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第六章 サモン・ウォーカー [後編]

 『緋翼ひよく』という正体不明のバケモノが消え、同人誌即売会会場は落ち着きを取り戻してきた。

 そうは言っても討伐者たちは遠巻きにされ、撮影の対象となっている。

「とりあえずマルマに避難しない? ここにいるよりいいと思う」

 ハルカの案に乗り、小吉たちは彼女が作った『門』を潜ってサイセイ砦の会議室に跳んだ。疑似体ではない日比野小吉ひびのしょうきち川見幸かわみさちは、安全のため【簡易結界】に入った。

 そこでようやく落ち着き、十天騎士をはじめとした全員の紹介が行われた。

「え、マルさん!? この方がマルさん!?」

 幸が一番驚いたのはマルの正体で、アカリたちも同調した。

「アリエナイでしょ? どんだけ子供に返りたかったのよ」

「いろいろ事情があったんだ。気にすんな」

 声を荒げないところが大人らしく、マルらしくない。アカリはそれが余計につまらない。

「気にするわよ! 平均年齢を急に上げんじゃないわよ!」

「うるせーな、キーキーと。猿みたいだぞ」

 マルは大人の余裕でアカリを流す。「なんかムカつく」とアカリはやり場のない怒りを拳に込めた。

「小マルが大きくなるとこうなるって、やっぱりちょっと信じられない」

 ハルカは改めて大マルを見て、結び付かない想像に可笑しくなった。

「人のこと言えるか? オレは男のルカのほうが面白くて好きだったぜ」

「わたしも小さいマルのほうが好きだよ」

 二人はニヤリと笑った。

「おい、アリアドが映ってるぞ!」

 時空間通信魔具(J2M)を通して『緋翼』の復活がないかを窺っていたアキラが声を上げた。

 全員が驚いてJ2Mを覗き込む。即売会会場の空にアリアドの映像が浮かんでいた。

『みなさん、初めまして。わたしはマルマ世界のアリアド・ネア・ドネと申します』

 なぜか会場では歓声がわく。本物の魔法を見せられた後では、彼女の言葉も現象も容易に認められてしまう。

「どういうつもりなんだ?」

 小吉の当然の疑問に、ノリアキが推論を述べた。

「こうまで見られると隠すのも無理がある。ならばいっそ話してしまったほうがいいと判断したのだろう。信じるも信じないもそいつしだい。そのほうがうやむやにできるかもしれない。アトラクションと思う者もいるだろう」

「一方の発言には必ず別方向の持論を持ち出すやつがいるからな」

 実際にアトラクションと思っていたマルが、したり顔でうなずく。

『マルマ世界とは、あなたがたの認識でいう異世界です。信じられないでしょうが異世界は存在します。わたしどもにとってはあなたがたの世界が異世界であり、発見当初はどう接するべきかマルマでも論争が起きました。それに終止符を打ったのが、そちらの世界から召喚した勇者です』

 『勇者』という単語にまたも盛り上がる。これほど素直に受け入れられるとはアリアドも思ってはいなかった。中継されている場所が特殊なだけであるのを、彼女は知らない。

『20年前、異世界の勇者が我がギザギ国を魔物の軍隊から救ってくれました。以後、ギザギでは勇者召喚を幾度となく繰り返し、そちらの国から多くの人材を引き抜きました』

「オレも引き抜いてくれー!」

 そんな声があちこちで起きる。

『この場で行われた戦闘は、マルマ世界から逃亡した魔物を討伐するためでした。戦ったのは、そちらの世界から召喚した勇者たちです。本来、秘密裡に行われるはずのミッションでしたが、不手際により多くの被害をもたらしてしまいました。それをまず、お詫び致します』

 アリアドはところどころ都合よく話を変えた。

『さて、ここからが本題です』

 アリアドの声のトーンが高めに変わった。小吉たちは「まさか」と引きつる。

『我がギザギ国では異世界勇者を随時募集しております! 興味のある方は、アリアド宛てに呼びかけをお願い致します。厳正な抽選により波長の合った方のみ、脳内にてご連絡いたします。抽選は随時行いますが、三ヶ月以上返信がない場合は抽選漏れとなりますので、ご了承ください』

 歓声が起きる。「アリアド」コールまで始まり、アリアドも満更でもない顔をしていた。

『また、過去にマルマ世界に来た記憶のある方も再度歓迎いたします。わたしの顔を見て思い出された方がいることでしょう。諸事情により強制送還を行いましたこと、まことに申し訳ありませんでした。よろしければもう一度はじめませんか? マルマの地でもあなたを待つ人がいます。帰還をお待ち申し上げます。……この映像をご覧くださいました異世界の皆さま、ありがとうございました。ギザギ国異世界召喚庁長官アリアド・ネア・ドネは、異世界の友人たちとの交流を楽しみにしております』

 一礼して手を振り、映像は消えた。

「ただの勧誘かっ!」

 小吉のツッコミに、バルサミコスが拍手する。

「まぁ、いいんじゃないかな? 異世界人がごっそり消えて、ナンタンは大変だし」

 その苦労を知っているハルカは、ため息を吐きつつも方針としては賛成だった。

「ホント、一刻も早くみんなには戻ってもらいたいよ」

 バルサミコスがボヤく。パン屋の仕事はまったくもって性に合わない。

「ただいまー」

 アリアドが会議室に戻ってくる。やり切った、清々しい顔をしていた。

「あの放送いいわけ? 国王の許可は取ってるの?」

 バルサミコスの質問に、アリアドは気にしたふうもなく答えた。

「取ってないわよ。『緋翼ひよく』をたおしたら何でも許すって言ってたし、別にいんじゃない?」

「適当すぎだろ……」

 アキラたち十天騎士は呆れていた。

「あら、あなたたち来てたの? それならこれからどうする?」

 魔女の視線が小吉たちに移る。

 まず小吉が答えた。

「オレはいったん帰って、家族と話してからまた来るよ」

「わたしもできればいったん戻りたい。家族とお正月を過ごしてから来る」

 シーナの未来は単純明快であった。ショウと冒険をはじめる、それだけである。

「わたしはこのまま残る。お母さんとはちゃんとお別れしたし、みんなが戻るのを待つ」

 ハルカも答えに迷いがなかった。

「悪いがオレはここまでだ」

 マルは笑みを浮かべて言った。

「マル!?」

「思い出した以上、子供の時間は終わりだ。家族もいる。オレ自身も以前よりは多少マシになった。おまえらのおかげだぜ。ありがとな」

 小吉にハグしようとしたが、結界の中なのでできなかった。かわりに子供のような笑みを送った。

「残念だけど仕方ないよな。楽しかった。指輪、大切にする」

 そういって小吉は右手人差し指にはめた牙の指輪を見せた。マルも掲げ、シーナとアカリ、ハルカと幸も手を伸ばした。

「アイリは今までどおりだよな?」

「はい。ちゃんと学校へ行って、勉強します」

「うん、がんばれ」

「はいっ」

 幸は少女らしい笑みで応えた。

「アカリも戻るのは年明けか?」

 小吉の目が最後の仲間に移る。以前のアカリと違い、髪は黒く、背が高く、体つきも少女ではなく女性のものだった。アキラやロックが彼女の到着と同時に口笛を鳴らした気持ちが小吉もよくわかる。そのあと、彼らは無言で矢を射られていたが。

「戻らないわよ?」

「え?」

 小吉たちはまさかの答えに驚いた。

「強制送還されなかったらそんな考えはなかったでしょうね。でも、戻ってわかったの。アイリといっしょ。心の持ちよう一つで世界が変わった。だからもう逃げない。本来の自分を極めるわ」

「アカリ……」

「楽しかったわよ、ホントに。あんな毎日をずっと続けていきたかったけど、そうもいかない。だから、さよなら」

「アカリぃ……!」

 シーナはアカリに抱きついた。自分より大きな少女に、シーナはもう昔とは違うのだと実感した。

「元気でやんなさいよ。機会があればまた会いましょ」

「うんっ」

 シーナはアカリから離れて笑顔を見せた。

「ショウ、シーナを頼むわよ。また無茶して悲しませるのはナシだからね」

「わかってる。今までありがとな」

 小吉の言葉に、アカリは穏やかに笑った。

「……あのさ、しんみりしてるとこ悪いけど、面倒だから送り返す地点は同じだからね? むこうで顔合わせるからね?」

「「それを先に言え!」」

 小吉たちはアリアドに総ツッコミを入れた。


 小吉たちが日本に戻ったのは同日18時だった。人影はだいぶ減ったが、イベント会場は片付け作業に追われ、まだ祭りが終わっていないのを感じさせる。

 まずマルこと陣馬恒丸じんばつねまるがいなくなった。彼は家族と年始に向けた買い物の途中だった。といっても、荷物持ちはベンチで待つしかなく、暇つぶしに見ていた人気配信トピックでマルマを思い出したのである。突然いなくなったのを家族は怒っているだろう。娘に何を言われるかわかったものではない。彼は言い訳を考えながら去っていった。「また会おう」とは言わなかった。

 次に神村光かみむらひかりが離れていく。正月明けまでは小吉も亀子も日本に留まるつもりでいるので、新年会をする約束をした。だから今はまだ、別れの言葉は早かった。

 椎名亀子しいなかめことは乗り換え駅まではいっしょだった。そこで構内のファストフードに寄り、短い交友をする。彼女は初対面の幸とも普通に話し、緊張もなく過ごした。小吉はできれば送っていきたかったが、中学生の幸を放っておくわけにもいかず、亀子とは改札で別れた。

 そして川見幸を家の近くまで送っていった。

 一人になると寂しく感じた。けれど、仲間に会えたのは嬉しかった。思い出せば寂しさも紛れた。

 自宅に戻ると両親が待ち構えていた。リビングに連行され、座らされる。何だろうと身構えていると、ビデオが再生された。夕方のニュース番組のようだ。年末にも関わらず、短い時間で流していたらしい。そこに自分が映っていた。

「どういうことなの?」

 母親に問われ、小吉は頬がヒクついた。

 証拠がそろっている以上、嘘はつけない。小吉は細かいところは省いて『異世界の敵』を退治していたと説明する。周辺にいたのはマルマで知り合った仲間たちであるのも話した。

「あんた、むこうでこんな危険なことばかりしてたの?」

「たまたまだよ。こっちにいたのがオレたちだけだから頼まれたんだ」

「頼まれたらやるの!?」

 小吉は言葉に詰まった。漫画やアニメのような物語とは違う。子供が危険な目にあっていれば心配されるのは当たり前だった。小吉はそんな当然のことも忘れていた。

「……やらないとみんなが危険だったから」

「どういう意味?」

「あの怪物の目的がこっちの人間を消滅させることだった」

「……」

 両親の目は疑いに満ちていた。

「いいよ、信じなくて」

 そのほうが小吉としては気楽だった。余計な心配をかけずに済む。

「……あんたはなんなの? アリアドさんが言ってたような英雄だか勇者なの?」

「ただの一般人だよ。でも、巻き込まれることはある」

「危険ってことね?」

「うん」

 小吉ははっきりとうなずいた。

「それで、やっぱり向こうへ行くの? 遥ちゃんといっしょに」

「うん」

 もう一度うなずく。

 両親はたがいを見て頭を振る。

「なぁ、バカ息子」

「それはなくない!?」

 父親の言いようにツッコミを入れる。

「仕方ないだろ、本当のことだ。はっきりといえば、父さんも母さんも反対だ。理由は言うまでもないな」

 小吉はうなずく。

「それでも行きたいのか? どうしてもか? 泣いて頼んで行くなと言ってもか?」

「行きたい。泣いて頼むなんてないだろうけど、どうしてもダメというなら振り切っていくと思う」

「そうか。仕方ないな」

 父親は立ち上がり、寝室に消えた。

「まだ数日はいるんでしょ? それまでは考えなさい」

 母親も席を立ち、台所で洗い物をはじめた。

 残された小吉はビデオを切り、風呂に入った。体は安らいだが、気持ちは落ち着かないままだった。


 1月2日の正午過ぎ、日比野小吉は神村光、椎名亀子、川見幸と都内で合流し、新年会兼送別会を開いた。

 近くの有名な神社をお参りし、ゲームセンターで遊び、カラオケに寄り、ファミレスで夕食をとる。あっという間に時間が過ぎて、最後のお別れをした。光と亀子は抱き合って別れを惜しみ、「サービスよ」と光は小吉にもハグをした。

 光と別れ、亀子とともに幸を送っていく。亀子の家からは遠くなるが、彼女は望んでついてきていた。

 二人だけになると、亀子は小吉の手を取って歩きはじめた。

「こっちでは最初で最後のデートだね」

「時間、あんまないけどな」

「わたしは別に、遅くなっても平気なんだけど……」

 ボソボソという亀子に、小吉は手を強く握った。

「じゃ、少し遠回りしようか」

「うんっ」

 二人が家に戻ったのは、予定よりもかなり遅い時間であった。


 1月4日、小吉は両親を呼び出しマルマ行きを告げた。すでにあきらめていたのか、両親ともに「そうか」の一言だった。

「たまには戻ってこれるの?」

「わからない。今回はかなり特殊だったんだ。本来は二度と帰れないはずだったから、おそらく……」

「そう……」

 母親は不安げな顔をした。

「大丈夫、元気でやるから。じゃ、アリアドを呼んでみる」

 小吉は目を閉じて頭の中でアリアドを呼んだ。

『正月くらい休ませなさいよぉ』

 開口一番、文句から始まる。ゆったりとした寝間着を着て、手には酒瓶が握られていた。正月を満喫中だったらしい。

「もう4日じゃないか……」

 小吉はガックリしながら召喚を頼んだ。魔女は面倒くさそうに、一時間後に『召喚門ゲート』を開くと予告した。

 きっかり一時間後、少年の足元に光が溢れた。

「じゃ、行くよ」

「気を付けてね」

 両親が手を振る。小吉も返した。光に飲まれ、小吉は日本から消えた。

 待っていたアリアドは、仕事用の召喚服を着ていた。わざわざ着替えてきたようだ。

「肉体変換するけど、整形はどうする?」

「それなんだけど、やっぱりこのままじゃマズいのか?」

 マルマで生きると決めた以上、自分の体で生き、年をとって死にたい。リスクのない冒険など彼は求めない。

「生身ってこと? 勧めないわよ。あなたたちにとっては毒も多いのだから」

「でも、無事な人もいるわけだろ? オレたちの前の世代とか」

「いるわ。でも、異世界人の死亡原因の7割がマルマ人なら問題ない病気なのよ? 魔法による【治癒】も効果がない。医療に詳しい召喚労働者ワーカーの話だと、抗体医薬品とかいうのを作ればいいらしいけど、研究施設と人手とデータがないから難しいって。危険すぎるわ」

 アリアドの表情は真剣で、困惑の色が強かった。自分が無理を言っているのだと小吉は感じた。

「そっか……。できれば生身で行きたかったんだけど、病気でぽっくり逝ったら両親が悲しむどころじゃないしな」

「そうよ。そんな死に方されるために呼ぶわけじゃないんだから」

「ごめん、ありがとう。それじゃ疑似体で」

「あなたが使っていたのは事故でだいぶ傷んでいて危ないから、新型にするわね。これならあなたたちの世界でも普通に動けるわよ」

「なんで? そんな必要ないだろ?」

「まだわからないの? アイリちゃんは何も言わなかった?」

「聴いてない。いい加減、答えを教えてくれ。アイリの質問てなんなんだよ?」

 引っぱりすぎだろうと思う。それほど大したものだとでも言うのだろうか。

「しょうがないわねぇ。これだから朴念仁ぼくねんじんは」

「なんでそんな日本語知ってんだよ! 日本人も使わねーよ!」

 小吉のツッコミにアリアドは取り合わなかった。

「あの子の質問はね――」

 『召喚門ゲート』が明るさを増し、風景が白く染まる。マルマに着く前兆だった。

 光から解放されるとナンタンの召喚聖堂にいた。ぽつんと置かれた彼の私物を拾い、隣接する異世界人管理局へ向かう。時計塔を見ると午前10時を回ったところで、普段なら召喚労働者ワーカーを仕事に送り出して一息をついている時間帯だ。だが、今は送り出す異世界人がいない。人の気配を感じないのはそのせいである。

 営業しているのかどうかもわからず不安になりながら扉を開けると、アリアドがいた。召喚が終わり、こちらに先回りしていたようだ。

 魔女は黒髪の女の子と話をしていた。ここに来たのはそれが目的なのかもしれない。

「あ、ショウさん!」

 振り返った彼女を見て驚いた。川見幸かわみさちだった。

「アイリ……? なんで?」

「アリアドさんに招待されたんです。約束なので」

「約束?」

「はいっ。いつかいっしょに遊びましょうって。本当はわたしたちの世界で遊ぶはずだったんですけど、ショウさんが来るというのでこっちに呼ばれちゃいました。今日だけですけど。あ、それとこっちでの名前はサチにしましたっ」

「……なんなんだ?」

 ショウは理解できずアリアドに訊ねた。

「アイリ……いえ、今はサチね。サチ、おバカな彼にあのときの質問を教えてあげなさい」

 アリアドは微笑み、サチにウィンクした。サチは理解し、ショウの服を引いた。

 「わたしの質問は――」サチの笑顔は今までで一番だった。

「いつか自由に世界を行き来できますか!」

「ええ、もちろんよ!」

 サチとアリアドがハイタッチをした。


 それからのひと月があっという間に過ぎる。人手が足りないナンタンで、ショウたちは一般作業に励んでいた。

 1月も下旬に入るとアキトシやリーバのような一般職に就く召喚労働者サモン・ワーカーも多く戻っていたが、まだまだ人手は足りていない。

 ショウとシーナは毎日違う依頼をこなし、夜は語学講習を受けていた。

 ハルカは十天騎士としての役割を果たしていた。主に突発的に現れる魔物退治とアリアドのサポートで、王都オースムからなかなか出られないでいる。

 ショウが知る身近な召喚労働者サモン・ワーカーは、全員が帰ってはこなかった。

 カッセとリラもいない。リラは日本に帰れるならば帰りたいと言っていたのでわかるのだが、カッセが戻らないとはショウも思わなかった。今ごろ何をしているのか想像もつかない。

 クロビスの姿もなかった。ショウは未練なく去ったのならいいなと思う。

「さっきヒデオとオックスに会ったんだけど、ダイゴは戻ってないって」

 夕食の席でシーナが言った。場所は相変わらずコープマン食堂だ。結局、ここが落ち着いてしまう。

「そっか。あの人も日本で何かを見つけたのかな」

「そうだといいな……」

 シーナは寂しそうな笑みを浮かべた。

 ショウは何も言わなかった。いなくなった仲間に想いをはせるくらい当然のことだと思っている。そこに嫉妬がないかといえば嘘になるが、彼は彼女からの好意を1ミリたりとも疑ってはいない。

 それでも彼女の無防備な手を握ってしまうのは、もはや本能である。

「な、なに?」

 驚くシーナに「別に、なんとなく」と顔をそむける少年に、彼女は嬉しくなる。「えいっ」と握り返し、いつの間にか指相撲に変わっていた。

 コープマン食堂から出るとまた雪がちらつき始めた。ショウの今日の仕事は屋根の雪降ろしだったが、このぶんではまた明日も同じ仕事になりそうだった。

「いったん宿に戻って、風呂いこうか」

「だね。でも出るとめっちゃ寒いんだよねぇ……」

 ショウはシーナの手を握る。ごく一部だけ温かくなった。

 宿のエントランスで雪を払っていると、同じく外から二人が帰ってきた。

「あ、コーヘイさん、サトさん。こんばんは」

 ショウはその男女(・・)にあいさつした。

「やぁ、仕事上がり?」

「いえ、ご飯の帰りです。これから風呂に行きます」

「今日は混んでたよ」

 そういってコーヘイは冷え切ったタオルを見せた。彼らは風呂の帰りらしい。

「むむ、サトの背中を撫で損ねた」

「撫でるのか!」

 ショウがシーナにツッコむ。サトは「あはは」と笑っている。

 サトは再召喚のさい、ほとんど体をいじらなかった。どういった心境の変化か、もとの性別である女性を選び、容姿などもあまり(・・・)変化をさせなかった。まったくというのはさすがに自信がないので、全体の数%は変えている。

 一週間ほど前、サトがマルマに降り立ったとき、コーヘイはショウたちと管理局で話をしていた。彼女から名乗りを受け、当然のように戸惑うコーヘイたち。しかし、彼はすぐにいつもの柔和な表情を浮かべて握手を求めた。以降、二人はいっしょにいる。

「レイジさんはまだ来ませんか? 召喚待ちリストには名前があったとルカが言ってたんですが」

「まだだね。でも、来るのがわかってるからいいよ。ゆっくり待つさ」

「そうですね。来るのがわかってるだけで……」

 ショウがことさら繰り返したのは、前コーヘイ・チームのクロビスの名がリストにないことを振り切るためだった。

「コーヘイたちはまた元の任地に戻るのかな?」

 シーナが訊いた。

「どうなんだろう。どうせ派遣されるなら前のところがいいけど、こればっかりはね」

「そもそも小隊を組めるかどうかですよ」

「たしかにな。クロビスがいないなら補充しないと。でもオレ、知り合いが少ないんだよなぁ」

 サトの指摘にコーヘイは腕を組んでため息をついた。

「でしたらそのときは小隊ではなくてもいいじゃないですか。二人で行きましょう。充分やれますよ」

 サトがニッコリと笑った。男装の麗人のような笑顔だった。

「そうだな。レイジを待って決めるとしよう」

「……」

 サトはガックリとうなだれた。

 「先は長そう……」シーナがつぶやくと、ショウも「レイジさんの居場所もきつそう」と苦笑した。

 風呂ではレックスのチームと出会った。タカシとジューザもすでに合流している。ショウは彼らと何度か仕事をこなしていたので、懐かしさはもうない。

「そういえばショウくん、さっきニンニンと話したぞ」

「ホントですか!? アリアドに拉致らちられてから会ってないんですよ!」

 レックスからの情報はショウを歓喜させた。ニンニンは心の師匠である。

「サイセイの外壁工事をやらされてたんじゃなかったっけ? もう終わったのか」

 タカシが顔に滴ってきた汗を拭う。ナンタンの風呂はサウナである。

 サイセイ砦の外壁は十数年の戦いでだいぶ傷んでおり、『緋翼』襲来を期に改修工事が行われていた。異世界の技術も取り込むべきとのアリアドの進言が受け入れられ、現場監督にニンニンが選ばれたのだった。これに関してショウはアリアドの人選の素晴らしさを手放しで称賛していた。だが、おかげで半月以上、彼とは会っていない。

「全部は終わっていないらしい。だがあとは今までの工程の繰り返しだから引継ぎをして戻ったようだ」

「すごいですよね、そんな工事を任されるなんて。さすがニンニンさんだ」

「いや、おまえも大概だろ。『緋翼』をたおしたんだから」

 タカシは汗を撒きながらツッコミを入れる。

「そんなのニンニンさんの偉業に比べたら問題になりませんよ。壊すより作るほうが大変なんですから。それにあれはオレの活躍じゃないです。十天騎士と、ルカ、最後はサチの力です」

「謙虚を通り越して腹立ってくんな……」

 自分がその立場なら、大いに自慢し、誇り、威張り散らすだろうとタカシは思う。それに他人の偉業と自分の偉業を混ぜるのも気に入らない。自分が成したことをないがしろにし過ぎてる。

「一人でやってのけたわけではないのは確かだろう。関係者全員から自慢されてもウザい」

 ジューザはそういってタカシをなだめた。

「それもそうか。けどオレはおまえを買ってるんだ。自慢くらいはしてもらわないと、オレが自慢できない」

「自分のためかよ」

 ジューザがツッコむ。このチームはすでにボケとツッコミがそろっていてバランスがよかった。

「自慢できないのは、本来まきこんじゃいけない子をもっとも危険な目にあわせてしまったからです。でも結局、彼女だからこそ『緋翼』はたおせたんです。そう思うと複雑な気分になりません?」

「……たしかに」

 タカシはすごく納得した。

「それに『緋翼』を斃しても、仲間が二人、戻らなかった。そっちのが残念なんです」

 ショウは寂し気な笑みを浮かべる。あの事件のせいでマルとアカリは心情の変化もあって日本でやり直す決断をした。少年が望んだのは、彼らを含めた仲間と一緒に旅に出ることだった。それはもう、叶わない。

「そっか……」

 タカシは何も言えなくなった。帰りがけに一杯おごる程度の慰めしか思い浮かばなかった。


 ギザギ十九紀15年2月1日6時、冬の終末とともに新たな人事が発表された。

 異世界人管理局・総務部長が踏みなれた受付台に上り、巻紙を広げた。

「これより、再編された異世界人管理局専属召喚労働者小隊の人事発表をいたします。呼ばれた方は前へ!」

 パーザ・ルーチンの声はいつもにも増してホールに響いた。管理局在籍9年目を迎えた彼女は、アリアドの鶴の一声で総務部長に昇進していた。

「第1小隊隊長、レックス。第2小隊隊長、コーヘイ。第3小隊隊長、カレータコヤキ――」

 全14小隊の隊長がパーザの前に並んだ。強制送還前は22部隊あったことからも、人員が減っているのがわかる。

「小隊長はその権限においてメンバーの指名及び副隊長の任命権を持ち、また、除名権限を持ちます。各小隊長は近日中にメンバーを3名以上7名以下の補充を済ませ、報告をお願いいたします。なお、指名を受けた者は不服申し立てができます。申し立ては書類記入の上、管理局に提出してください。後に管理局員を陪審員とした簡易裁判を行い、判決を申し渡します。この結果は如何なる理由があっても覆らないものとします」

 パーザは巻紙の最後の一文を読んだ。

「なお、異世界人管理局専属召喚労働者の呼称はアリアン・セルベント改めアリアニス・ブラーヴェ。略称はブラーヴェとします」

 ホールがざわめく。「なんで名称をわざわざ変えるんだ?」という反応が大半であった。

「これでブラーヴェ小隊の編成発表を終了します。では引き続き、本日の作業手配を開始します」

 パーザ・ルーチンはベル・カーマンから新たな紙束を受け取り、仕事の分配をはじめた。彼女は総務部長になった今も広報課の仕事を続けている。これが本職と言わんばかりの手際の良さだった。


 2月10日、ショウは仕事帰りに民間異世界人組合ギルドへ寄った。すでに何度か来ているので、もう気後れはない。顔見知りも何人かいる。

「よぉ、ギルドに入る決心がついたのか? 『緋翼』殺し」

 酒瓶を掲げてからかってくる男に、「入りませんよ!」と笑って返す。あいさつみたいな物だった。

 ショウは店の一番奥にいる青年に近づいた。

「ブルーさん」

「なんだ、今日は? 剣の稽古なら明日以降にしてくれ」

 青髪の青年はテーブルに投げ出していた脚を下ろした。息がすでに酒臭い。

 ショウは正面に座った。

「いえ、今日はあいさつです。近いうちに街を出るので」

「そうか」

 ブルーはニッと笑った。ショウが冒険者志望であるのは、少年と出会ったときから知っていた。あれから7ヶ月が過ぎている。能力はまだまだ不足だが、動かなければ冒険は始まらない。

「はい。お世話になりました。ありがとうございました」

 ショウは深く頭を下げる。彼に出会わなければ、この日を迎えることはなかっただろう。生きるためのすべや、戦う技、その他にも多くを教わり、命まで救われた。感謝してもしきれない。

「オレもおまえには感謝してるぜ」

 ブルーは前のめりになって顔を近づけてきた。

「え?」

「おまえたちが『緋翼』をヤってくれなきゃ、ここへは戻ってこれなかった。ついでに強制送還くらったおかげで、ファイ・オニ7まで遊べたしな!」

 ブルーが肩をバンバン叩く。

「ファイ・オニ最高、ですね」

「おうっ」

 二人は笑った。

「……悪かったな、初日に『冒険者になれない』なんて言ってよ。おまえはもう、立派な冒険者だ。ファイ・オニの等級ランクで言えば最低の『旅人ウォーカー』だけどな」

「いいですね、ウォーカー。ワーカーより断然いい。召喚冒険者サモン・ウォーカー! 流行はやらせましょうよっ」

「パーザさんに怒られるぞ。ふざけてないで仕事しろってよ」

 ショウは想像して、そのとおりだと思った。

 だからまた笑った。


 ギザギ十九紀15年2月15日、時は満ちる。

「それじゃ、行くか」

 ショウはカバンを担いだ。その中には冒険道具だけではなくアキトシが焼いてくれたパンとリーバが作ってくれた春用の服も入っている。

「おっけー」

 シーナが返事をする。彼女の装備はホリィが打った最新の刀で、盾も彼女の作だ。鎧だけは以前のまま、ショウのおさがりである。

「うーん、この解放感!」

 ハルカも上機嫌であった。彼女のこれまではアリアドにこき使われた日々である。昨夜ようやくナンタンに戻ってきたところで、準備もできていなかったが特に必要ともしないので気楽だった。「入用なら【瞬間移動】で買いに行けばいいしね」と冒険を台無しにする発言をして、ショウに渋い顔をさせた。

 たった三人の冒険仲間パーティーだが、ショウは悲観しない。道連れは少なくとも、出会う人は大勢いる。多くを見る。それはきっと楽しいことであるから。

「よし、まずはトウタンを目指すぞ!」

「「おー!」」

 二人の声を気持ちよく受け、ショウは一歩を踏み出した。

 『召喚冒険者サモン・ウォーカー』のはじまりである。


〈了〉

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