出会いは突然に
その日、俺は珍しく早起きをした。仕事もない休日だというのに。
理由は明白だ。死にたくないからだ。今の日本は順調に崩壊へと向かっているらしい。手を離したものは地面から落ちるように、朝がきたら夜が来るように、逆らうこともなく崩れていっている。
辛うじて、テレビは放送されている。ずっと同じテロップとアナウンスしか流れないけどな。
「住民のみなさんは、慌てず自宅に避難してください。自衛隊が各自治体を周り避難誘導をしています。指示があるまで決して外には出ないようにしてください」
こうなるのに一週間もかからなかった。数日前からうちの会社も休みになった。事態が終息次第営業を再開しますだってさ。メールを見たときはちょっと笑っちゃったよ。最初の町が封鎖された時点で日本はほぼパニックだった。こんなの終息できるわけないのにな。
俺は災害に備えて用意していた防災バッグを背負う。中身も充実してるし、バッグのデザインも気に入って買ったんだっけ。大好きなカレーのレトルトも詰め込みバッチリだ。食は大事だからな。
腕にはタオルや雑巾を何重にも巻いた。死にたくないからな。
住み慣れた、家とも今日でさよならだ。帰ってこれるかもわからない。まぁ、あと数ヵ月で引っ越す予定だったしな。
「では、いざ出発……」
感染が広がっているという情報があり、俺の町にもいつ来るかわからないということもあり何かしらのアクションを取らねばと思った。俺は一人で生きていけるほど強くもないし、知識もない。一緒に生き抜ける人を探さねば……。
ずっと一ヶ所に留まれば、飢え死にが待ってるのは目に見えてる。
ドアを開け、マンションの部屋の外に出ると……
「え……朝から……?」
隣に住むカップルが玄関前で熱い抱擁を交わしていた。世も終わるんだ、愛する人とは離れたくないよな……抱きつかれてる彼氏さんは、きつすぎるのか彼女さんをタップしている。
いや、違う……キスをしていると思った首もとからは血が溢れてきている……。
「あぁ~……初動遅かったぁ……」
なんだかんだ俺も日本人で、平和ボケしているんだ。何かすれば何とかなるだろうと、いつもの楽観的な考えで、動いちゃだめだったんだと理解した。目の前で起きて、ようやく当事者の認識が生まれた。呼吸を整えようとしていると、彼氏さんと目があってしまった。
「たす……助けて……」
助けを求める彼の手の動きを追うように、彼女がこちらを振り向いた。真っ赤に染まった顔をこちらに向け、新たな獲物を見つけたと瀕死の男を横に突き飛ばした。ゆっくりとこちらに歩いてくる。その向こうでは倒された男が首を押さえて痙攣している。映画やドラマで見慣れたと思っていた人の死。いざ目の前にすると、真っ白になってしまうらしい。女が俺の肩に手を掛けそうになりハッと我に返る。
「ごめんなさいっ…」
こちらから腕をつかみ、襲いかかってくる勢いをそのままに引き寄せた。簡単に崩れたバランスをきっかけに見えたその子の背中を蹴り飛ばす。より勢いの乗った彼女は俺のもうひとつの隣の部屋のドアに激突する。気絶することもなく、また緩慢な動きで立ち上がろうとしている。早く逃げなければと思いつつも、階段は今彼女が立っている方向にある。もう一度、彼女をなんとか避けなければ……そう思っていたとき……。
「誰じゃぁぁぁ、人んちの前で騒いどんのはぁぁぁ!!!」
いきなりドアがものすごい勢いで開き、その前に立っていた彼女は、鉄の扉に思いきり叩きつけられた。嫌な音がした。
「お前が騒いどんのか?坊主」
現れたのは、筋骨隆々としたたくましいおっさんだった。
これがお互いにとって、必要な出会いであることはこのときは知るよしもなかった。