騎士が来ちゃったか。残念。もう少しで連れて行けそうだったのになぁ』
「無駄口を叩く前に、己の命の心配をするんだな」
足下を這っていた薔薇の蔦を、炎が燃やす。薔薇の中から這い出たゼノリスが肩を竦めた。
『あー怖い怖い。俺はまだ死ぬ予定はないんだわ。お嬢ちゃんのことはとりあえず諦めるから、今日のところは見逃してくれよ。あんたのほしいものはこれだろ?』
薔薇の蔦が宙を舞い、ゼノリスの角に当たる。ナイフのように鋭い蔦は、左側の角を根元から切り取った。
オルガ様の元にぽいっと角を投げる。
『お嬢ちゃん、死にたくなったらいつでも俺を呼んでくれ。すぐに迎えに来てやるからさ』
ウインクを見せて、ゼノリスは姿を消した。
「絶対に死なないので」
ゼノリスを呼ぶことはないだろう。
荒れた薔薇園と傷だらけの私。そして、オルガ様。ほしい物を手に入れた彼は、無情にここで別れを切り出すのだろうか。
なんともいたたまれない。
その日のうちに不運にけりをつけられるのは、非情にいいことだわ。親友が去って、運が回ってきたのかもしれない。
「よかったですね。角が手に入って。これで、秘薬が作れるのでしょう?」
「マリエル、君は知って――……」
身体中が痛くて、起き上がるのが辛い。ガゼボの柱の助けを借りながら立ち上がる。
「わかっております。全部、私のためでしょう?ですから、気にしないでください」
悲しくないと言ったら嘘になるが、それしか方法がなかったのなら、仕方ないではないか。私が勝手に舞い上がったせいだ。舞い上がらなければ、きっとうまくはいかずまだ悪魔は私の中にいたことだろう。
私の失恋は必要な犠牲だということだ。
私は不運の中でも負けないマリエル・セイメス。最後まで気丈に振る舞いたい。
涙を堪え、背を向けた。
「今までのことは忘れますから、オルガ様も忘れてください。どうか、少しでもかわいそうだと思うのなら……」
私のことなど、忘れてほしい。あの日々は白昼夢で、縁のないマリエルが見た夢だ。そう思わせてもらえないだろうか。
返事は返ってこない。無言は肯定と取ってもいいわよね。
私は痛みのある足を必死に前に出した。
しかし、二歩目が大地を蹴り上げる前に、背中から抱きしめられてしまう。
「いやだ。忘れたくはない」
耳元で囁くのは優しいテノール。荒れた薔薇園には似つかわしくないほどの優しい声。
「君を離したくはない」
「そんなにファーストキスを奪われたことを恨んでいるのですか? まだ私をもてあそんでも足りないと?」
「違う。たしかに私は邪な思いで君に近づいた。だが、君と一緒にいるうちに気づいたんだ……」
抱きしめる腕が強くなる。
「はじめは演技だった。あのときの私は面倒な縁談の話と、居もしない恋人の噂で苛立っていたんだ。そんなとき、君が現れた」
「私を使って縁談を断って、噂話を払拭したのですか?」
「君に触れたとき、悪魔が取憑いていることはすぐにわかった。悪魔は人に不幸を招き、命を奪う。唯一祓う方法は、愛ある甘い言葉とそれに呼応する心。ああ、ついでに悪魔の角も手に入れば一石二鳥だと思っていた」
どうりで、ファーストキスの相手だからと優しかったわけだ。おかしいと思ったのよ。出会ってすぐに甘い台詞の数々。意味もなく愛されるなんておかしいもの。
「だが、いつの間にか君のことを本気で好きになっていた」
「え……? 嘘でしょう?」
「いや、不運に負けずに前を向く姿は私には輝いて見えたよ。だから、もう一度私に機会がほしい。どうか、私のほうを見て」
背中から伸ばされた腕が緩まる。どんな顔をして振り向けばいいの? 少しでも恋愛の経験があったら、わかったのだろうか。でも、どんな頑張って記憶を辿っても、縁のない私の記憶にはこういうときに見せる表情は出てこない。
こうなったら、女は度胸だわ!
覚悟を決めて振り返る。でも、恥ずかしくて見上げることはできない。ようやく慣れた綺麗な顔だったのに、まるで別の人のようなのだ。
彼の綺麗な指が頬をなぞり、顎に添えられた。優しく誘導されるように顔が上を向く。
「次は何を祓うために嘘をついているの?」
「もう嘘などつくものか。君に嘘を言って近づいたことを何度も後悔した。なかったことにしてくれとは言わない。やり直させてほしい。信じてもらうためなら、いくらでも私の誠意を差し出そう」
誠実なスカイブルーの目は、真実だと信じてもいいのだろうか? また白昼夢を見ている可能性は?
「どこまでが本当ですか? ファーストキスは?」
「あれは、本当だ。君が初めてで……君を最後にしたい」
彼の親指が唇をなぞる。
「……私にとっても、あれはファーストキスでした」
ファーストキスと呼べるような代物ではない。転んでぶつかった。あれは事故だ。あれをファーストキスに換算しなければならないのならば、私が赤子のころお父さまが口づけたという話のほうを優先させなければならないだろう。
でも、その次の口づけは私が望んで受け入れたものだ。
やっぱり好きなんだ。
嘘かもしれない。また悪魔が現われて、「次は右の角がほしかったんだ」と言われるかもしれない。もしそうなら、それまでに彼を骨抜きにすればいいだけじゃない。
私は不運さえも幸運に変えるマリエル・セイメスなのだから。
スカイブルーの瞳が私を捕らえてはなさない。
「どうか、マリエル。ファーストキスの責任を取らせてほしい。次は恋人ではなく、結婚してほしい」
「はい。私のファーストキスの責任、一生かけてとってください」
私はうんとかかとをあげて、顔を近づける。
彼は私を迎え入れるように唇を重ねた。
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