第四
夜、僕はフルシチョフカの一室で、ジナイダ・ルキーヴァの身体に触れる。
彼女の肌と体温を感じ、彼女の骨格を感じ、そこに浮いた汗を撫で、柔らかい唇に僕の乾いた唇を重ねながら、考える。
こんなにも愛しているのに、こんなにも焦がれているのに、これほどまで彼女の奥底にまで入り込んでいるのに。
ジナイダ・ルキーヴァが〝僕たちの〟敵であることなんて、ありえるのだろうか。
女である僕が彼女を愛することに、そうあるべきであるという必然などありはしなかった。
僕は彼女が好きで、愛していて、たまたま彼女が僕と同じ〝女〟であったにすぎないのだ。
僕にとって普通の愛は、世界にとって、国にとって、かつてのイデオロギーにとっては、普通ではなかった。
体を重ね、僕はジナイダ・ルキーヴァの体温と鼓動を感じながら、僕らだけの夜を過ごしている。
そこまで繋がり合っても、僕は彼女の中に僕の知らない〝ガドロア人〟の影を感じてしまうのだ。
かつて赤かった僕らの国に、僕は同性愛という手段で無意識ながら否定を返した。
けれども今、世界を苦しめているイデオロギーは赤や黒、青でも緑でも褐色でもない。
僕はそのイデオロギーに対して、どうやって付き合えばいいのかわからずにいる。
僕の唇が彼女の唾液で潤され、僕の身体に彼女の汗が染み込み、僕の指は彼女の粘液をかき乱す。
僕らの呼吸は熱く激しく絡まり合って、静かな夜の部屋に二人分の声が寂しく響く。
甘い甘い夜の中で、僕はイデオロギーの苦みを独りで感じている。
もしこの苦みを吹き飛ばせるのなら、僕はマカロフの引き金さえ引けるかもしれない。